第367話 術後のミハイル


『次は席内むしろうち~ 席内駅でございます~』


 車掌のアナウンスで、意中の人物との再会することに気がつく。

 彼が住んでいる地元だからだ。


 プシューっと音を立てて、自動ドアが左右に開いた。

 視線を下にやれば、白く長い美しい脚が二本並んでいる。


「おはよ☆ タクト」


 ニカッと白い歯を見せて、元気に笑うミハイル。

 前回のスクリーングとは大違いだ。

 きっと、マリアのパイ揉み事件を克服したからだろう。


「ああ……おはよう」


 ただ挨拶を交わしただけ、だと言うのに……視線を逸らしてしまう。

 つい先ほど、白金に女装した彼のことを、特別視していると指摘されたからだと思う。

 ずっと頭の中は、アンナでいっぱいだった。

 今のこいつ……ミハイルは男だって言うのに、目を合わせれば、頬が熱くなり、緊張してしまう。


 違う。

 こいつのファッションが悪いんだ。


 今日だって、11月に入ったのに。

 相変わらず無防備なデニムのショートパンツ。

 トップスは肩だしのニットセーターにタンクトップ。

 足もとこそ、ボーイッシュなスニーカーだけど……。


 金色の長い髪は首元で結い、纏まりきらなかった前髪は左右に分けている。

 エメラルドグリーンの大きな瞳を輝かせて、ニコニコ笑うその姿は、どんな女よりも可愛い。


「タクト? どうしたの?」


 見入ってしまった俺を不思議に思ったようで、前屈みになり、顔をのぞき込む。

 自然と胸元の襟が露わになる。

 中にタンクトップを着ているとはいえ、もう少しで彼の大事なモノが見えそうだ。


「な、なんでもない! 早く、隣りに座ったらどうだ!」

 つい口調が荒くなってしまう。

 照れ隠しのために。

「うん……変なタクト」


  ※


 俺の隣りにピッタリとくっついて、嬉しそうに笑うミハイル。

 やはり、この前のデートで自信が回復みたいだな。

 まあ……代わりにマリアのダメージがデカく残ってしまったが。


 車窓から陽の光りが差し込んでくる度に、ミハイルの耳元がキラッと輝く。

 違和感を感じた俺は、彼の小さな耳に触れてみた。


「なんだ、これ?」


 親指の腹で感触を確かめてみたが、結構硬い。

 よく見れば、反対側の耳にも同様の小さな装飾品が付けられていた。


「ひゃっ!? い、いきなり、なにすんだよ! タクト!」

「あ、すまん……なんか見慣れないものが耳についていたから、“できもの”かと思った」

 俺がそう言うと、彼は頬を膨らませる。

「違うよ! これはピアスなの!」

「ピアス? なんでまた、そんなもん付けたんだ? 男なのに……」

 その一言で彼の怒りのスイッチが入ってしまう。

「男とか女とか関係ないじゃん! カワイイから付けたかったの!」

「お、おお……確かに性別は関係ないもんな。すまん」

「分かってくれたなら、いいけど……」


 しかし、何故今になって彼がピアスを付けたのか、俺には理解できなかった。

 別にイヤリングでも、いいんじゃないかと思って。


「なぁ。ピアスを付けてるってことは……耳に穴を開けたってことだろ? そこまでして付ける必要性があったのか?」

 俺がそう言うと、彼は急に視線を床に落とし、頬を赤くする。

 もじもじして、ボソボソ喋り始めた。

「だ、だって……イヤリングより、ピアスの方がカワイイのいっぱいあるから。それで穴を開けたんだ」

「なるほど。ピアスの方が種類が多いってことか……」

「うん☆ ここあから聞いて、それでアンナと一緒に開けたんだ☆」


 言っていて、寂しくない?

 一人で開けたのに、友達アピールとか……。


「ピアスを開けるって言うと、やっぱりアレか? 耳の裏に消しゴムを置いて、安全ピンでブッ刺して、開けるのか?」

「そんなこと、するわけないじゃん!」

「え? 違うの?」

「ちゃんとした病院で手術したの! タクトみたいなやり方で開けたら、ばい菌とか、化膿とか、色々トラブルが多いんだよ!」

「悪い。知らん」

「だから、麻酔とかしてくれるお医者さんにやってもらった方が安全だし、手術のあと、穴が埋まったりしないし。慎重にしないとね☆」

 

 なんて、ウインクしてみせるミハイル。

 ヤンキーのくせして、そういうところは、めっちゃ慎重なんだね。

 根性焼きみたいな感じで、グサグサ刺して、開けまくるのかと思ってた。

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