第12話 道具屋へ戻る②
「これは俺の想像なんだけど。この磨き布、誰かにあげようとして受け取ってもらえなかったんじゃないかな。例えばだけど、その……フラれたとかして……」
こういう恋愛関連の話を子供に言うのもどうかと思ったけど、エミルは大人っぽい子だからたぶん理解できるだろう。
「その可能性は大きいですね。もしくは渡そうとして渡せなかったのかもしれません」
エミルが腕を組んで考え込む。俺は磨き布を指差して、ある提案をしてみた。
「それ、土を深く掘って埋めちゃうとかは駄目なの?」
「ダメだそうですよ。遠く離れた場所へ持って行っても、井戸の底に沈めても、泣き声は聞こえ続けるそうです」
「やっかいだなあ」
っていうか井戸の底に沈めたって。まさか試したんじゃないだろうな。
「ノエル、かわいそうに……。これじゃあしばらくおやつも喉を通らないだろうな」
エミルが大きなため息をついてうなだれる。
ちょうど店にいた客がじろじろとこっちを見てきて、俺は首をすくめた。
うう、これじゃあまるで、俺が泣かせているみたいじゃないか。まあ確かに、元はと言えば俺が磨き布をここに持ち込んだことが原因なんだけどさ。
「でも、じゃあどうすればいいんだよ。捨ててくれって言われたんだぞ? グラディスからは話を聞けそうにないし、磨き布を捨てることも出来ないしで、他にどうしようもないじゃないか」
「磨き布の泣き声を止めましょう」
顔を上げたエミルは、自信たっぷりな顔で言った。
「そ、そんなこと出来るの? エミル、やっぱり魔法とか魔術とか……」
俺が驚いて身を乗り出すと、エミルが軽い調子で笑い返した。
「使えませんよ、魔法なんて。そんな力が使えていたらとっくに泣き声を止めてます」
「そっか。それもそうだね」
「それに泣いてるのはこの磨き布じゃなくて、グラディスさんなんです。グラディスさんの悲しみを癒せない限り、他に解決方法はありません」
伏し目がちに磨き布を見つめるエミルは、年齢のサバを読んでるんじゃないかってくらいに落ち着いていて、俺よりずっと年上に見えた。本当に不思議な子だな。今度イルミナさんにエミルの事をこっそり聞いてみようかな。
「そうは言うけど、グラディスの心を癒すと言ってもなあ……」
まともに話を聞くことすらままならないのに、一体どうすればいいんだろう。考え込んでいたとき、エミルが明るい声で提案してきた。
「今度は僕も連れて行ってくれませんか? グラディスさんのところへ」
「エミルを大学に? まあ連れて行くだけならいいけど……」
俺はグラディスの剣幕を思い出していた。ものすごい拒絶反応だったから、まず会ってくれるかどうかも難しそうだけど。
「でも、もしグラディスが会ってくれたとしても、話をしてくれるかどうかは分からないよ?」
「実は、僕に考えがあるんです」
エミルは自信たっぷりに微笑んだ。
「考えって?」
「それはグラディスさんに会った時にわかりますよ」
そう言うと、エミルはイルミナさんが持ってきてくれたクッキーをひとつ口に入れた。
ずいぶんと自信たっぷりな口調だけど、どんな作戦だろう?
でもまあ、グラディスの様子は俺も気になるしな……。
その時、心の中でもう一人の俺の声がした。
『エドガー、また面倒ごとに巻き込まれるつもりか?』
そうだった。俺はいつも人の好さにつけ込まれて、色々と押し付けられたりする事ばかりなんだった。
『女子からはそのお人好しにつけ込まれて、飯をおごらされたり酷い目にあってばかりじゃないか。まだ懲りないのか?』
でもグラディスのあの悲しそうな顔を見てたら放っておけないっていうかさ。
『グラディスはおまえの友達でもなんでもないじゃないか。名前だって覚えてなかったんだぞ?』
そうなんだけどさあ。いや、でもな……。
「エドガーさん。何ひとりでブツブツ言ってるんですか?」
「い、いや、なんでもない、なんでもないよ!」
エミルに声を掛けられて我に返った俺は、へらへらと笑って誤魔化した。どうも、知らないうちに声が漏れていたらしい。
そして、そんな俺の迷いはエミルには筒抜けだったようだ。
「イルミナお姉ちゃんに聞きました。買取額、少し多めのしてもらったそうですね?」
エミルはティーカップを両手に持ちながらニコッと微笑んだ。こいつ、切り札を出してきたな。
「わ、わかったよ! もう一度聞いてみるから!」
「ありがとうございます、エドガーさん」
エミルは嬉しそうに微笑むと、もうひとつクッキーをつまんで口に入れた。やれやれ。なんだかエミルには勝てる気がしないよ。
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