第90話 修行を終えて

「これにて……リン殿の修行を終了させていただくでござる」


 長いようであっという間だった、アヤカによるリンの修行。


 一カ月間の修行、約束の朝にそう宣告される。


「……『ありがとうございました』っで良いんだよな?」


「素直に言って良いでござるよ?」


「あまり言いたく無い」


「こら」


 アヤカは軽くコンッとリンの頭を木刀で叩く。


「こういう時はもっとこう……しんみりとしてでござるな? 実は前から師匠の事を……とか ぶっちゃけちゃっても許される瞬間でござるよ?」


「特にこれといって伝える事もない」


「ないんかい」


「……ないな」


「ひねってそれかい」


 よくよく考えてみても、これといって特別伝えたい事は残念ながらリンは思い浮かばなかった。


「まあ……不本意ながらもアンタのおかげで強くなれた 感謝する」


「最初から素直に言えばもっと可愛いのでござるがな 無理でござろう」


「悪かったな」


「今日出発でござろう? 前にレイ殿がこの袋を持ってきたでござる」


「ええと……ああコートか」


 この世界に来て旅に出る事を決めたその日、サンサイドで貰った黒コート。


 カザネに来てからは常に袴で過ごしていた為、こうして保管されていた。


「おおこれが『こーと』」


「随分久しぶりな気がするが……こいつの耐久性能は本物でな 爆弾や銃弾でもびくともしなかったからな」


「ん? まだ何か入ってるみたいでござるよ」


 中から出てきたのは大きな紙袋と手紙だった。


「ええと……?」


 以下、手紙の内容である。


【アニキへ】


 おゲンキですか? オレはアニキがそばにいてくれないのでとてもさびしいです。


 でもさびしがってばかりいてもかわらないとおもうので、コートはオレがセンタクしていつもキレイにしておきました。


 ニオイはかいでないです。


 嘘じゃないです本当です信じて下さい。


 それからサンサイドからアニキにおとどけものがとどいてたのでそれもいっしょにわたします。

あなたの愛する頼れる妹分『レイ』より


 PS.あいらぶゆー


 ここまでが手紙の内容である。


「……なんて返せば良いんだ?」


のーこめんと・・・・・・でござる」


 とても反応に困る手紙を手に入れた。


「まあまずサンサイドからのお届け物ってことだが……?」


「これ同じそのこーと・・・が二着入ってるだけでござるな」


(クッソいらねぇ)


「まあ一着だけでは心もたない事もあるでござろうしよかったでござるな!」


「……それもそうだな」


 嫌そうな顔が出てしまっていたのか、アヤカがすかさずフォローする。


実際困るものでもなし、使い回す必要もなくなったのでありがたい事ではあった。


「早速着替えるとするよ」


「ならこちらは見送りの準備でもするでござるかな」


リンが着替えをする間、アヤカは身支度を整えにその場を離れた。


(……随分と長くここに留まりすぎたな)


 長く居座る事は、それだけ目的から遠ざかることになる。


(ここには元の世界の情報も賢者の石もなかったな)


 だが強くなる事は出来た。それも必要な事だった。


(……魔王軍の動きも気になるな そろそろ動きがあってもおかしくないだろう)


 すると、突然戸を叩く音がその場に響く。


「誰だ?」


 返事がない。


(迎えが来るとは聞いてないな……レイとかか?)


 ドンドンドンっと、激しく戸が叩かれる。


「……誰だ?」


 嫌な予感がする。


 戸を開けず、その音の主人あるじに問いかけるがやはり返事がない。


 音は更に激しくなり、明らかにおかしい。


「誰だ」


 すると戸は勢いよく吹き飛び、中に何か・・が侵入してきた。


「なんだこいつら……!?」


 それは百二十程度の小柄な木の体を持つ何か・・がリンを囲む。


(数は……ザッと見て二十ってところか)


 一応人型をした木の怪人を相手に、木刀を構えて対抗する。


 そして間違いなく、この怪人達はリンに敵意を向けている。


「キィー!」


「──ッ!」


 飛びかかりに対してリンははたき落とす。


 さらに飛びかかってくる敵を次々と迎撃する。


(雑魚だが数が……)


 背後を取られないように背中を壁に預ける。


 だがそれは、自らの逃げ場を塞いでいる事でもあった。


「そこからサッと状況を覆せるようになればなおよしといったところでござるな」


 木の怪人の頭から叩き潰し、アヤカはリンを窮地から救い出す。


「アヤカ!」


「まったく 人の家で何を騒いでるかと思えば……知り合いでござるか?」


「こんなに友達がいればおわかれ会は盛り上がりそうだ」


「ふむ 知り合いではないと」


「そういうアンタは知らないのか?」


「ん〜植木鉢に植えた花子が訪ねてきたわけではなさそうでござる」


 互いに背中を預け、木の怪人を相手する。


「じゃあその花子ちゃんに説得してもらうか?」


「残念ながらもうこの世にいないでござる」


「枯らしてんじゃあねえか 絶対その恨みだよ」


 リンも負けじと木刀で敵を砕く。


「失礼な! ちゃんと天寿もまっとうしたのでござる 断じて水をやりすぎた……とかそんな事はないとも……」


「それ以上はボロが出るからやめとけ」


 次々と飛びかかりに来るが、今の二人にとっては軽く片付けられる相手だった。


「これで最後か?」


 バットを振るうかのように木の怪人を吹き飛ばす。


 壁へと激突させると、形を保てずにその場で崩れ去った。


「一体なんだったでござるかな?」


「ここいらの魔物じゃあないんだな?」


「見たことないでござる 木でできた……小鬼?」


 未知の生命体にアヤカも困惑している。


「俺たちが倒したのでも数は二十以上だ」


「ここのは全部倒したとして……まさか山を降りたところにも?」


 嫌な予感が二人の脳裏をよぎる。


 ここにいた魔物が城下街に、もしもここ以上に多く押し寄せていたら。


「今すぐ山を降りるぞ」


「それが良さそうでござるな」


 急いで山を降りる。


 敵だ。遂に魔王軍が動き出した。すぐにリンは察した。


「先ずはアンタの爺さんのところに行きたい」


「拙者もそう思ってたでござる ここに来たという事は麓の爺様のところにも現れた可能性が高い」


 リン達は走りながら状況を整理する。


「それもそうだが……アンタの爺さんに頼みがある」


「頼み……?」


 それはそもそも、何故此処で修行する事になったのかという事に遡る理由。


「もう一度……今度は俺自身の意思で『ムラマサの刀』が欲しい」


 今のリンには聖剣が使えない。


 だからこそ、武器となる『刀』を欲した。


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