第117話 冷たき闘志

「さてさて お手並み拝見といきましょうかね?」


「随分余裕だな その自信が何処から来るのか聞かせてもらえるか?」


「やってみればわかるぜ? 勝てないってな?」


 ジャケットにズボン、被った帽子の全てがしろで統一されてた『ルドー』の服装。この雪の中での戦いを想定したものだ。


「それにしても『火の聖剣フレアディスペア』か……ちょいと相性が悪いと思うんだよね」


 ルドーがリンの足元を指差すと、地面から巨大な氷の剣が、姿を表す。


 リンはルドーの動きを見て事前に察知したおかげで躱す事が出来たが、一歩遅れていたら貫かれていたであろう。


「オレってば『氷』の魔法しか使えなくてね これじゃあ溶かされちゃうよ」


 それだというのに余裕を崩さないルドーに違和感を覚えつつも、リンは聖剣を片手に斬り込んだ。


 リンの踏み込みに合わせて、ルドーはリンの足元に氷を張った。それによりバランスを崩されたリンの顔目掛けて、ルドーの蹴りが炸裂する。


「足元がお留守だぜ!」


「くっ!」


「この視界の中に足場……オレからしたら大した事なくてもお前はどうよ?」


 吹き荒れる吹雪はさらに強くなる。降り積もった雪が、リンが踏み出すたびに深い溝となる。


 それが降り積もる雪の量を示していた。


(まずいな……コイツの言う通り視界が悪くなってきた)


