第143話 逆鱗

「さあ見せてみよ 今のお前がどれ程のものか」


(アインとの戦闘は初めてだ……いったい何をしてくるのか)


 リンが知っている事といえば『影』に紛れる事、そして『他者の能力を殺して奪う』という事ぐらいだ。


「その前に……目障りな連中へプレゼントだ」


 アインが指を鳴らすと、地面が揺れる。その揺れの正体がリン達の前に姿を現した。


「中々良く出来ているだろう? 『マッド博士』の自信作だそうだ」


 度重なる非人道的な実験を行ったことで、『ギアズエンパイア』を追放されたマッド博士が造り上げた鋼鉄の巨人。


「銃効くかなぁ……?」


「……でかいわね」


「これはまた立派なごーれむ・・・・でござるな」


「結構イカすじゃあねえの?」


「こいつはロマンってやつだな!」


「余裕があるのは構わないが……精々足掻くが良い」


 再び指を鳴らすアイン。命令は一つ、『聖剣使いの取り巻きを殺せ』である。


「上等だぜ! さっさと片付けるんでアニキは心配しないでください!」


「リン! こっちは何とかするからアナタはその真っ黒野朗をお願いね!」


「師匠の顔に泥を塗ってはいけないでござるよ?」


 レイ、シオン、アヤカがリンの背中を押した。


「どうやら因縁があるみたいだし魔王三銃士は任せるぜ?」


「手柄譲ってやるんだ 感謝しろよ?」


 続けてムロウ、雷迅がリンの肩を軽く叩く。


 誰一人として『リンが負ける』事など考えていない。


「……これでお望みどおり一対一だ 始めるぞ」


「仲間との『絆』……というやつか? 今のは? 下らない……実に下らない」


 不機嫌そうに言うアイン。顔は相変わらずフードに覆われて見えないが、確実に嫌悪感を顕にしている事だろう。


「強き者が残り弱気者は淘汰される……そして『仲間』とは脆弱な者が群れをなし『強くなった』と錯覚させる存在……哀れ 実に哀れだ」


 言葉から伝わる呆れ。何故そんな事もわからないかと見下した言い方。


優月ユウヅキ リン……お前は孤独・・で在るべきだ 強さとは『孤独の果て』に得るもの……今のお前ではそれが限界だそこが行き止まりだ お前はもっと強くなれる」


 そう告げるアイン。『仲間』など必要ない、強くなる為には捨てて、『孤独』となって強くなれと。


「なんだ……真面目に話せるじゃないか? アンタ」


「……何?」


 リンの答えは決まっている。


 そもそも、出すまでも・・・・・無かった。


「もう二度と大切な人を失いたくない……失うぐらいなら『最初からそんなもの作らなければいい』……そのはずだった・・・・・・・んだけどな」


 この世界に来て、リンは沢山の出会いをした。


 その全てが良いものばかりだったわけではない。傷つけられ、虐げられる者もいた。そして時にリン自身も奪い、奪われ、傷つけ、傷つけられた。


「誰も頼んでないってのに 勝手に助けられちまった……俺は一人のほうが気が楽だったってのに」


 壊れかけた心を救われた。もうどうでも良いと、自暴自棄になったリンを見捨てず、立ち直らせるきっかけを『仲間』が与えてくれた。


「だったら……受けた『恩』は返すのが道理だろ? だから返してやるんだよ 魔王軍と戦って……『世界を救う』って特大の利子を付けてな!」


 リンは強く言い放った。

 

 黙るアイン。リンの言葉が意外だったのであろう、とても驚いたといった声色でリンへと問う。


「それが……お前が仲間を捨てない『理由』なのか?」


「いいやこれは建前だ 大事なことだから良く聞けよ?」


 リンは刀を抜いて、アインへ向けて構える。


「俺はアンタが『気に食わない』 それが一番の理由だ」


「……フフッ! フハッハッハッハッハッハ! 下らない! 実に下らない理由だ!」


 あまりに単純明快な答えに、アインは笑うしかなかった。


優月ユウヅキ リン……どうやらお前はこの世界にただ捨てられた・・・・・とばかり思っていたが……どうやら考えを改めなくてはならないようだ」


捨てられた・・・・・? どういう意味だ!?」


「そのままの意味だ だが確証を得た……お前は『選ばれていた』のだな」


 アインから黒い霧状のものが溢れ出す。やがて黒い霧は『人の形』を得て、リンの前に立ちふさがる。


「これはお前の『再現体』だ……とはいってもお前のこれまでの活躍から作り出した云わば『過去のお前』だ 新しい賢者の石がどれ程のものか見せてみよ」


「お前の人形ごっこに付き合ってやれるほど俺も暇じゃないんだよ」


 アインが作った『再現体』を無視して、その本体であるアインを狙う。


 が、再現体は炎を纏った・・・・・一撃を放ち、行く手を阻んだ。


(この熱量……まさか本当に『フレアディスペア』と同等か!?)


