第19話 磨き布の話④
俺はグラディスの話を聞いている内に、ふつふつと怒りがこみ上げてきていた。
グラディスの話が本当なら、パメラは親友の好きな人を知っていて横取りしたことになる。よく女子の友情は紙のように薄っぺらいっていうけど、残念ながらグラディスとパメラの友情も、そんな感じに薄かったんだろうな。
グラディスは俯いてティーカップをじっと見つめたまま、つぶやいた。
「自分でも未だによくわからないんだよね。昔はそんなことをするような子じゃなかったんだけど……。でも高等科じゃクラスも違ったし、剣術に力を入れるようになってからはパメラと会話する時間も減っていったし……。だから知らない内にすれ違っちゃっていたのかな……」
その時口を開いたのは、ずっと静かに話を聞いていたエミルだった。
「グラディスさんはどうしたいんですか?」
「どうって……?」
「どうしたらグラディスさんの涙を止められると思いますか?」
「パメラって子と仲直りできればいいんじゃない?」
横から俺が口を出すと、グラディスは頬をふくらませた。
「パメラのことをそんなに簡単に許せると思う? 私のこと、裏切ったんだよ?」
グラディスに睨まれて、俺は肩をすくめた。
まあ、確かにな。
俺がグラディスの立場だったら、なかなかパメラを許せないと思う。好きな人を突然横取りされなんかしたら。
エミルの問いに答えを出せないでいたグラディスは、しばらくしてからポツリと小さくつぶやいた。
「何も知らなければ良かったかな……」
「何もって?」
「パメラと先生のこと。そうしたらずっと先生のことを尊敬していられたのに。パメラとも親友のままでいられたし」
「でも過ぎた時間は巻き戻せませんよね?」
大人びた発言をしたのはエミルだった。グラディスはそんなエミルを驚いたような顔でまじまじと見つめて言った。
「ねえ、エミルって本当に十一歳なの?」
グラディスの言葉に俺はうんうんと頷いた。
だよな。俺もそう思う。
グラディスはエミルを対等に会話できる相手だと悟ったみたいだった。居住まいを正すと、エミルと正面から向き合った。
「でもさ、エミル。エミルはまだ子供だからわからないかもしれないけど、嫌な思い出に全部向き合ってなんかいられないよ。それなら、蓋をして忘れるしかないじゃない?」
「そうでしょうか?」
不思議そうな顔をしているグラディスに、エミルはにこっと笑顔を返した。
「とりあえず会ってみませんか? パメラさんに」
「ええー……」
グラディスはあからさまに嫌な顔をした。
「別に仲直りしようっていうんじゃありません。とりあえず会って、どうしてグラディスさんを裏切るようなことをしたのか聞いてみませんか?」
「でも……」
グラディスは深く俯いてしまった。
グラディスが二の足を踏むのはよくわかる。裏切った理由を聞いて余計に傷つくかもしれないし、それが怖いんだろうな。
身長は俺よりもずっとデカいけど、内面は普通の女の子なんだな、グラディスって。グラディスがこれ以上傷つかないような、何か上手い解決方法が他にあればいいんだけど。俺はエミルに提案してみることにした。
「ねえエミル。パメラに会っても逆にグラディスの傷に塩を塗ることになりかねないよ。それなら別の方法を考えようよ」
「僕にはどうも腑に落ちないんです」
エミルはそういうと、大人びた仕草で腕を組んだ。
「腑に落ちないって、何が?」
「パメラさんの行動ですよ」
そう言うと、エミルは再び考え込んでしまった。
エミルはノエルのために磨き布の泣き声をどうしても止めたいんだろうけど、俺にはグラディスに無理をさせてまで解決することじゃない気がする。他に磨き布の泣き声を止める方法があれば、一番いいんだけどな。
俺は苦しまぎれの提案をしてみる事にした。
「じゃあレオン先生は?」
するとグラディスは、さっきよりは少し明るい表情で俺を見た。お、これならいけるんじゃないか?
「パメラに会いたくないなら、レオン先生の方に当たってみようよ。何か話を聞けるかも」
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