第388話 もう一度、中学生


 30分間もトイレの外で待たせてしまったので……。

 アンナはすごく心配していた。


「タッくん。大丈夫? すごく長いトイレだったけど?」

「あ、ああ……ちょっと、腹を痛めてな」

 本当は、君のパンストをクンカクンカしていたから、遅くなったとは言えないからな。

「そうなの? お腹痛いなら、アンナが手でさすろうか?」

「いや……大丈夫だ。さ、取材へ行こう」

 どうせなら、その可愛い手で股間を解放して欲しいものだ……。


  ※


 博多駅の筑紫口から、バスに乗り、20分ほど経つと。

 巨大なロボット……いや、モビルスーツが見えてきた。

 窓に顔を張り付けて、思わず叫び声を上げる。


「あれは、おニューなモビルスーツ!」


 ようやく、今回の取材地が判明した。

 最近、福岡市に建設された大型の商業施設『れれぽーと 福岡』だ。

 男の子が憧れるモビルスーツが、実物大で展示されているため、インパクト大だ。

 そして、「こいつ、動くぞぉ!」という名セリフを皆で叫べる。

 噂では一時間ごとに、ショーが開催されるのだとか。


 バスを降りて、すぐにモビルスーツの足もとまで向かおうとした瞬間。

 アンナが俺の肩に触れて、こう言った。


「タッくん☆ どこへ行くの?」

「え? そりゃ、れれぽーとに来たからには、ちゃんとあの顔を見ておかないとだな……」

 しかし、アンナは笑顔のまま、首を左右に振る。

「ダ~メ☆ 今日の取材は、アンナとタッくんの大事な大事な、赤ちゃんだよ☆ ロボットなんていつでも見られるでしょ?」

「そ、そんな……マジで見ちゃダメなの? ほんのちょっと。写真ぐらいなら……」

「こぉら☆ パパは赤ちゃんを一番にしないとダメだよ☆」

「はい……」


 結局、俺はこの後もモビルスーツに近づくことは許されなかった。

 クソがっ!

 1回ぐらい、「ファンネル!」って言いたかった……。


  ※


 アンナのお目当ては、れれぽーとではなかった。

 れれぽーと本館に隣接している『ラッザニア』という子供向けの職業体験テーマパーク。

 早い話が、幼稚園児から小学生ぐらいまでのお子ちゃまを、対象とした遊園地みたいなものだ。

 入口には既にたくさんの親子連れで、行列が出来ていた。

 主に未就学児が多く感じる。

 俺たち、カップルが入って良い施設なのか?


「なあ、アンナ。このラッザニアってのは、小学生までが対象じゃないのか?」

「ううん。違うよ☆」

 その答えに俺は、ホッとする。

「つまり大人でも遊べるってことだな? それなら、安心……」

 と言いかけたところで、アンナが即座に否定する。

「大人はダメだよ☆」

「え……?」

「ラッザニアには、中学生までだよ☆」

「は? じゃ、俺たちは無理じゃないか」

 しかし、アンナは特に悪びれることもなく、ニコニコ笑って、チケットを二枚取り出す。

「大丈夫だよ☆ ちゃんとネットで予約しておいたから。タッくんは中学3年生の15才。アンナは2歳下の13才で、1年生って登録したんだ☆」

「ま、マジ……?」

 思い切り、犯罪だろ。

 一気に血の気が引いたわ。

 ていうか、俺が中学生の設定とか、無理があるだろ。

 もう18才で、成人だぜ。


「だから、タッくんは今日、一日。地元の真島まじま中学の3年生って言ってね☆」

 ファッ!?

 とっくの昔に卒業したのに。

「りょ、了解……」

「アンナは席内むしろうち中学校の1年生なの☆」


 学生手帳を出せって言われたら、どうする気なんだ。この人。



 入口はなんでか、大きなジェット機が飾られていて、空港みたいなゲートになっていた。

 そこで、アンナがスチュワーデス姿のお姉さんにチケットを渡す。

 特に何も言われなかったが、チケットと引き換えにフリーパスを渡してくれた時。

 名前と年齢を見たお姉さんが、俺の顔をじっと見つめる。


「えっと、新宮くんでいいのかな? 中学生……なんか大人びてるね」

「あ、よく言われます……」


 どうにか、疑われずに済んだ。

 騙して、ごめんなさい……。

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