第91話 戦う意思

「ご無事ですか爺様!?」


 アヤカは戸を叩いて返事も聞かず、勢いよく戸を開けて伝説の刀鍛冶師である祖父の安否を確認する。


 そんなアヤカの心配も知る由もないムラマサは、今日も変わらず刀を鍛えていた。


「なんだ騒々しい……勝手に入ってくるなといつも言っておるだろうが」


「その様子ですとこちらに魔物は来ていないようですね」


「聖剣使いもおったか……それにしても魔物じゃと?」


 現れたリンを睨みつけ、その発言の真意を問う。


「魔物とはなんの事じゃ? それがお主らがここに来た理由か?」


「我々はアヤカの道場で木の身体をした人型の魔物に襲われました」


「あのような面妖な魔物 この辺りでは見たことがなかったのものでな 数も二十以上でおまけに意思を持って襲ってきたように見えたでござる」


「だからこうしてアナタの安否の確認に来たのですが……ご無事で何よりです」


「ふん そんな事で儂の邪魔をしたのか」


 心配してもらえるよりも邪魔をしないで欲しいという、なんとも気難しい職人気質な人物である。


 そんな態度をリンは何となく予想はしていたものの、呆れてしまっていた。


 だが、今はそんな事よりも重要な事がある。


「無理を承知でお願いがございます」


「頼みだと……?」


 リンは頭を下げてムラマサに頼み込む。


「どうか……刀を頂きたい 今の自分には刀がどうしても必要なのです」


「……ほう? 一度は要らぬとほざいたお主が? 一体どういう風の吹き回しか」


「爺様!」


「今の自分に聖剣を呼び出す力が無いからです」


 包み隠さず正直に答える。


 ここで賢者の石の事を隠す必要など無い。必要なのはこの状況を打破する為の武器である。


「都合の良い事を言っているのは重々承知の上でお願いいたします 刀を譲っていただきたいのです」


「……」


 返事はない。ただムラマサはリンを睨みつけているだけだった。


(こんなところで時間を使ってる場合じゃあ無い その間にも町が襲われているのかもしれない……)


「なぜお主がやらなくてはならんのだ」


「……え?」


 それはリンの予想していなかった反応だった。


「武器が欲しいだけであればお主は今日この町を出て 次に賢者の石のある場所を目指せば良いではないか」


「それは……」


「町に魔物が出現したからといって何の抵抗も出来ずただやられる程 カザネの兵は弱くはない お主が態々加勢する事は無いのだぞ?」


 ムラマサの言うとおり、何もリンが全てを背負う事は無いのだ。


「お主の身が狙われることがあったとしても仲間の力に頼って自身の身を守る事を最優先にすればよいであろう」


 リンの旅は一人ではない。仲間に任せてしまう事も出来る。


「賢者の石の力が出せぬというのもいつ解決出来るかわからんのだ むしろ新しい賢者の石を手に入れて聖剣が使えるようになるかを調べるほうが早いのではないか?」


 それがこの旅の近道なのだろう。


 最優先するべき事をいつも望んでいたのは、他でも無いリン自身だった。


 ムラマサの話しをリンは黙って聞く。


 そして、自らの意思を口に出した。


「……アンタの言うとおり ここで態々俺が出向いてやる必要なんて無い 魔物の出現が魔王軍によるものならむしろ俺がこの場を離れた方が都合がいいのかもしれない」


 もしも狙いがリンであればカザネに留まるよりも、離れた方がカザネを危険に晒すことも無いのかもしれない。


 もしかしたら魔王軍とは何の関係もなく、ただ偶然に自然発生してしまった魔物であれば尚のことリンが戦う必要はない。


「ならばとっとと……」


「それがこの状況を見過ごして良い理由になるのなら……俺もそうするさ」


 リンは顔を上げてムラマサと正面から向き合う。


 その眼には譲れないものがあるといった強い意志・・・・を持った眼に、ムラマサは映った。


「じゃあ言い方を変えるか 『草が茂りすぎててみるに耐えないからアンタの刀が欲しい』 これでどうだ?」


 伝説の刀鍛冶の刀を、あろうことか草刈りに使わせろと言う。


 最初の態度と一転して、開き直ったのかリンはまるで挑発するかのような態度となる。


 これでは流石に駄目であろう。そうアヤカは考えていたのだが、そう言われたムラマサは何やらガサゴソと物を探し出す。


「爺様……?」


「……持っていけ」


 そう言って投げられたのは先程まで鍛えていた刀とは別の、既に完成済の刀だった。


「これは……」


其奴そやつは粗悪品だ だがそこらの若造が鍛えたなまくらよりは斬れるだろう」


 そして再びムラマサは刀を鍛え始める。


「そろそろ庭の草刈りをせねばと思っていたところだが生憎儂は手が離せん それで刈れると言うなら貸してやろう だからさっさと代わりに刈ってこい」


「……ありがとうございます」


「ありがとうでござる爺様!」


「……ふん」


 そしてムラマサは金槌を振り下ろし、カンッ! という音を立てながら再び黙々と刀を打ち始める。


「アヤカは一旦ここに残れ 町には俺が行こう」


「かたじけない そうさせていただくでござる」


 今はここを木の魔物は襲って来ていないが油断はできない。


 リンはアヤカを残して町へと走る。


 そしてら辿り着いた町の光景は、リンの予想とは違っていた。


「町には……来ていないのか?」


 様子を見に急いで来たが、どうにも町には騒ぎは起きていない様子であった。


(じゃああの魔物は一体……? 確認の為にも先ずはシオンに連絡を取ろう)


 シオンとの契約の繋がりにより、魔力での遠距離通信をする事ができる。


 リンはまだ慣れていないが、こういう時にこそ活かすべき能力だろうと、意識を集中させる。


(確かシオンの顔を思い浮かべて……)


《はいもしもし?》


(返事の仕方がただの電話じゃん)


 本当はリンの元いた世界の技術を知っているのではないかと思える返答が返ってくる。


《もう出発する準備はできた? 私たち今お城にいるんだけど》


「まだ城なんだな だったら俺が行くまで待機していてくれ」


《何かあったの?》


 声色が何か急いでいるように感じたシオンは、リンに尋ねる。


「思い過ごしならそれで良い だが念のためだ」


《どういう事?》


「アヤカの道場で魔物に襲われた その時の数は少なくとも二十程度だ だが明らかに敵意があった それにアヤカが言うにはここらじゃ見かけない魔物だそうだ」


《もしかして魔王軍!?》


「今町の様子を見に来たがここに魔物が現れた様子は今のところは無い 考えすぎかも知れないが用心するに越したこともないだろう」


《わかった お城の人達にも伝えておくわ》


「俺もすぐ行く」


 魔力での通信を切る。


 早速一通り様子を見て回ろうとした時、少し離れたところから女性の悲鳴が聞こえてきた。


「きゃあああああ!?」


「やはり来たか……!」


 悲鳴が聞こえた方向にリンは急いで向かう。


 町の人達を守る為に、刀は強く握られた。


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