 今まで火の聖剣『フレアディスペア』を振るって来ていたからこそわかった。


 アインの言うとおり、リンの力を『再現された』炎を、しっかりと再現し、襲ってきたのだ。


「だったら……コイツはどうだ!?」


 土の聖剣『ガイアペイン』を呼び出し、その大振りの剣を叩きつける。


 再現体を確かに捉え、真正面から攻撃を受けたのだが……。


(……成る程 手応え無し・・・・・か)


 再現されたのは火の聖剣フレアディスペアだけでは無い。


 土の力、自身の体を堅牢な肉体へ変化させる。『硬化』の力も、しっかりと再現されていていた。


「さあどうする聖剣使い? さっさと新しい力を見せるが良い!」


 仲間を救う為に一度だけ見せた『木』の力。


 使う事に躊躇いは無い。が、アインの思い通りだと思うと癪に障った。


(この感じだと氷の聖剣アイスゾルダートも再現されてるか……だが・・)


 リンは再現体の事を、強いとは感じなかった・・・・・・・・・・


 聖剣を戻し、代わりに刀を抜く。


村正流霞の構え・・・・・・・……『血染め桜』」


 アヤカとの修行で叩き込まれた末に得た技。


 霞の構えから放たれる石火の斬撃が、再現体の首から上を容赦なく斬り飛ばす。


「ほう……? まさか聖剣すら使わずに倒すとは お見事お見事」


「アンタの再現体とやらは随分とお粗末だったじゃないか?」


 リンの持つ『妖刀 紅月』は膨大な魔力を宿す聖剣とは逆に、本来物理的に干渉出来ない『魔力そのものを断つ』事のできる業物である。


 先程の再現体も、元を正せばアインが『魔力』で作り出した代物であった。


「『形だけ』だった さっきの再現体に『意志』は無かった 今まで戦ってきた強い奴らは何かしらの『強い意志』があった……空っぽの人形に無理な話だよなぁ?」


 それは致命的な事である。


 どれだけ真似たところで、それに伴う『中身』が無ければ、薄っぺらい張りぼてと何ら変わりない。


空っぽ・・・……か 益々お前の『壊れた姿』を見たくなった」


 その言葉はアインの『逆鱗』に触れたのであろう。普段の人を小馬鹿にした態度でも、先程までの冷静な姿も、凍えるかのように冷たい感情が言葉に宿っている。


「ド・ワーフに来た最初の理由は『結界の解除』だった ここを攻め込むのに最大の障害だったからだ」


 その時にド・ワーフの住人を殺して国に忍び込み、中の兵士を殺して城内へと潜入した。


「知っているだろ? この『能力』は殺した者を完全に再現することが出来る……だというのにあの『姫様』ときたら……気づかなければもう少し穏便に済ませられたというのに」


「……まさか?」


 アインはフードを脱ぐ。


 それは海賊グールの『キャプテン エド』の時と同じである。そこにはアインによって殺された人・・・・・の顔があった。


「……『殺して差し上げましたわ』……なんてな?」


 行方不明となったここ『ド・ワーフ』の姫、『マリー』の顔。


 リンがこの世界の聖剣使いと同じ顔をしている様に、今は城の中で眠り続けているリンと同じ世界から来た幼馴染、『白羽しらは ユキ』も同じく、マリー姫と同じ顔をしているのである。


「何故見破られたのか定かではないが馬鹿な女よ 黙っていれば少しは寿命が延びていただろうに」


「やめろ……」


「そういえば今のお姫様はお前の幼馴染だそうだな? 感動の再会は……おっと失礼 『十一年間も意識が戻らない』んだったか」


「……やめろ」


「この馬鹿女の顔……お前のお姫様・・・・・・と瓜二つであったな? どうだ? 目を覚ました時の予行演習に丁度良いのでないか?」


ユキと同じ顔で・・・・・・・! お前が喋るなぁ!」


 リンの未だ癒えない古傷を、触れてはいけない『逆鱗』を、アインは触れた。


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