第24話 見通しの悪い恋 - 01 -


 魔法使いにとって、杖とは生涯の相棒である。


 魔法使い見習い自ら選んだ杖は、魔法使いとともに時を刻む。それぞれに違う魔法使い見習いの手癖を、杖が何年もかけて覚えていくのだ。


 そして、魔法学校卒業までに、ただ一つ、自分だけの杖が仕立て上がる。


 竜木の枝を杖にするのは、魔法使い自身の手だ。


 拾った竜木の枝さえ核に使っていれば、周りはどんな装飾をしても自由である。あるものは鉄の札をつけ、あるものは宝石をつけ、またあるものは花を飾った。


 そして杖の加工は、授業課目でもあった。





「エルシャさんは何にするの?」

「んー、インク型にしようと思ってて」

「いいね。やっぱり定番なだけあって使いやすいし」


 魔法道具工作授業のために、オリアナは技術室にいた。

 技術室の机は一つを四人で使うために、周りには三人のクラスメイトがいる。

 机の上には、沢山の本やプリントが散らばっていた。杖の作図のために開いた資料には、歴代の杖の見本イラストや、持ち主の魔法使いの個性などが書かれている。


 ヴィンセントとミゲルと離れたら一人きりになるかと思っていたオリアナだったが、クラスメイト達はそこまで薄情では無かった。


 あんなに、我が身も省みず一心不乱にヴィンセントばかりを追いかけていたというのに、ハブることも無く、こんなオリアナにさえ優しく接してくれる。


(みんな天使……)


 アマネセル国の誇る竜持ちの子息に、あれほど礼儀知らずに接していたことに対しても、皆オリアナを責めないでいてくれた。ヴィンセントとの仲違いを質問攻めにされたのも最初の内だけで、今はクラスメイトの一人として、自然に付き合ってくれている。


(全てを捨ててヴィンセントを取ったつもりだったけど、こうしてみんなと仲良く出来る日が来るなんて)


 まさか、クラスメイト達が心中「四年間もヴィンセント狂だったオリアナが静かになって物足りない。また騒ぎ出さないかな」なんて思っているとも知らずに、オリアナは優しくされる度に、鼻をすすりたくなる。


「みんなはどんなのにするの?」


「僕は水晶を埋め込もうかなって」

 オリアナの質問に、デリク・ターキーが答えた。


 美しい石は竜の好物だ。一説によれば、竜は宝石を食べると言われている。といっても、竜の姿を見た者はいない。竜が本当にいたのかもわからないほどに、遠い昔の話だ。


「いいね。竜の力を借りやすくなるかも」


「私は天然型かな~」

「僕は複合にするつもり」


 デリクに続いて、マリーナ・ルロワ、そしてデリクの隣に座る男子生徒が答えた。


 杖の装飾はある程度、型が決まっている。インク型、宝石型、天然型、加護型、複合型――が一般的に選ばれやすい型である。


 インク型は杖にインク壺とペンを収納する箇所を作る。杖があれば外で魔法紙に陣を書くことができる、一番オーソドックスな型だ。

 

 宝石型は、加工した杖の上部に宝石を埋め込む型だ。宝石という目印があれば、竜は魔法使いを認識しやすくなり、竜道から魔力を吸い上げる助けをしてくれるという。主に、精密なコントロールなどが必要な職種に就きたい人に好まれる型である。


 天然型の杖は、そのまま竜木の枝を削った型だ。

 学校では、杖を加工するための設備は貸してもらえるが、材料費は実費だ。天然型は、基本的にこの費用を抑えたい者が選ぶ。

 だがもちろん、中には木そのものの質感が好きで、天然型を選ぶ者もいる。


 また稀に、自分の身長ほども長い枝を杖として拾ってくる者がいる。大きな枝を見つけられた者は、竜の加護を得られるという。

 もちろん、竜の加護を折って小さくするようなことは、冒涜行為である。拾った者は、大きな竜木の枝を持ちやすいように加工し、そのまま使う。これを、加護型と呼ぶ。


 複合型は、その名の通り、二つ以上のタイプを合わせた型だ。一般的なのは、インク型と宝石型の混合タイプで、一度違うタイプにしていても、後からこの型にする魔法使いも少なくない。


