第128話 真なる魔王

「神だと……? お前が?」


「そうだとも『魔王サタン』 いや……『ワーグナー』だったか?」


 神を名乗り、漆黒の鎧を身に纏う銀眼の少女。


「この場所を戦の場にした事が失敗であったな? 『神域』においては『下界のルール』は通用しない……故に我が直接手を下す事が出来る」


 剣を魔王へと向けながら、少女は宣言する。


 少女の強さは尋常では無い事をリンは知っている。


 そんな女がこちらの味方をするというのであれば、勝てるかもしれないとリンは思った。


「フッ……フフッ……フハハハハハッ! そうか! お前が『神』か! そうなのだなぁ!」


 魔王は笑う。


 状況は変わった。本来であれば魔王が不利な筈である。


「感謝するぞ『戦の神』とやら! お前が何処ぞの神であれ 本当に・・・神だというのなら・・・・・・・・どうでも良い!」


「ほう……?」


 それは魔王にとって想定内である。


 いや、むしろ『必要不可欠』であったのだ。


「戦の神よ……お前の相手をするのはこの地の『聖剣』を抜いてからだ」


「それは無理な話だ 何故ならその聖剣は 『竜殺し』の『宿命さだめ』を背負う英雄で無ければならない」


「その心配は無い……『その血』ならある」


「……何だと?」


 魔王は木に刺さる聖剣を握る。


 そして、高らかに宣言した。


「神域に『神』あり! 竜殺し・・・の『血筋』はここに!」


 聖剣が抜かれ、神聖を帯びて輝く刀身が眩く煌く。


「刮目せよ! 聖剣は今! 『憤怒の魔剣』となる!」


 魔王が注いだ魔力が、刀身の輝きを蝕んでゆく。


 神聖なる輝きをは消え失せ、刀身は赤黒く禍々しい色へと染まる。


「これが……これこそが! 神話を塗り替える一振りである!」


 神話に存在する聖剣は、魔王の手に渡った。


 魔へと堕ち、本来得るべき姿を奪われ、歪な姿の『魔剣』として。


「神よ……この剣の真名は知っているであろう?」


「……『グラム』」


グラム・・・だと……?」


 それはどこか聞き覚えのある名前。の世界でも語られる神話の剣の名前。


「そうだ! 名は『グラム』! 我怒りを受け! 聖なる剣は魔へと堕ちた! 神がこの地に君臨するこの時を待っていた!」


「間抜けが……その剣は『語り継がれる筈の物語』を歩めなかった・・・・・・出来損ない お前の求める力は持っておらん」


「言った筈だ……『神話を塗り替える』と」


 けたたましい音が、この場にいる者全ての耳に入る。


 音は何かの爆音というよりも、何かの『咆哮』のような轟音。


「まさか……この『咆哮』は!?」


 リンは空を見上げる。太陽の光が差し込む筈の穴が『何』かに覆われる。


「お前達は既に出会っている筈だ 黙示録に刻まれたあの『赤き竜』を……」


 かつて、リン達の前に突如姿を現した赤い竜。


 魔物を喰らい、皮膚を傷つける事すら容易では無かったその竜は『黙示録の赤き邪竜』と呼ばれる獣。


「イヤ〜! 此処に誘導するのに随分かかっちゃタ!」


「アイン!?」


 今この場にいる魔王三銃士て唯一欠けていた一人『アイン』が、赤き竜を引き連れて現れる。


「やれば出来るではないかアイン? 今回ばかりはお前の仕事ぶりを評価せざるおえないな?」


「そんな魔王様〜? 今まで評価無かったノ〜?」


 竜の巨大な体が神域へと、無理矢理穴をこじ開けて侵入する。


「ゲッ!? この竜あん時の!?」


「おいおいマジかよ……てか首増えてね?」


 レイとムロウはその竜に見覚えがある。


 が、リン達が最初に遭遇した時、頭の数は一つ。今は後から生えてきたであろう頭の無い、首だけが・・・・・六本増えていた。


「眠りから覚め……本来の姿へと戻ろうとしているか」


 地に降り立った竜は、手始めとばかりに魔物を喰らう。


 大量の魔物をは竜から逃れようとするが、ドライのテイムにより、その場への待機が命じられる。


は大人しくしていなさい……何の為に一箇所に集めておびき寄せさせたと思うんです」


 竜が魔物を捕食し、魔力を蓄えている事は知っていた。


 だから魔物を集め、竜にこの場を知らせる為にアインが誘導していたのだ。


「ちょっと何なのよあの竜!?」


