第144話 木の聖剣

「お前を……殺す! 生かしておく訳にはいかない!」


「その怒りは何だ? 姫を殺したことか? それともこの顔が『幼馴染と同じ顔』であることが気に入らないのか?」


「両方に……決まってんだろ!」


 アインはここ『ド・ワーフ』の姫を殺した。


 そして姫を取り込み、アインの顔は姫と同じ顔、つまり姫と瓜二つの外見をした『白羽しらは ユキ』と同じ顔でリンを煽る。


「違うだろぉ? お前は『姫』が殺されたことには興味は無い お前が怒っているのはこの顔が『幼馴染』と同じだから……『自分の犯した罪』に向き合う覚悟が無いからだろう?」


「黙れぇ!」


 力任せに刀を振るう。冷静さを欠き、アインへの怒りで何も考えられない。


 向かってくるリンに対して、アインの足元から影が伸びる。それをリンが踏むと、まるで金縛りにあったかのように動かなくなった。


「十一年間も目を逸らし続けたんだ……お前もそろそろ目を向けるべきではないか? もっとも未だに目を覚まさないのであればそれも出来なかったか」


 リンに歩み寄り、耳元で囁くアイン。


「聞かせてくれ……お前は今まで何をしていた? 毎日病院に通っていたのか? 食べられないというのに好きだったお菓子でも持っていっていたのか? 返事も無いのにその日あった出来事を話していたのか? 随分と健気じゃあないか」


 病院のベッドで目覚めることを信じていた。だが十一年たった今でも目覚めることは一度も無かった。


「どんな気分だ? 何の因果かお前と一緒に幼馴染もこの世界に紛れ込んでしまった気分は? 平和と程遠いこの世界で戦争に巻き込まれてしまってる気分は?」


「黙れ! お前に語られる筋合いは無い!」


「それは違う ただどうしてそこまで出来るのかと感心したから聞きたいだけだ……幼馴染の大切な時間を奪っておいてのうのうと『罪を償う』などとほざくているお前の神経の図太さはいったいどういう作りをしているんだ?」


 これでもかという程に、アインはリンを煽り、捲くし立てる。


「口先だけさ お前はただ『正しい』ことをしていると自己陶酔しているだけ 今ぶつけている怒りに姫は関係ない ましてや幼馴染の為ですらない・・・・・・・・・・ 怒る事が『正しい』から怒っているだけだ」


 アインは言葉で攻め立てる。


 自惚れていると、間違っていると、偽っていると。


「お前は『自分の為だけに』怒っている! 触れられたくない古傷を抉られて! 自らの怒りを正当化して力を振るっているだけだ!」


 言い切られた。かつて無力だった自分が、ようやく手に入れた力で『誰かの為』に戦っていた筈が、そうする事が『正しい』から使っていたと。ただ本当の自分を隠すため、そして今は『自己肯定』の為だけに使っているのだと。


