2 泣いている人は、……誰?

 泣いている人は、……誰?


 僕が君の描く絵を初めて見たのは、雪の降る冬の十二月の夜のことだった。


 突然降ってきた雪から身を守るために、僕は街の中でビルの一室を使って開催されていたある画家の小さな展覧会の会場の中に足を踏み入れた。

 それは本当に偶然のことだった。(近くに喫茶店があったら、そこによっていたと思う。ただ、偶然、その小さな展覧会の会場の前で、僕の頭の上から、冷たて真っ白な雪が降ってきたのだった)

 その小さな展覧会に展示されている数十点の絵を見て、僕はその画家のことが大好きになった。

 その画家は様々なデフォルメされた『星の絵』を描く画家のようだった。


 そのカラフルな色で塗られた星の絵は、どれもとても素敵な絵ばかりだった。でも、その中でもとくに僕の目を引いたのは、『大きな星』と言う題名のついた、紫の夜の中に描かれている本当に大きな五角形をした星が描かれた絵画だった。


 僕の目はその絵画に釘付けになった。


 ……再生、とか創世とか、生まれ変わるとか、そういう言葉が、自然と僕の頭の中には浮かんできた。それから、どうしてだろう? 僕は一人で、その大きな星という小さな絵画の飾れている部屋の中で、思わず一人で自分でも気がつかないうちに涙を流し始めてしまったのだった。

 それから数秒後に、僕は自分が泣いていることに気がついて、ひどく驚いた。(そして、人前で泣いてしまったことに気がついて、すごく恥ずかしい気持ちになった)


 小さな展覧会の会場の中にはお客さんは僕を含めて三人しかいなかった。(残りの二人は二人とも女性だった)


 僕はポケットからハンカチを取り出して、自分の涙を誰にも気がつかれないうちに拭き取ろうと思った。

 でも、こういうときに限って、僕はハンカチを今日は持っていなかったことを思い出した。


 僕が、今日は本当についてないな、と小さく笑いながら思っていると、ふと隣から、小さな白い手と一緒に、その手の中にある真っ白な赤い風船の絵が描かれている、ハンカチが差し出された。


 僕が驚いて隣を見ると、いつの間にかそこにはとても綺麗な女の子が一人、立っていた。

 長い黒髪をした、無表情の、でも、とても強い意志の宿った、大きな黒目をしているのが特徴的な女の子だった。


「私の絵を見て、感動して泣いてくれてどうもありがとう」

 とくになんの感情もないままのように、淡々とした機械音声のような口調で、その綺麗な女の子は僕に向かってそういった。


 僕は女の子からハンカチを受け取りながら、その女の子の言葉を聞いて、この女の子が、この小さな展覧会を開催している画家さんなのか、……僕とそんなに年も変わらないくらいに若いのに、こんなに人の心を揺さぶることのできる絵が描けるなんて、……すごいな、とそんなことを思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星を飲む人 雨世界 @amesekai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