色ぬけのいろは歌

東の果ての森の奥深くには、

白鬼の足跡が数多く残る

在りもしない瞳がそこかしこに

在りもしない視線がそこここに


視線の結ばれる暗がりでは決まっていつも、

小鳥の鳴き声が、わらい声に置き換わる


り固まった喉をほぐ

その為だけにわらうのが、

可笑おかしくてたまらない


昔にきいたとむらいの歌

いまも耳に残って鳴りやまず、

空にのまれた尖塔せんとうが、

ふしの数だけ食い込んでいく


れ者のうちに残る明晰めいせきのような空は、

あらゆるものを飲みくだしながら、

真綿のような感情を、

数多あまたの色であらわしている


白鬼のまっしろな瞳がこちらを眺めるその刹那せつな

ある冷夏の閃光せんこうが思いだされた

白昼夢はくちゅうむだったのか、もとよりその日さえもまぼろしなのか

晴れ渡る空一面が、音もなく輝きだし、

辺りはまたた白銀しろがねつつまれた


感覚の正しさと、記憶の不確かが、互いをついばみ、

ときおりくわえたものを相手に与える姿は、

親鳥のように、独りえさのように、埋葬まいそうのように


組み上げられた遺骨は地によくなじみ、

無風であれば永遠にたたずみ続けるだろう

――ああ 花を見詰める まばたきひとつ――

遠くで割れた石の吐息を契機けいきに、

こちらを見上げる花言葉の、

ひたいの裏への焼付やきつけが是認ぜにんされ、

たまゆら視線が入れ替わる


花はすべからく色盲しきもうであり

あとに遅れて香りにうと

耳に蔓延はびこる、根の葉の響き


唐突に二組ふたくみの足音が鳴る

背後で静まる草びれは、

壊死えしした根葉こんようのように、

手のひらを思わせながら


花の行き先、緑に知れず

緑の行く末、人知れず

人の行く先、つゆ知れず

つゆの行き先、天井知らず


目玉転がる新緑の、

足の踏み場のそこここに、

こけむす花の低体温


無意識の有りさまに、白鬼は頭をもたげてひとおもい

草木のむこうの一房ひとふさの顔

能面の内容物は、樹木の呼吸のたびに声をらす

禁じ得ない肌の喜びが、失語しつごの歌の末後の切れ目を、

固唾かたずを呑んで待ちわびる


しどけない しどけない 右目と左目おなじだけ


欲するのがたかぶって、

色ぬけの背信がれてゆく、

卵のように、果実のように、干し首のように

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