 日が沈み始める。それは一つのタイムリミットと言えるだろう。


 何故ならこの『氷点下の戦い』において、夜になる事は死を意味する。


「……さっさと終わらせる」


「出来るかい!? 到底無理だと思うがよ!」


 振りかぶった聖剣が炎を纏う。ルドーの言っていた通り、雪を溶かすなら『火』はうってつけといえる。


 踏み込めないのならと、炎で対抗するリン。なるべく中距離からの攻撃へ戦術を変えた。


 が、その戦術では決定打に欠ける。その事はリンも理解していたが、そうせざる負えない状況下での戦いだった。


「不便だねぇ〜 まあオレの得意な射程範囲での戦いにしてくれるってんなら受けて立つさ」


 不適な笑みでリンを見るルドー。リンには時間が無い・・・・・


「『紅蓮突貫ぐれんとっかん』」


 聖剣を前方に突き出すと、勢い良く炎が放たれる。


 ルドーはそれを難なく躱す。距離を離して戦うと言う事は離れるほどに、相手に逃げる時間を与えてしまう。


 そして、魔法を放つたびに、リンの魔力は消費されていく。


「無駄撃ちは良くないぜ? ちゃんと狙えよ?」


「だったら動くなよ」


「残念 オレはまだ『死にたくない』や」


 ルドーが手をかざすと、リンの四方を氷の壁が埋め尽くす。


「『コールドプリズン』」


 拳をルドーが握ると、壁がリンを押し潰す。

当然リンは炎で壁を溶かす。相性は普通に考えれば・・・・・・・リンが有利であろう。


「また……魔力を使ったな?」


「それがどうした」


「さっきお前を蹴った時……お前は身体を『硬化』させていなかった」


 土の賢者の石『ガイアペイン』の力を使えば、物理的な攻撃は殆ど無力となる。

なのに魔力を使っていなかった。攻防共に便利な力だというのに、魔力の全てを『火の聖剣フレアディスペア』のみに絞っている。


「わかってるんだぜ? 理由はよう」


  その理由はこの地の『寒さ』だ。


 この地での戦いにおいて、全身を火の魔力で覆って寒さを軽減していなければ、まともに動くことができない。


「それだけじゃあねえよな? ここは村の中だからよぅ? お優しい聖剣使い様は満足に戦えないもんな!」


 そんな状況に追い討ちをかけるかのように、ここで無闇に魔力を使ってしまえば、村へ被害が出てしまう。それが原因だった。


「最高のステージでのバトルだな! オレにとっちゃあな!」


「だとしても……俺の優位は変わらん」


 リンは刀を抜く。右手に刀を持ち、左手に聖剣を構える。


「属性付与……『紅月』!」


 紅月に火の力を付与し、左右どちらも炎の武器となった。


 先に聖剣を振り下ろすと一直線に炎が地面を這った。躱されはするが、そこには『道』が出来る。


「無理矢理足の踏み場を確保したか! 一ヶ所だけじゃあ大した効果はないぜ?」


「だから……全部だ」


 二振りの火の力で一面の雪を全て溶かす。


 これならばもう足場を気にする事は無い。そう思っていた。


「……ハハハッ! 残念だったな!」


「!?」


 ルドーは待っていたと言わんばかりに、手を地面につける。


 一面を一瞬にして氷を張る。雪を退かしても、これでは進めない。


「ならもう一度……ッ!」


「無駄だぜ! ここは『アイススポット』! オレの魔法とこの場所において絶対に破ることのできない永久凍土の完成だ!」


ここぞとばかりにルドーは、氷の剣を無数に造り出す。


 溶かしても溶かしても、無限に氷が造りだされていく。


「『火は氷に強い』! そりゃ確かにそうさ! 氷は氷のまま・・・・じゃあ火には勝てない! 常識さ!」


 勝利を確信した笑み。絶対に覆らないと確信したからこそ、声高らかに言い放つ。


「ならここで問題! 基本的に『氷は何が凍ったものなのか』 お前にわかるか!?」


 氷の魔法に炎で対抗するが、足りない。それだけでは対抗しきれない。


「答えは簡単! 水だよ水・・・・! 『水』なんだよ! 『火は氷に強い』ってのと同じぐらい常識だよなあ!?」


 炎が氷を溶かす。が、溶けた氷は『水』となり、炎を弱めて再び冷気で凍りつく。


「そして『火は水に弱い』ってのも同じぐらい常識だぁ! こんだけ説明させたんだ……本当に相性が悪いのはどっちかなんてわかんだろう!?」」


 環境と場所と相性。


 全てにおいて『最悪』な相性での戦いを強いられていたのだ。


「さてと……後はお前の魔力がどこまで持つかな?」


「……クソッ!」


 常に魔力を張っておかねば、身体はすぐに凍えてしまうだろう。


 刺客を送り込んでいたのは魔王三銃士の一人である『アイン』という時点で、リンは嫌な予感はしていた。


「全部あのクソ野郎の手の平ってわけか……頭にくるな」


「そこは流石はアイン様って褒めるところだぜ?」


「おいおい……俺に死ねって言うのか?」


「安心しな! 言わなくても殺してやるからよ!」


 リンに手を向けるとルドーの手から、氷の針が無数にリン目掛けて放たれる。


 逃げようとするが足場はこの有様、逃げるだけでも慎重に走らなくてはならい。


「ほらほら頑張れ頑張れ! じゃなきゃ串刺しだぞ!?」


 近くの家の扉を打ち破り、立て篭もる。


 少しでも時間稼ぎをしたいが、それはリンが不利になってしまう。


(どうする……? このままだと確実に負ける……)


 時間が経てば経つほど、気温は下がり始める。

仲間は今村の人達の捜索に集中してもらいるうえ、この寒さではまともに動けない。


「隠れたって無駄なんだよ……ほらそこ!」

 

 再び氷の針が放たれる。


 リンは逃げられない・・・・・・


「カッ……ハッ!」


「アハハハハッ! だよな!? 村の人は守らなきゃ・・・・・・・・・もんな!?」


 家の中に居た氷漬けの住人。


 狙いはリンではなくそちらに向けられていた。


「無理するなよ? 硬化して無いんだから刺さるに決まってんだろ?」


 近づいてくるルドーを炎で押し返す。狭い空間であれば当たると期待していたが、それは読まれていた。


「おいおい!? 火力が落ちてきてるぜ!?」


 体温維持の魔力と戦闘で使った魔力。そして致命傷ではなかったものの、怪我を負わされた事により、魔力が落ち始める。


(体が……寒くなってきたな)


「ほら次いくぜ!」


 氷の針が来る前に窓を破って再び外へ。


 だが外での戦いは身体が耐えられなくなる。戦う場所は室内へ変える必要があった。


(中央だ! 中央のあの建物なら!)


目をつけたのは村の中心にある大きな施設、おそらくは村の人達が集まる為に利用していたであろう施設を目指す。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 息が荒れる。手に力が入らなくなってきた。


 それでも、僅かな希望にかけて戦わなければならなかった。


(アイツを倒せば村の人達を戻せるはず……だから!)


 たどり着いた施設の扉を開ける。


 扉を開けた先には、武器を構え中央に集まり、何かを守ろとする村の人達も、氷漬けにされていた。


「ここ……は?」


「ここにあるんだよ 『賢者の石』がな」


 リンの背後からルドーの声がする。

だがリンは振り返らない。目の前にいる村人達から目を離す事が出来なかったからだった。


「さっさと渡せば全員は凍らせなかったってのにバカなヤツらだよまったく……その上オレが賢者の石に触れようとしたら触れない・・・・でやんの 困ったもんだぜ」


 果敢に立ち向かったであろう人、恐怖に怯えた顔のまま凍りついた人が、老若男女問わずそこにいた。


「お前確か言ってたよな? オレを倒せば凍った人達の魔法は『解ける』のかって? もちろん『溶ける』ぜ」


 だが、続けて言った。


「でもさ……よくよく考えろよ? 凍った人間の氷が溶けたって……普通生きてる・・・・と思うか?」


 氷は『溶ける』が、魔法が『解けた』ところで、凍えた人達がどうなるかなど、想像出来た筈だ。


 心臓の音が、うるさかくなる。


「可哀想だよなぁ? お前がチンタラしてるせいで村の人全員……死んじゃった・・・・・・んだぜ?」


 頭がおかしくなりそうだった、視界に映る人達の事をリンは知らない。


 そんな人達が、リンの為に戦い、死んだ。


「……悔しいよな」


 全て上手くいっていた、力を手に入れて、頑張って戦って、守れていた筈なのに。


 手を伸ばせば届くと信じて、守ってきた。


 その全てが否定され、崩れていった。


「どんな気分だよ……今の気分は」


「ハッ! んなもん『最高』に決まってんだろ!」


 ルドーはリンは氷の槍を投げつけた。

もう躱す気にならない、なれなかった。


「最高に『悔しい』よな……『アイスゾルダート』!」


 呼びかけていたのは『賢者の石』である。


 強い光が部屋を包み込む。


 その名前は氷の賢者の石、リンにとって三本目となる氷の聖剣『アイスゾルダート』名である。


「なっなんだと!?」


 離れた位置からの聖剣の起動、それは予想していない事であり、ルドーの慢心であった。


「覚悟しろよ……ぶち殺してやる!」


 その闘志は凍える程冷たく、冷徹に徹する。

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