第26話 紅林優香にとってのカレ
【紅林優香】
中学一年生になって、そう経っていない頃。
アタシは、ちょっと女子の一部と対立……ってほどでもないんだけど、微妙に険悪な空気になっていた。
別に、何かの事件的なものがあったわけじゃなくて。
当時からアタシは割と考えなしに思ったことをそのまま口にしちゃうタチで、ちょっとしたことを注意した時に言い方でカチンとさせちゃった感じだと思う。
そんな時期のことだった。
「そんじゃ、好きに班を組んで調査するように。発表は一ヶ月後だぞ」
とある授業で、班を組んで自分たちの街の歴史について調べるって課題が出された。
「さて、と……」
クラスメイトがワイワイと喋りながら班を組んでいく中、アタシも周囲を見回す。
険悪になってる子たちを上手く避けないとなぁ……なんて、思ってたんだけど。
「ねぇ、紅林さんもウチの班に入ってくれない?」
「えっ……?」
孝平が急に話しかけてきて、アタシは結構ビックリした。
確か、これが孝平との初会話だったと思う。
「あっ、でも……」
チラリと、既に孝平の班に入っているらしい女子二人の方に目を向けた。
まさしく今、ちょっと顔を合わせたくない相手だ。
「入ってもらっても、問題ないかな?」
孝平も振り返って、彼女たちに確認する。
「あー……紅林さんは……」
「んー……」
言葉を濁しながら目を逸らす二人。
はっきり「今、喧嘩中だから」とは言いづらいだろう。
もっとも、それは流石にアタシも同じで。
まったくもう、空気読んでよ白石くん。
と、この時点ではそう思ってた。
「ん? 何か問題がある感じかな?」
「いや、別に……」
「問題とかは、ないけど……?」
当時、孝平は既にクラスの男子の中心って感じだった。
その孝平に邪気のない顔で尋ねられると、なかなか嫌とは言えないと思う。
わかってやってるとすれば──後になって振り返ると、絶対わかっててやったことだと思うけど──なかなかの曲者だ。
「じゃあ、オッケーだね。紅林さんも、いい?」
ここまでお膳立てされると、アタシとしても断りづらくて。
「うん、誘ってくれてありがとねっ」
笑顔を取り繕って、頷いた。
◆ ◆ ◆
そうして、話し合いが始まったわけだけど。
「なるほどね。紅林さんはどう思う?」
「うん、いいと思う。でも、図書室より図書館の方が詳しい資料があるんじゃない?」
「確かに。それでいいかな?」
『おけー』
「ただアタシ、放課後は部活だから休みの日になっちゃうんだけど……いいかな?」
「いいよ、それウチらも同じだし」
こうなるとお互い口を利かないわけにもいかず、自然と会話するようになる。
孝平の気遣いもあって、穏やかで肯定的な雰囲気の話し合いになってたっていうのも大きかった。
「よしっ、じゃあ今日はこんなところかな。ちょうど時間も頃合いだ」
孝平がパンと手を打って、その日は解散に。
「……あの、さ。紅林さん」
席に戻ろうとしてたアタシは、ちょっと気まずげな女子二人に呼び止められた。
「なんか……ごめんね。こないだ、逆ギレみたいな感じになっちゃって」
「謝るタイミングも、なんかなくってさー」
「あっ、いや、こっちの方こそ。あの時は、キツい言い方になっちゃってごめん」
元々、本当に些細なことがきっかけで。
お互い意地になってただけなとこもあったし、実際に話しちゃえばこんなもんだろう。
チラリと様子を窺うと、孝平は素知らぬ顔でこっちを見てもいない。
だけど……それが逆に、ここまで計算通りだったんだろうことをアタシに確信させた。
◆ ◆ ◆
そしてこの瞬間、アタシは恋に落ちた……なんてことは、別になくて。
まぁありがたくは思ったけど、それだけだった。
ただ、孝平の存在がアタシの中に最初に刻まれたのはこの時で。
この件だけじゃなくて、孝平はいつだってこんな感じで……最初は、『人がいいなぁ』程度に思ってたのが、気がつくといつも目で追うようになっていって。
いつの間にか、この胸には恋心と呼ばれるものが生まれていた。
全然ドラマチックに始まったわけじゃない、平凡で。
だけど、アタシの大切な恋。
◆ ◆ ◆
【白石孝平】
「ごめん、遅くなった」
迷子センターで呼び出してもらった後に二人のご両親が現れるまで付き合ってたんで、優香と玲奈のことは随分と待たせることになってしまった。
「いや、全然だよ! 孝平、お疲れ様!」
「お疲れ様、孝平くん」
そんな俺を、二人は笑顔で出迎えてくれる。
「流石の機転だったね、孝平っ」
「いや……玲奈のおかげだよ」
「えっ……?」
答えると、優香は少し驚いた表情を浮かべた。
「……あっ! あのヤマンくんの絵ってもしかして……!」
だけど、すぐに思い当たったみたいだ。
「あぁ、玲奈が描いてくれたものなんだ」
「はー、流石だね。あの一瞬であんなに綺麗に描けるもんなんだ」
実際、玲奈の技術だからこそ出来たことだ。
だけど、それだけじゃない。
優香があの子たちの方に走り始めた頃には、玲奈はもう紙と鉛筆を取り出して描き始めていた。
たぶん、その時点で後の展開まで予想してたんだろう。
描き終わってから俺に手渡すのにも躊躇がなかった。
「別に……たまたま、休憩中にやることがないから描いていただけよ」
だけど、玲奈はそれを誇ることもない。
照れ隠しもあるんだろうけど……きっと、それが当たり前だと思っているから。
その優しさは、とても尊いものだと思う。
「それより、紅林さんこそさっきは見事なダッシュとジャンプだったわね。正直、あのタイミングから間に合うとは思っていなかったわ」
「やー、ギリだったけどね。風船に手が届いて良かったよ」
それも、優香が状況を見るや即座に動いたおかげだ。
やっぱり、当たり前のように。
誰かのために躊躇なく動けるところもまた、優香の美徳だと思う。
「それじゃ、行こうか。玲奈も、もう大丈夫だろ?」
「えぇ……いえ、別に最初から何も問題なんてないけれど?」
「あははー、そうだねー」
「あぁ、そうだったな」
「……なぜ、二人共生温かい視線を向けてくるのかしら?」
二人に対して、改めて惚れ直した気持ちだった。
◆ ◆ ◆
その後は特にトラブルらしいトラブルもな──なお、玲奈がコーヒーカップで酔ったり、優香と玲奈がゴーカートでバトった結果派手に事故ったり、玲奈が空中ブランコでビビり散らかしたりといったことは『トラブル』には含まないこととする──俺たちは目一杯遊園地を楽しんだのだった。
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