第41話 繁殖爆発 1

 私の手元に1枚の紙がある。メジテ家私兵の情報部が調べてきた、あの傭兵に関する資料だ。



【名前】 アヤト・ラトウィッジ(傭兵協会登録名。ただし本名かどうか不明)


【外見】 身長 1尋弱 

     髪  黒

     瞳  濃茶

     身体 中肉中背

 街に現れたときには濃い緑、薄い緑、茶色の不定形の模様がでたらめに混ざった柄の服を着ていたが、街で普通の服を購入している。おそらく何らかの魔物の皮と思われるブーツ(茶色)を履いている。

 カラズミド商会の商隊キャラバンが匪賊に襲われていたときに現れて助力、その縁もあってアレン・カラズミドの商隊とともに街に入った。なお商隊と夜営したときに一人で色変わりオオカマキリ3匹を斃したという情報もある。


 それ以前の活動は不明、この傭兵を見たことのある街人もない。他の街における活動については問い合わせ中。

 ピクシーと思われる従魔を持っている。


【力】  使用できる攻撃魔法、武器は不明。山賊を倒したときは素手であったという証言あり(ゴルディ・ベルナティスによる)。ジャンポール様を相手にしたときも武器は使用せず。『暁の仔馬亭』の前で弓を構えたメジテ家の家人に何らかの攻撃魔法を使った形跡あり。

 飛行魔法を使う(確実)。



 分かっていることはこれくらいだ。とにかくお父様からの、竜騎士によるあの傭兵の探索依頼は政庁によって正式に承認された。街の秩序を乱す恐れがある、と言う理由だ。これでおおっぴらに竜騎士を動員できる。見付けることが出来るかどうか分からないがやるしかない。やるからには手を抜く気はない。あの再現の魔器を仕掛けにわざわざ戻ってきているのだから、どこか街の近くに居るに違いない。




――――――――――――――――――――――――――――




 飛びバッタ約200匹の死骸を前にして俺は呆然としていた。斃した飛びバッタの4割が変異種だ。体長1mにもなる変異種の死骸が原種に混じって、累々と転がっている。原種の体長が50cmだから、見かけ2倍、だから実際には2×2×2で原種の8倍の大きさになる。アリスは鼻歌交じりにその上に飛んでいっては高速水流で目をえぐり、奥の魔結晶を取り出している。実に手際がいい。水で洗われているので、アリスは布で軽く拭いてそのままポケットにしまいこんでいる。飛びバッタの魔結晶ははっきり言ってクズだが、変異種になると魔結晶の質は中の下くらいになる。普通の飛びバッタでは集める気にもならないが変異種なら集める価値はある。カラズミド商会へ持って行けば結構な金額になるだろう。これだけの数があれば。


 今朝起きて、朝飯を済ませて、さあ今日は何をしようか、メジテ家のプライドをへし折って謝罪させるにはどうすればいいか、なんて考えていたら、東からバッタの群れに襲われた。襲うと言っても攻撃してくるわけではないが、遠慮なくぶつかってくる。変異種だと大の大人でも吹っ飛ばされることがある。

 俺とアリスとで手分けして仕留めた結果がこれだ。そこそこの品質の魔結晶が手に入るのはいいが、朝っぱらから重労働だった。


 飛びバッタは群れる、数百匹単位から数千匹単位になることも珍しくないという。しかしその4割が変異種というのは明らかにおかしい。俺が首をかしげていると、


「終わったよ、197匹、そのうち79匹が変異種。変だよね」


 アリスが変異種の魔結晶を1個手に持って近づいてきた。


「この魔結晶にしても、飛びバッタのものとしては質が良すぎるよ。変位種であってもね。まるで色変わりのオオカマキリの魔結晶だよ。1匹だけだったけど」


 さらに上位の変異種もいたようだ。昆虫型魔物の魔結晶は種族特性があまりない。つまり取り出した後でどの魔物からのものか当てるのは難しい。その代わり、質の等級付けがかなり厳密に出来る。どの魔物からの魔結晶がどの程度の質かと言うことがほぼ決まっている。これは飛びバッタの魔結晶としては最高品質だ。辛うじてだが上の部類に入るだろう。そして最高品質のものが出てくるというのは余り好ましくない。最高位の変異種がいるということだからだ。そのスピーシーズの最高位の変異種がいるということは、


「繁殖爆発か?」


「うん、そうだと思う」


「確かめるか」


 メジテ家に構うより優先順位の高い問題が出てきた。


「東から来ていたな。じゃあ南東の方向から行くか」


 北東方面はここへ来るときに飛んできた。飛びバッタの繁殖爆発なんか気がつかなかった。だから捜索するとすれば南東方面になる。大繁殖していればおおざっぱな探索でも引っかかるだろうと俺は見当を付けた。まして変異種だ。大きな群れが居れば盛大に魔力を垂れ流しているだろう。俺は野営の後を片付けて飛び上がった。


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