第156話 餓えた獣
その力は獣のようであった。
「こんの……っ! 馬鹿力か!」
全身が闇に飲まれ、唯一眼だけが赤く染まる。
「聖剣使い! ひさしぶりの戦いなんだからさぁ! 楽しもうよ!」
声は届いていない。ただ、目の前の存在を喰らう本能のみであった。
《グアアアアアアァァァァァァッ!》
轟く咆哮は、もはや人間のものとは思えない重く、遠くまで響き渡る。
ツヴァイの拳を悉く見切り、逆にリンは的確にツヴァイへと腹部へと蹴りを入れ、大きく吹き飛ばされ、その先の民家へと激突する。
「痛ってー……思ったより雑じゃあないのね」
休ませるものかと言わんばかりに、乗り込んでくるリン。
手ごろな椅子をぶつけて牽制し、狭い室内から外へと抜け出して、ツヴァイは体勢を立て直す。
「おっ! 丁度いいところに!」
乗り込んできたツヴァイへの対抗武器として用意され、一度はツヴァイ自身に放たれた『バリスタ』の矢が、逃げた先に転がっているところを発見する。
「コレでも喰らいやがれ!」
バリスタの巨大な矢を物ともせず、槍投げの如くリンへと投擲した。
発射された矢は、バリスタ本体で放たれたときよりも速く、リンを捉える。
《グウゥ……》
低く唸るリン。腰を低く落として、真っ向からバリスタの矢を迎え撃つ。
《ゴアァッ!》
有ろう事かリンはバリスタの矢を掴まず、
「──ウッソ?」
これには流石のツヴァイも予想外だったらしく、唖然としてしまう。
《グアアアアアアァァァァァァッ!》
ツヴァイへ狙いを定め、猛突進で近づいてくる。
「驚かされたけど……足の速さはまだまだかな?」
常識を超えたパワーを持っているが、まだ素早さではツヴァイが上回っていた。
素早さで翻弄し、優位に立とうとツヴァイは接近戦では受けに入る。
(テキトーに突っ込んでくる訳じゃない……コイツは理性を失いながらも『本能』で攻撃を回避してる)
無闇に近づき手を出すのは悪手だと判断した。
ツヴァイの攻撃は何度も躱されている事が、なによりの証拠だ。
(ここだ!)
回避に専念し、隙を見せたリンの頭部へと蹴りを叩き込む。
「……イッテー!?」
そして気づく。思い違いをしていたことを。
「ああそうか キミ『硬いんだった』ね?」
一度それで苦戦していたという事を忘れていた。
リンは
(その力は土の賢者の石……聖剣『ガイアペイン』だったね)
自身の身体を『硬化』させる力。それにより攻守共に隙が無く、硬さを超える純粋な力で砕くか、それとも痛みを堪えてぶつけるか、ツヴァイにはその二択である。
「ホンット厄介! でも……だからこそ
理由は違えど、戦いに餓えているのはツヴァイも同じ事。
ただ『強者』に打ち勝つ事こそが喜び。その為なら惜しむものなど何も無い。
「魔王三銃士『闘士 ツヴァイ』が罷り通る──なんてね?」
力任せな一撃を叩き込む。
搦め手など不要。ただ純粋な力で捻じ伏せるのみ。
「腕の骨など持っていけ! お前を倒すには安すぎる!」
殴りつける度に骨が軋み、拳が砕ける音が聞こえてくる。
それでも尚、相手を倒すという強い意志がそうさせる。勝てるのならそれで良い。痛みを恐れ、戦いを楽しむ事が出来ない事など、あってはならない。
ツヴァイにとてはそれが全てであり、それ以外に興味が無かった。
「どうした!? 耐えるだけじゃあ勝てないよ!」
怒涛の連撃を何度も叩き込まれ、先程までの荒々しさが嘘のように、ツヴァイは防戦一方にまで追い込んでいく。
獣は、ただ黙って耐えていた。
「これで……終わり!」
渾身の一撃が綺麗に決まる。どれだけ硬い身体をしていようが、それをものともせずにツヴァイは本気で拳を振るい、リンの体を吹き飛ばす。
「ヘヘッ! どうよ?」
吹き飛ばされ、ぶつかったその衝撃で民家は崩落し、瓦礫がリンへと降り注ぐ。
砂埃が舞うその中に、ゆらりと立ち上がる『影』が一つ。
「……効き目無しかい?」
影を纏う『獣』が一匹、そこにいた。
《グアアアアアアァァァァァァッ!》
獣は吼え、獲物を喰らう為に駆ける。
「だったら速度を上げて……っ!」
振りかぶった拳は左手で受け止められ、受け止めたツヴァイの右腕へと下から拳を叩き込んでへし折られてしまう。
「ぐっ!?」
残った左手で殴ろうとするが再び受け止められ、そのまま拳は握りつぶされた。
「こんのっ!」
《ゴアアアアアアァァァァァァッ!》
「!?」
至近距離による咆哮。
辺りの建物や地面に影響を及ぼす程の凄まじい咆哮を、ツヴァイは塞ぐ事もできず、接近した状態で聞いてしまった。
(しまった! 鼓膜が……っ1?)
