第390話 僕がパパになった日


 自己紹介が終わったところで。

 スタッフのお姉さんが、順番に赤ちゃんが眠っているベッドへと案内してくれた。

 本来なら、一人につき赤ちゃんもひとりなのだが……。

 どうしても、アンナが俺と二人ペアでやりたいと言うので、仕方なく一緒に赤ちゃんの面倒をみることになった。


 俺たちが担当する赤ちゃんの性別は……女の子。


「ほう。女の赤ちゃんか……アンナもこの子が良いだろ? 同性の方が……」

 言いかけている最中だが、彼女の顔を見た瞬間。言葉を失う。

 鋭い目つきで我が子を睨んでいたからだ。

「イヤ……タッくんに女の子の裸を見て欲しくない!」

 えぇ。これ、人形なんだけど。


  ※


 鬼のような顔で可愛らしい赤ん坊を睨みつけるから、産まれてくる性別をチェンジしてもらうことに……。

 酷いママさん。


 スタッフのお姉さんが苦笑いして、新しい赤ちゃんを連れて来た。

 今度の赤ちゃんは、正真正銘のオス。

 その子を優しく抱きしめるアンナの顔は、なんとも嬉しそう。


「カワイイ~☆ タッくんとの間に出来た赤ちゃんだよぉ☆」

 と微笑むのだが、見ているこっちからすると、なんか病んだ人に感じる……。

 だって、人形だもん。

「そ、そうか……良かったな」

「うん☆ さ、パパ。この子に名前をつけて☆」

 ファッ!?

 そんなことまで、しないといけないのか。


 なかなか、赤ちゃんの世話を始めない俺たちを見兼ねたのか、5才児のえりり先輩が声をかけてきた。


「おそいよ。しんぎゅーくん」

「す、すいません……えりり先輩」

「名前ぐらい、早くつけてやりなちゃい」

「はい……」



 ニコニコ笑って、赤ちゃんを抱っこするアンナの顔を見つめる。

 彼女の名前から引用すべきか?

 しかし、外国の名前だものな……分からん。

 もう適当でいいや。


「YUIKAちゃんで、どうだ?」

 推しのアイドルの名前を発した途端、アンナの顔が強張る。

「この子は、男の子だよ?」

 ドスの聞いた声だ。

 絶対、怒ってるな……仕方ない。

 ゆいかを少し変えて、これならどうだろう。


「じゃあ。ゆう……ゆう君でどうだ?」

「カワイイ~☆ それで良いよね? ゆうくぅ~ん☆」

 と動かない赤ん坊の手に触れる。

『ありがと~ パパ~ ママ~』

 喋り出したよ、ゆう君が。アンナの腹話術によって。


  ※


 名前が決まったことで、ようやく赤ちゃんのお世話を始める。


 まず、ゆう君のおくるみを脱がせ、身長と体重を計る。

 そして、熱など無いはずなのに、体温計で異常がないか、チェック。


 健康な赤ちゃんであることが分かったところで、次はすっぽんぽんのまま、お風呂へ連れて行く。

 沐浴もくよくってやつだ。


 俺たちの赤ちゃんである、ゆう君。

 正直、可愛くない……。むしろ、怖い。

 何が怖いかって、瞼を閉じないところだ。

 ずっとこっちをガン見しているから、呪いでもかけられそう。


 お風呂の中に、ゆう君を入れてみる。

 俺が沐浴にチャレンジしている最中、アンナは隣りでニコニコ笑って見ていた。

 彼女が言うには、いつか赤ちゃんが産まれてくる時のために、練習して欲しかったようだ。

 一生、産まれてくることはないと思うのだが……。

 文字通り、パパ活をする俺氏。


 しかし、人形といっても、重さは本物と同じように設計されており。

 結構、重たい。

 身体を水で洗っている最中、手がすべって、湯船に落っこちてしまう。


「あ、ヤベ……」


 湯船の上で尻を向け、プカプカと浮かぶゆう君。

 どうしていいか、分からず、その場で固まっていると。

 アンナが大きな声で叫ぶ。


「タッくん! ゆうくんが、死んじゃう! 早く助けて!」

「え……? なんで?」

 人形だから、死なんだろ。

「早く起こして! アンナ達の赤ちゃんだよ!」

「ああ……すまん」


 びしょ濡れになったゆう君を助け出し、タオルで拭いてあげる。

 もちろん、頭から足先までしっかりと丁寧に。

 小さいけど、おてんてんも。


 前面が終わったと思ったので、そのままゆう君をひっくり返す。

 そして、背中を拭こうとした瞬間。近くにいたえりり先輩から怒鳴られる。


「しんぎゅーくん! うつ伏せになってるでちょ! ゆう君が息できない! 死んじゃうよ!」

「あ、すいません……えりり先輩」

「気をつけてよね。えりりはこのしんせーじしつ、毎日やっているから。ぜん~ぶ知っているの!」

「さすがです……」


 5才児に怒られちゃったよ。

 なんなの、この取材。

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