第387話 キミに変態と言われる度に、僕は強くなれるんだ。


 ストッキングが伝線したことで、アンナは顔を真っ赤にして、恥ずかしがる。

「も~う、買ったばかりなのにぃ~! 最悪ぅ!」

 伝線というのは、ストッキングに穴が開き、上下に広がってしまう状態……らしい。

 初めて知った。


 しかし、分からないのが、そんな穴が開いたぐらいで、恥ずかしがることだ。

 靴下に穴が開いた程度だろ。一日ぐらい、放っておいても良いだろうに。


「アンナ。別にそれぐらい、良くないか? 早く取材に行こう」

 俺がそう言うと、彼女は頬を膨らませる。

「イヤ! 恥ずかしいもん!」

「じゃあ、どうするんだ?」

「うーん……そうだ。博多駅の地下に、下着屋さんが何件かあるから、そこへ買いに行ってもいいかな?」

「まあ、いいけど」


  ※


 伝線したストッキングで歩くのは、恥ずかしくてたまらないと言われたので、仕方なくJR博多シティの地下一階。

 『イミュプラザ』内へと向かった。

 主にレディースファッションを取り扱った専門店街だ。


 アンナが言ったように、女性服やスケスケなブラジャーやおパンツを飾っている……男子禁制の店が多く感じた。

 隣りを歩いているアンナがいなければ、俺一人じゃ歩けない。

 だって、全てがスケベな商品に見えてくるから!


 とにかく早めに着替えたいアンナは、出来るだけ安価で可愛いストッキングを取り扱う店を探す。

 一軒の店で、ようやく彼女のお目にかなう商品があったようだ。

 全国チェーン店の『チュチュ、チュチュッチュ』

 主に女性ものの靴下やパジャマ、ランジェリーを扱っている人気店。


 早速、アンナがストッキングを買いに行こうと、俺の手を引っ張ったが、それはやめてくれ」と断った。

 彼女は不思議な顔をしていたが……。

 店の中にいた女性陣が、俺を睨みつけていたからだ。

 だって、普通にブラとか、パンティーを選んでいるもん。

 男の俺がいたら、不快だってことだろう。


 俺は黙って、店から少し離れた壁にもたれ掛かって、アンナを待つ。


 ~30分後~


「まだなのか……」


 高々、ストッキング如きで、どれぐらい迷っているんだ?

 もう立ち疲れたよ……。



「ごめ~ん。可愛いのが多くて、迷っちゃったよぉ☆」

 申し訳なそうに言ってはいるが、めっちゃ嬉しそうに笑うアンナ。

「一体、何個買ったんだ……?」

「それがね。1足なら390円だけど、3足買うと1000円になるの☆ だから、残りの2足が迷っちゃってぇ☆」

 すぐに着替えたかったんじゃないのか?

 1つで妥協しろよ。

「そういう事ならな……。で、どこで着替えるんだ?」

「外だから、お手洗いで着替えてくるね☆」

 そう言うと、俺に背中を向けて、イミュプラザの一番奥にある女子トイレへ向かう。

「あ……」

 その後ろ姿を見て、気がついた。

 あいつ、男じゃん。

 なんで下着コーナーも、女子トイレも余裕で顔パスなの?

 犯罪じゃね。


  ※


 新しいストッキングに着替えてきたアンナは、これまた可愛くなっていた。

 今度のホワイトストッキングには、たくさんのハートが散りばめられていたから。

 彼女曰く、ハート柄だそうだ。


「どうかな? 変じゃない?」

 と上目遣いで、自身の細い脚を俺に近づける。

 見て欲しいってことだろう。

「おお。さっきよりも可愛くなったと思うぞ」

 俺がそう言うと、手を叩いて喜ぶ。

「良かったぁ☆ タッくんに褒められるのが、一番嬉しい!」

「あ、そうなの……」

 ごめん。超絶、どうでもいい。



「タッくん。ごめんだけど、ちょっとゴミ箱を探していい?」

「え? いいけど。どうしてだ?」

「破れたストッキングを捨てたいの。トイレで捨てたかったけど、ゴミ箱がなかったの」

 と恥ずかしそうに、ビニール袋を取り出す。

 それを目にした瞬間、俺は閃いた。

「まさか!?」

 この中には、アンナが先ほどまで履いていた……ホカホカなストッキングが、入っているというのか!

 そんな宝石より、貴重なサンプル……いや、アーティファクトを放棄するだと!?

 断じて、許せん!



 ゴミ箱を探しているアンナを呼び止める。


「アンナ! ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「え?」

「そのビニール袋を、俺に貸してくれないか!?」

 彼女は目を丸くする。

「どうして? 貸してもいいけど、何に使うの?」

「そ、それは……大事な取材協力者の私物をだな……。責任持って、作者である、俺が捨てたいからだ!」

「タッくん。何を言っているの? これ、破れたアンナの汚いストッキングだよ?」

 だからこそ、欲しいとはいえない。

 しかし今を逃したら、パンストは手に入らない。

 屈するものか。


「アンナ。頼む! そのストッキングは、パートナーである俺に託してくれ! 責任を持って廃棄するから!」

 噓だけど。

「わ、分かった……」

 彼女は俺の熱意に負けたようで、小さなビニール袋を差し出す。

 

 それからの俺は、素早かった。

 近くの100円ショップに入り、ファスナー点きのプラスチックバッグと小型のプラケース。そして、エアークッションにプロトテクトケースを購入。

 アンナには、イミュプラザの廊下で待つように指示。


 男子トイレへ突入すると、個室に入り込んで、鍵を閉める。

 ビニール袋から取り出したホワイトストッキングはまだ、暖かい。

 思わず生唾を飲み込む。


「こ、このパンストが先ほどまで、アンナのお尻を守っていたのか!?」


 試しにストッキングを鼻に当ててみる。


「ぐはっ!」


 なんて甘い香りだ。アンナのヒップはこんなにも愛らしいのか?

 病みつきになりそうだ……。

 しかし、どっちが前か後ろか、分からん。

 もしかして、ふぐりの方だったら、どうしよう。

 そっちに興奮する俺って……。

 でも、やめられん!


「すぅ~ はぁ~! すぅ~ はぁ~!」


 

 30分ほど、パンストの香りを堪能した後。

 アンナは使い道がないとは言っていたストッキングだが、これは俺に取って、大事なコレクションだ!

 このまま、穴が広がる前に、アーティファクトを死守するんだ。

 先ほど100円ショップで購入したグッズを使い、“五行ごぎょう封印”の儀を行う。

 ガチガチにプロテクトレベルを上げたパンストを俺はそっとリュックサックの中にしまった。


 もう、今日の取材はこれで大満足だから、帰ってもいいよね。

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