第389話 新生児


「タッくん! 早くはやくぅ~ 遅れちゃうってば!」

 そう言って、俺の手を強引に引っ張るアンナ。

 相変わらずの馬鹿力だから、腕が引きちぎれそう……。

「いって……アンナ、そんな急がなくても、良いんじゃないのか? 時間はたっぷりあるし」


 入場ゲートをくぐると、そこには小さな街があった。

 子供のお仕事体験とはいえ、かなり本格的な店や工場が並んでいる。

 他にも、警察や消防署まで。

 そしてこのラッザニア福岡へ、一度足を踏み入れると。子供たちは“大人”として扱われる。

 限られた時間だが、本当に雇用された成人になるからだ。

 あくまで、館内のみで使える紙幣だが、お給料まで貰える待遇。



 しかし、この中にアンナが言う……俺たちの赤ちゃん。

 そんな仕事体験は、見当たらない。



 館内の一番奥まで来ると、アンナが脚を止めた。

 やっと俺から手を離してくれたが、肌の色が紫に変色していた……。

 これ、折れてないよね?


「さ、タッくん☆ アンナたちの赤ちゃんとご対面だよ☆」

 と近くにあった看板を指差す。

「へ?」

 見上げると、『新生児室』というプレートが天井にぶら下がっていた。


 辺りをよく見回す。

 そこだけ一面、真っ白な建物だ。

 新生児室があれば、手術室。それに小型だが、救急車まで近くの道路に配備してある。

 本当の病院じゃないか……。


「アンナ。今回の取材って……この新生児室。看護師体験なのか?」

「うん☆ だから、赤ちゃんの取材だよ☆」

「ああ、そうなんだ……」


 ガラス窓の向こうで、幼女が嬉しそうに赤ちゃんをお風呂に入れたり、オムツを履かせたりしている。

 だが注意すべきなのは、本物じゃないってことだ。

 常時、瞼を開きっぱなしのお人形。


 これが、俺たちの子供だってか?

 はぁ……心配した俺がバカだったよ。


  ※


 俺たちより先にお仕事を終えた先輩たちが、新生児室から出てくる。

 主に6歳から8歳ぐらいの幼女さん。


「ふぃ~ ちかれたぁ~」

「パパぁ! のどかわいたぁ~! おちゃ!」

「助産師はこんなにも賃金が少ないのですか。そりゃ、人出が足りないですよね」


 え、最後の眼鏡っ子。

 めっちゃ、大人びてる……。


 先ほどまで幼女が着ていた看護服を、次の番である俺たちにスタッフのお姉さんが配り始める。

 今回、新生児室に参加したメンバーは、俺とアンナ以外、みんな幼稚園児だ。

 しかも全員、女の子。

 そして、窓にベッタリとくっついてビデオカメラを向けるのは、パパとママさん達だ。

 なんだ、この場違い感。

 気が狂いそう。


 華奢な体型のアンナは、幼女のサイズでも難なく着ることが出来た。

 しかし、俺はそうもいかず。

 スタッフのお姉さんが新しいサイズを持って来てくれた。


 胸につけた名札を見ながら、お姉さんが眉をひそめる。


「新宮くん……だよね? きみ、中学生にしては、なんか老けてない?」

 ギクッ! 嘘を押し通さないと。

「あ、よく言われます……」

「ふ~ん。じゃあ、今からみんなに説明と、自己紹介をしてもらうから、一列に並んでね」

「了解です!」

 クソ。なんで、俺がこんなことをしないといけないんだ。


  ※


「じゃあ、説明の前に、みんな自己紹介してもらうね。一番大きな新宮くんから!」

「いっ!?」

 俺が最初かよ。

 嘘はつきたくないが、ここはアンナの作った設定を守ろう。

 気のせいか、親御さんの視線が鋭く感じる。


「あの子、デカすぎじゃない?」

「まあでも、最近の子って発育良いし」


 重くのしかかる罪悪感。

 しかし、演じきるのだ、琢人よ。


 少し声のトーンを高くしてから。

「あ、ぼくのなまえは、新宮 琢人ですぅ! 真島中学の3年生でちゅ!」

 こんなもんだろ……。

 だが、俺の隣りに立っているツインテールの幼女が、下からジッと睨んでいた。

「しんぎゅーくんって、ちゅー学生なの?」

「う、うん」

「そうなんだ。あたちはね。えりり、5歳。保育園にいってるよ。すごいでしょ?」

 ガチのロリっ娘と一緒に仕事すんのか……。

 辛い。

「シンプルにすごいと思います。リスペクトできます……」

 

 早くこの地獄から、抜け出したい!

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