第16話 期待と不安

 初めに言っておくと。

 僕は友達が少ない。女子の友達なんて居ないに等しい。

 元々の性格もあって、クラスでは目立たない。部活もやってないし、明るい子達のグループにも入れない。別に嫌われてるとか虐められてるとかは無いけど、わざわざ遊ぶような関係の深い相手は基本居ない。だからまあ、毎日優愛を預かれてるんだけど。


「えっと……」


 夏休みだというのに制服で、僕に話し掛けてきたこの女子を、僕は知らない。少なくとも同じクラスじゃないし、下手をしたら学年も違うかもしれない。


「あっ。あたしは、城戸日向子(きどひなこ)。3年2組。今は部活帰りでさ」

「……はあ。神藤重明です」


 やっぱり先輩か。

 部活帰りだったのか。お昼までやってたのかな。何部だろう。鞄とかじゃ判断できないけど。


「君さ、いつもここであの女の子と一緒に居るよね。妹さん?」

「えっと。……実の妹じゃないんですけど。あの子のお母さんがバイトをしてて。その間預かってる感じです。まあ、殆どもう妹みたいなものですね」

「へぇ。じゃあそのお母さんと付き合ってるの?」

「!」


 いきなり、この人は何なんだろう。急に現れて、どうしてそんなことを訊くのだろう。ていうか、いつも見られてるらしいけど。僕はこの人を見たことは無い。この公園を通る下校中の生徒は大体顔を知ってるんだけどな。


「……いや。僕なんか対象じゃないですよ。弟みたいな感じになってます。僕もそれで良いし」

「弟?」

「はい。まあ、仲良くはしてもらってますね」

「へんなの。そんなに歳離れてる訳でも無いじゃん見た感じ」

「……お互い、家庭が複雑なんで。馬鹿にされるかもしれないけど『家族ごっこ』をしてるんですよ。……本当の家族より、仲良しです」

「…………」

「ていうか何なんですか。いきなり」


 城戸さんはじろっと僕を見詰めていた。何かを見極めるような視線だと思った。僕の言葉の真偽を確かめたいのだろうか。


「……いや。ごめんねいきなり。なんか楽しそうだね」

「まあ、そうですね」

「じゃあそのお母さんには彼氏とか。君には彼女とかは普通に作るの?」

「……僕はクラスの女子とすら会話もしない感じなんでそもそも縁が無いです。あっちは……まあ、今はフリーらしいですけど」

「ふーん。最近別れたんだ」

「…………」


 すらすらなんか言ってしまったけど。こんなこと今日会った人に話すことじゃない。しくじった。何をやってるんだ僕は。こんな、野次馬みたいな人に、家庭の事情なんて話しちゃいけないだろ。


「別れて大丈夫そうだった? 君には何か無かった?」

「…………別になんとも無いですよ。もう、なんなんですか」

「あー。ごめんごめん。それじゃ私は帰るから。じゃね」


 僕が嫌な顔をすると、城戸さんは手を合わせて謝罪を表明して。そのまま、すたすたと公園を出ていった。


「……結局なんだったんだ」

「おなかすいた!」

「あーほいほい。おべんと食うか」


——


——


 17時14分。

 僕も調子に乗って縄跳びをしたせいでめっちゃ疲れた。汗だくだし。優愛はまだ体力あるらしく、まだピョンピョンしてる。


「おーつかれさんっ。シゲくん」

「お疲れ様」

「ん~?」

「……真愛ちゃん」

「よし」


 バイトを終えてやってきた真愛ちゃんが僕の顔を覗いて来る。まだ慣れないけど、真愛ちゃんが望んでいるのだから仕方ない。実の姉弟でもそんな呼び合うことないと思うんだけどね。


「真愛ちゃん、昨日のさ」

「あーうん。どうだった?」

「……知ってたの? 母さんのこと」

「うん。あのね、シゲくん入院してる時に、何度か会ってたんだ」

「えっ」


 真愛ちゃんは僕の隣に座った。ふわりと良い香りがする。というより、優愛と同じ匂いだけど。


「悠太くんと一緒にね。シゲくんの所には行かなかったんだけど、病院には来てたんだよ」

「……え」

「で、わたしは毎日来てたから。話すようになって。連絡先も交換したよ」

「…………」


 驚いた。母さんと真愛さんは全然違うタイプだから、合わないと思ってた。病室で会った時も空気悪かったし。


「どうだった? 昨日」

「……帰ったら、お風呂沸いてて。シチューが鍋にあって。吃驚したんだ」

「そう。美味しかった?」

「…………うん」


 正直美味かった。母さんの料理は本当、久し振りに食べた気がする。小学校低学年以来かもしれない。

 でも美味かった。いくら、母さんとの関係が微妙でも。急に作ってくれて驚いても。

 美味かった。それは変わらない。


「それは伝えた?」

「いやいや。無理だって。会わないし」

「ふーん。喜ぶと思うよ」

「…………母さんは、何がしたいんだろう」

「分かんない?」

「……」


 考えてた。

 入院した時。最初に、母さんが来た日。僕は退室する母さんに『ありがとう』と声を掛けた。

 その際、母さんは振り返りこそしなかったけれど。数秒、扉の所で立ち止まっていた。

 本当に、僕のことをなんとも思ってなかったり、邪魔者扱いしていたら。多分僕の言葉なんか聞かずに帰ってた、どころかそもそも病院には来なかったろう。


「いつか伝わると良いなあ。話、してきたらさ。ちゃんと聞いてあげてね」

「…………うん。そりゃ」


 今日も、何かあるんだろうか。

 期待なのか不安なのか分からない感情が、頭と胸の中に生まれた。

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