ピクシー付き傭兵取扱説明書

真木

第1話 プロローグ

 やかましい輸送ヘリコプターの後部カーゴに腰を下ろして、俺は最後の装備点検をしていた。目的地まであと数分だろう。


 武器がライフル型とハンドガン型の魔銃それぞれ1丁、どちらも生体認証が掛かっていて俺にしか使えない。

 魔銃というのは魔力を塊にして飛ばす武器だ。銃弾の代わりに魔物から取った魔結晶を装填する。勿論ある程度以上の質の魔結晶でなければならないし、使いこなすには自分が相応の魔力を持ってなければならない。魔弾の威力は射手の魔力量に依る。魔力量が多くて魔力制御が巧みな魔法使いが撃つととんでもない威力が出る。反動がほとんどないし、魔弾は重力や風の影響を受けずまっすぐに飛ぶ。だから命中率はものすごい。これで倒せない魔物など、俺くらいの魔力を持っていればまずいないし、その倒した魔物からまた魔結晶が補充できるから、ここ――つまり“特異宙域”――では弾薬補充の心配なく使える武器と言うことになる。

 それに魔鋼製のナイフ1振り、まあナイフは武器と言うより生活道具だ。いろんな用途に使う、例えば缶切りとか。恐ろしく切れ味がいいから気をつけないと缶を突き抜けてしまうが。


 あとは魔法による攻撃もいくつかできる。例えば何か物を――小石でも――念動で飛ばすこともできる。その気になれば100gほどの小石を音速を超える初速で飛ばせる。これもたいていの魔物、例えば体長が3mもあるような黒オオカミなどにも有効だ。ただ、威力や利便性は魔銃に敵わないし、狙いを付けるのが面倒くさい。だから俺は魔物狩りにはもっぱら魔銃を使っていた。


 それにしてもうるさい。輸送ヘリは長い滑走路を造ることが難しい“特異宙域”ではよく使われている。予備バッテリーを装備して航続距離を伸ばして俺たちをここまで運んできた。まあ無理を頼むのだから現場までは送るよ、と言ったところだろうが快適さとはほど遠い。軍用機だから荷物――その中には人間も含まれる――を確実に運ぶことは考えているだろうが快適に運ぶことなんか考慮の外だ。ちょっと離れると大声を出さないと聞こえない。まあ、俺達特殊兵同士だったら声を出さなくても意思を通じ合える。念話が出来る特殊兵が1メートルほど離れてあと2人、俺と同じように座り込んで武器をいじっている。

 声にしなくても良いとはいってもしょっちゅうコミュニケートしているわけではない。むしろ必要最小限だ。特殊兵同士と言っても同じクランに属しているのでなければこんなものだ。たまたま組んだだけの小隊だし、目的地ではどうせばらばらに動くことになる。だったらここで親睦を深めても無駄なだけだ。3人とも考えは同じだろう、一応は顔見知りだから最初にちらっと目で挨拶したがあとは無言だ。

 俺は装備の点検を続けることにした。バイザー付きのフルフェイスヘルメット、身体をぴっちりと覆っている補助動力アシスティッド・パワー付き装甲戦闘服、ベルト、ブーツ、汎用背嚢、そして何より肝心なのは左肩の上にフヨフヨ漂っている直径50cmの球形をした、戦闘用A.I.だ。他の2人も同じように頭の直ぐ近くに戦闘用A.I.を纏わり付かせている。俺たち特殊兵にとってはこいつが命綱だ。俺の魔力と戦闘用A.I.に納められている魔結晶の相互作用で常に俺の周りを浮遊している。これ無しで大樹海をうろつくなど考えられない。


「アリス」


 俺は戦闘用A.I.に呼びかけた。人と話すより、アリスと名付けたA.I.と話すことの方がずっと多いし、思考の交換が容易だ。だからまあ、俺たち特異宙域の特殊兵ワンマンアーミー普通人ヒトから嫌われる。特殊兵って奴はどいつもこいつも自分用のA.I.には愛着を持っているくせに他人には恐ろしく無愛想で無関心だからだ。まあ、同じクランに属している人間には多少の愛想を見せるが。


 特殊兵は基本一人で動く。だからワンマンアーミーと呼ばれているが、一人で動けるのはこの戦闘用A.I.を持っているからだ。


「なんでしょうか?」


 合成音声の起伏の少ない返事が返ってくる。好きな音声に変えることが出来るし、特殊兵の中には例えば恋人の声にしている者もいるが、俺はデフォの音声のままにしていた。まあ、若い女の声がデフォだった所為もあるが。


「あとどれくらいだ」


「降下開始まであと1分18秒です。アヤトが最初になります。なお装備は準備万端オール・グリーンです」


 本当を言うと装備点検なんかやる必要は無い。アリスが全部やってくれているからだ。それでも一応自分でもやらないと落ち着かないのは俺の昔からくせだ。


 降下地点を報せるブザーが鳴って、後部扉が開いた。人が並んで通れるくらいの開口部からまず俺が飛び降りた。間を置かずあと二人飛び出してくるはずだが俺は振り向きもしなかった。


 高度3000mから飛び降りて2000mほど手足を拡げて自由落下したあとで飛行魔法フライングを発動する。そのまま滑空して着陸できそうな場所を探す。眼下は広大な森だ。この高度から見ても端が見えないほど広がっている。

 しばらく飛んでみて俺は地面に直接降りるのをあきらめた。着陸できるような地表が見えない。少しずつスピードを緩めて、樹冠に降りた。地表から50m程で、これくらいの高さの木がびっしりと生えている。そこから枝伝いに地表に降り立った。と言っても直接地面にブーツの底を付けたわけではない。1mほど浮いて止まった。何せ地面は湿った堆積物が分厚く覆って凸凹しているし、堆積物の下は泥濘で下手に降りたら腰くらいまでは埋まってしまう。その上光が届かず薄暗く、虫や小動物の気配に満ちていたのだから。当然魔物もうろついている。


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