「これはまた……随分大きなトカゲでござるな」


「おいおいおいおい!? とんでもない化け物が乱入してきたんだけどぉ!?」


 存在だけを知らされていたシオン、アヤカ、チビルは、その規格外の巨竜に困惑する。


「ハァ……ハァ……ツヴァイさん 何すかアレ?」


「めっちゃ……ハァ……強そうな竜」


「よく知らないんすね」


「雷迅なら勝てそう?」


「冗談……アンタ倒すのも一苦労なのに」


 互いに満身創痍な状態の雷迅とツヴァイ。


 戦い以外にあまり興味を示さない二人も、流石に『アレ』と戦う気は起きないようだ。


 鼓膜が破けてしまいそうな程の咆哮を、再び邪竜が雄叫び上げる。


《偽りの『魔王』……愚かなる者よ……その名を語る事……万死に値する》


 塞いでいても、頭の中に直接語りかけるようなその声は『邪竜』である。


「……それは俺に言っているのか黙示録の竜? だとすれば光栄だな」


《その所業……赦されぬ……冒涜……である》


「俺は貴様を……殺す」


 この空間を全て壊してしまうかという程の圧のある咆哮が、再び響き渡る。


 その光景に、魔王は不敵な笑みを浮かべていた。


「『竜殺しの剣』……『黙示録の竜』……まさかお前は!?」


「さあ『魔王の化身』よ! お前の存在を我が身が喰らおう!」


「……!? 全員離れろ! 何かくるぞぉ!」


 リンは気づいた。この場に魔力が集まっている事を。


 魔王の持つ『グラム』に魔力が注がれてゆく。


 膨大な魔力。辺り一面を全て吹き飛ばしてしまう程のとてつもない魔力が、魔剣グラムへと集中する。


《全てを……あるべき姿へと!》


 それと同時に邪竜の口も魔力が集まっていく。


 全てを焼き方くす黙示録の炎が、魔王へと放たれた。


《死ぬが良い》


「滅べ……『エルガー・グラム』」


 放たれる炎と竜殺しの一閃。本来絶対に交わることの有り得ない激突が、リン達の目の前で起きた。


「全ては……この瞬間の為に……ッ!」


《!?》


 炎を押し返すグラムの一閃。


 竜殺しはこの時の為に・・・・・・・・・・


《馬鹿な…このような事は有りえ……ッ!?》


 押し返された炎とグラムの一撃が黙示録の赤き邪竜をの巨体を、打ち砕いた。


「消えろ……これで俺は『魔王』となる」


 辺り一面が、魔王と邪竜が放った一撃の余波を受け、全てが吹き飛ばされる。


 この一撃こそ、神話の力のほんの一端であった。


「……うっ……ぐっ!」


「間一髪であったか……」


 咄嗟に鎧の女がリン達を魔力でできた膜で包み、吹き飛ばされはしたが、致命傷は免れた。


 とはいったものの、その余波は凄まじいものであった。


「おお……! 流石でございます! 貴方様の計画は完遂されたのですね!」


「イテテ……死ぬかと思った……ありがとうドライ」


「ね〜? 何で守ってくれなかったノドライ?」


「申し訳ない忘れていました でもご自分で守れたのですから良かったでは有りませんか」


 魔王側も、被害は最小限に抑えられていた。


「まだ終わりでは無い……」


 黙示録の竜の亡骸へ近づいていく魔王。


(これは不味い……この場の崩落で我の身体を維持できない)


 神域の崩落は、戦の神を名乗る女は存在を保てなくしてしまっていた。


 維持する為の魔力は余波を最小限にする為に使ってしまった。魔力の供給も今は・・出来ない。


「知っているか? ある竜殺しの英雄は黄金を守りし邪竜・・・・・・・・の心臓を喰らった事で……叡智を得たそうだ」


 亡骸から『心臓』を抉り出す。


「さて……『黙示録の邪竜』であれば……どうなるかな?」


 吹き出す竜の鮮血を浴びながら、手にした竜の心臓を喰らう。


「フフッ……フハッ! ……フハハハハハッ! これが! 『真の魔王』の力かぁ!」


 身体中に激痛が走るが、それは肉体の変化の為に致し方ない事。


 漲る力が、心地良くてたまらなかった。


《刮目しろ! これが『魔王』である!》


 白い肌に白髪の少年の姿は無かった。


 悪魔の翼、獣の体、異形の姿をした化け物。


 語り継がれ、想像されてきた正真正銘の『魔王』の姿である。




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