「エルシャさんは宝石か、複合かと思ってたな」

 デリクの言葉に、オリアナはうっと詰まった。


 オリアナは当初、複合型を作る予定だった。一度目の人生では宝石型を選んでいる。


 オリアナはみんなから目を逸らして、床を見た。


「ちょっと……注文していた石に、問題があって……」


 濁して言ったが、理由が正確に伝わってしまったようだ。デリクは「あー……」と言って頭をかいた。


「タンザナイトだったんだね……」

「うっ……」


「どんまい。恋に浮かれてる時なんて、そんなもんだよ」

「ううっ……」


 慰めの言葉が痛い。


 オリアナは机に突っ伏した。


 オリアナが父に頼んで取り寄せてもらっていたのは、紫色の美しい宝石――タンザナイトだった。


 オリアナの拳の半分ほども大きさがあり、透明度が高く、色は柔らかい紫だ。タンザナイトには珍しく、線状のインクルージョンが入り、まるで流れ星のように美しい。


 一目惚れだった。名前が似ている。彼の瞳の色と似ている。


 恋に浮かれぽんちなオリアナが、選んでしまっても――仕方が無い。


 かなり頑張って手に入れてくれた父の手前、他の宝石がいいとも言えず、このタンザナイトを杖に装飾するかどうか、オリアナは今日まで悩み続けた。


 そして……やっぱり、ひとまず、付けるのは止めておくことにした。


(さすがに今、あれを付ける勇気が無い……)


 オリアナのサイドボードの引き出しに、何重にも布を巻いて放り込んでいる。もはやタンザナイトは、封じられた呪具のような扱いを受けていた。


 どんな反応をされるのか、想像するだけでも怖かった。蔑まれても、嗤われても、無視されても辛い。


(気づきも、しないかもなあ……最近、目さえ合わないし)


 元々目と目で合図をしたり、熱光線を送りあっていたわけではないが、同じクラスにいてこれほど目が合わないのは、明らかに意図的に無視されている。


 テーブルに突っ伏したまま、しくしくしくと泣き真似をするオリアナの頭を、マリーナがよしよしと撫でてくれる。優しい。マリーナは天使に違いない。


「辛い時は、逃げるのも道だよ~」

「そうそう。まあこの際もう、タンザインさんで無くとも……」

「なんか淋しいもんねえ。エルシャさんが静かだと」

「エルシャさん可愛いし、新しい恋人探してみたら?」

「きっとすぐに見つかる――よ……」


 何がこの際で、何が淋しいのかはよくわからなかったが、新しい恋人もなにも、ヴィンセントは恋人だったわけではないと反論しようとして、オリアナは顔を上げた。


 しかし、オリアナを撫でていたマリーナの手は止まっているし、前の席に座っている男子二人は硬直している。


 冷や汗をかいて目を見開き、空中を見ている男子二人に、オリアナは首をかしげた。何の気なしに、彼らの視線を追う。ほぼ、隣に座るマリーナの真後ろまで視線を動かし、オリアナも口をわわわわと戦慄かせた。


 そこには、今まさに思い出していた宝石と、同じ目の色をした男が立っている。


 ヴィンセントの視線は「{冷}って描いた魔法紙でも貼り付けました?」と言いたくなるぐらいに冷たい。絶対零度だ。


 久々に目が合ったヴィンセントに、何か話しかけようと口を開くが、何も言葉が出てこない。


 端正な顔立ちを歪めることも、崩すことも無く、ヴィンセントはそのままスイッと立ち去った。短い金髪が、彼が歩く度に微かに揺れる。


「な、なによう……」


(今まで、ちらりとも見なかったくせに)


 何の用があってこの机の後ろを通っていたのかは知らないが、これまで数日間、全く目が合わなかった男の気まぐれに、オリアナは心の中でひっそりと愚痴った。





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