「安心しろお前は正しい……誰かの為に怒ることも自分の為に怒るのも間違いの筈が無い そうだろう?」


 同意を求められる。今までの自分がしていたことが正しいのであれば、間違っていないのならば頷けば済む。


 だが、リンは出来なかった。


「ん? どうした? 間違っているのはどちらかなど明白じゃあないか お前は正しさを示せばいい」


 リンにとって頭の中を怒りで満たすことがどれ程簡単であった事だろうか。先程まで出来ていたというのにそれが出来ない。


 考える事を拒んでいる。何も考えず、戦って証明できればどれ程楽だったであろうか。


「話は変わるが……『この顔』の持ち主の話をしてやろう」


 アインは唐突に、木の国ド・ワーフを治めていた『マリー』姫について話し始めた。


「とても……とても優しい人間だった いつも民を気にかけ平和を願っていた どうすれば民の力になれるのかと どうする事が民の為なのかとな」


 ユキと同じく、優しい人であった事を教えられる。


「兵士を殺して成り済ました時……一目で見破られた時は本当に驚いた そしてこう言った『その者をどこにやった 今すぐに返しなさい』と 殺したと言ったら……フフッl」


「……何が可笑しい?」


「申し訳ない あまりにも……あまりにもその顔が傑作だったものでつい……『この女の絶望した顔が欲しい』という欲望が抑えられなくなってしまった」


 それはあまりも身勝手な理由。その為だけに姫は命を奪われ、こうして取り込まれてしまった。


「鏡の前で練習してみたがどうにも同じ顔にならないんだ……どうすれば良いのだ? どうすればもう一度あの顔を再現できるのだ? 教えてくれ聖剣使い?」


 己の欲望の為だけに、歪んだ心は愉悦の為だけに犠牲となった。


「人の心のわからないお前に……薄っぺらいお前なんかが 人の為に絶望できる筈が無い」


「ああなんと! なんと残念な事か! ではもう二度とあの顔を拝むことが出来ないというのか! ああ何と! なんと悲しい!」


 わざとらしく振舞うアインの台詞。


「だが待てよ……? ならば適任がいるではないか・・・・・・・・・・?」


 姫の顔で、ユキと同じ顔・・・・・・・が邪悪に微笑む。


「目を覚ましてくれるかわからないが……なに 駄目ならそれまで・・・・・・・・か」


 その言葉を聞いて、再びリンの頭は怒りで満たされ、溢れ出す。


 言葉も発さず、ただアインを殺す事しか考えられなかった。


「さあ使え! 木の聖剣『ローズロード』の力を!」


 するとリンの足元から突如として巨大な木が生え、アインの影からリンを引き剥がす。


 木が生え天高くリンを打ち上げる。そのまま落下の勢いを利用して、アインへと聖剣を突き立てる。


「ついに見せたか……ローズロード」


 難なく避けるアインへと、続けざまにレイピアの形をした木の聖剣『ローズロード』で何度も突く。リンは何も言葉を発さず、ただ無言で新たな力を振るった。


 雰囲気が違うことはすぐにわかった。怒りが限界を超え、その衝動に任せるがままに、もはや言葉にする事が出来なくなっていたのだ。


 面白いと思った。だからそのまま続けさせる事にして力を測るアイン。ただ聖剣で突いているだけであれば期待外れだと思うが、たとえ怒りに身を任せていたとしても、聖剣の力は発揮されていた。


 リンが踏み込むと、足元から木の槍が生えてアインへと攻撃する。もう一度踏み込むと、今度は花が生える。ただの花では無く、まるで種を弾丸のようにして放出してアインヘと撃ち込み、回避すると地面へ着弾した種が再び花を咲かせ、もう一度種子の弾丸を撃ち込む。


 更には蔦を生やして拘束し、一度動きを封じられてしまえば、たちどころに連続攻撃を叩き込まれることであろう。


 植物を利用した多方面からの攻撃、それが『木の聖剣ローズロード』の力であった。


「流石だ 初めてにしては及第点だぞ」


 無数の影が手となり、リンの攻撃から身を守る。


 どれだけ多方面から攻撃したところで、予測して叩き落とすことは造作も無い事であった。そして何より躱せなかったとしても、アインにとっては問題なかった・・・・・・


「忘れたか……『殺した者の能力を得る』ことを」


 あえて攻撃を掠めさせると、血が流れる。


 その血がリンに触れると、どうなるのかは過去に一度リンは味わっていた。


「『血液爆破ブラッディ・ボム』」


 海賊『エド』を殺して得た力。自身の血液を爆弾に変える能力。


「『理解した』……木の賢者の石がもたらす力」


 木の賢者の石は、聖剣『ローズロード』を与え、木の魔法を得られる。


 そして、今までの賢者の石は全てリン自身に何らかの影響を与えた。


「……『再生能力』か」


 リンの頬に付着して血を爆発し、傷を負わせた直後、その傷は瞬く間にリンの頬から消えていた。

 

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