ツヴァイは両手を潰され、今度は聴力と共に平衡感覚まで失ってしまう。
為す術なく顔を鷲掴みにされ、地面へと押し付けられる。何の受身も取れずに強引に地面に打ち付けられた事で、衝撃を直に受けなくてはならなかった。
(これはちょっと……強すぎるでしょ?)
掴まれたままの状態で地面へ引きずられ、地面は抉られていく。
《ゴアアアアアアウウウウウウゥ!》
最後には無残にも投げ捨てられ、瓦礫の中へと放り込まれる。
ツヴァイにはもう、立ち上がる力は残されていなかった。
(あらら……負けちゃった……かな?)
朦朧とする意識の中で、完膚なきまでに打ちのめされ『敗北』を味わう。
(魔王ってば大丈夫かな……? こんなに聖剣使い強いんだけど)
ツヴァイの主である『魔王サタン』の最大の障害。強くなった聖剣使いを倒す事に意味があると言っていたが、これほどまでに強くなってしまったのであれば、最早手をつけられないのでは無いかと思うツヴァイ。
(まあ魔王も強くなったし……大丈夫でしょ……たぶん)
それでも魔王の勝利は揺るがないと信じるツヴァイは、目を閉じる。
(ここでリタイアか……本当は意識のある聖剣使いとも戦い──)
「まったく……魔王三銃士の顔に泥を塗るような真似しないでください」
(……ん?)
完全に諦めて、後は死ぬだけと思っていた矢先だった。
「『ドライ』……かい?」
「しっかりしていただきたい アナタがやられてしまえば残りの三銃士は私一人になってしまうではありませんか……それでは魔王軍全員の士気に差し支えます」
ツヴァイを助けに現れたのは、魔王三銃士の一人『ドライ』であった。
ここライトゲートを潰すのにツヴァイ一人では心配だと、直接手は出さずとも監視ぐらいはと思いやってきたところ、満身創痍となったツヴァイへ助けに入ったのだ。
「アハハ……怒ってるのはわかるけど何言ってるかわかんないや」
(まさかここまでツヴァイを追い込むとは……想像以上ですね)
やはり無理やりにでも早々に排除しておくべきだったと、己の判断の甘さを悔しく思い、その存在へと睨み付ける)
「……醜いですね聖剣使い 何があったかは知りませんしどうでもいいのですが……まさか唯の『獣』に成り果てるとは」
《グウゥ……!》
「言葉も失いましたか? ならばここに用はありません……魔王様が求めている戦士は人類の英雄『聖剣使い』です 本能に従うだけ怪物など興味は無い」
《グアアアアアアァァァァァァッ!》
「失せろ」
ドライは襲い掛かられるより先に、光線を放つ。
「ヘヘッ……やっぱりドライは強いや」
「……まだまだ甘いですよ」
ドライはツヴァイを担ぎ、その場を離れた。
ライトゲート殲滅はまたしても失敗に終わってしまったが、今回ばかりは仕方が無かったと諦めたドライ。
「さて……この強さは想像以上だったね」
力を渡した張本人である『エルロス』は、リンの強さを目の当たりにし、期待以上の力に満足する。
「フフフ……やはり素晴らしいな」
不適に微笑み、再び聖剣使いの力を利用しようと画策すろのだった。
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