第80話 木の魔人

 レイ達が木鬼と戦っている頃、何も知らないリンとアヤカは就寝の準備を始めていた。


「さて! もう寝るでござるかな!」


「寝るのになんでそんな元気なんだ……」


 アヤカの家に戻ったリンは修行も終わり、食事と風呂も終わって後は寝るだけである。


「おや? リン殿はお疲れでござるな」


「むしろアンタは疲れてろ なんでピンピンしてるんだよ」


「鍛え方でござるかな?」


(脳筋)


「む? 今失礼なこと考えたでござろう?」


 何故かリンは考える事が読まれるが、もう気にする体力は疲れでなかった。精神的にも。


 早く休もうと思ったが、リンは一つやり残したことを思い出す。


「そういえば薪の数が減ってたな 少し集めてくるからアンタは先に寝てていいぞ」


「それなら明日でいいでござるよ この時間だと獣や魔物が活発になる頃でござるからな」


「? 魔物と獣って何か違うのか」


「違うでござるよ〜? これは知らぬリン殿には少しお勉強でござるな」


 アヤカが座っている布団、その自身の隣をポンポンと叩いて座れと催促する。


 反抗心で真正面に座ってやろうとも思ったが、面倒くさい事になりそうだったので、仕方なくアヤカの横に座る。


「魔物とは本来魔力を持たない獣が『何らかの要因』で魔力持つことで凶暴化したものが魔物」


「よし勉強終わり 寝るぞ」


「あれ!? もう終わりでござるか!?」


 リンにとってそういう危険な生き物がいるという事がわかっただけで充分だった。


 そういう事なら早く寝て明日すれば良いと思ったのだが、アヤカに止められた。


「何だ他にあるのか?」


「まだ何故魔力を持つのかの話しがあるでござる」


 アヤカとしてはまだ説明が足りなかったらしい。気を取り直して説明に戻った。


「何故魔力を持つのか……まず一つは『魔素』が充満した場所に長くいた生き物は自然に魔素を身体にたまりやすくなるでござるな」


「たとえば?」


「人が立ち入らない場所 たとえば『洞窟』なんかは 古ければ古いほど そこに魔力がたまりやすくなってるでござるな」


「成る程な」


 人が立ち入らず、野生の生き物だけになれば魔素は必然的にそこを住処にした動物の中に吸収される。


「そういったところの獣はほとんどが魔獣に変わる……もしそういった場所に立ち入るようなことがあれば気をつけるでござる」


「……ん? ああそうだな」


「寝てたでござろう?」


「寝てない」


 食い気味にリンは否定する。


 そうは言っているが、リンはもういつでも布団に倒れてもいい状態になっていた。


「もう! リン殿はだらしないでござる! 」


「眠いものは眠い 今日はゆっくり休んで……」


 もう寝ようと布団に倒れこもうとした時、ある事に気付いてしまった。


「? どうしたでござるかリン殿」


「俺の分の布団……買ってないよな」


「あーそうでござったな 色々あって忘れてたでござる」


 全く気にせずアヤカか笑っているが、つまりこれはリンにとっての悪夢再びである。


「ここは潔く今日は師匠が安眠できるように弟子である俺は布団を譲ってなるべく離れたところでゆっくり休ませ」


「そんな師匠に気を使わなくても良いでござる〜 さあて今宵もたっぷりと二人の時間を……」


 早口でこの状況を切り抜けるための言葉をありったけ出そうとしたが残念ながらダメだった。


 嫌がるリンを羽交い締めにしてアヤカは無理やり寝かせた。


 無論、アヤカの寝相の悪さで眠れないのは確定したことになる。


「ああそうでござった ちなみに魔物の中でも稀に人間と変わらない高い『知能』を持ったものの事を『魔人』と言うでござる まあ稀でござるから会うことはまずないでござろうが」


 そんな稀な存在がすぐ近くで戦っているなど、この時は知る由もなかった。


(あの再生力……根っこから根絶やしにしろってことかね?)


 噂の『魔人』は、今レイと戦っていたのだ。


 何度撃ち込んでも、その身体に一時的に穴を開ける事が出来ても、すぐに元に戻る。


「無駄な足掻きを……諦めれば楽になるぞ?」


「テメェがさっさと楽になれや」


 銃弾が苦無に相殺され、はじけた破片がレイに突き刺さる。


「いてて! やりやがっな!?」


 撃ち落とされる事を見越しての特殊な苦無、まんまと引っかかってしまった。


 弾を無駄にしない為にもここは一旦冷静に、確実に狙い撃つ。


(動きを見ろ予測しろ……無闇やたらに撃ち落とさずにヤツだけを撃て)


 自分に言い聞かせて木鬼の隙を伺う。


「レイ」


「チビル! 離れてろって!」


「いいから ジッとしてろ」


 チビルがレイに近づいて先ほど負傷した傷口を魔法で癒す。


「うぉ!? お前こんな事出来たんだな」


「ちょっとした怪我ならな それにそんな多くはできねえよ」


「あと何回だ?」


「三回程度かな だから無茶すんなよ」


「なんだよ……三回も・・・あるじゃねえか これで心置きなく戦えるぜ」


 被弾しない前提で戦うのと、ある程度であれば受けてもいいのとでは天と地ほどの差である。


 最初の前提を覆せたのは非常に大きい。


「なわけで 補助は任せたぜチビル! ガンガン攻めるからよぉ!」


「なるべく受けるなっての……でもまあ任されたぜ!」


 忍者の如く闇に紛れ込む木鬼の戦術に、豪快な戦い方を好むレイの戦い方では分が悪い。


 一発を当てる事も難しいのだが、当てたところで有効打になり得ない事にもレイは苛立つ。


「くっそー 真正面から来ればまた違うかもしれねえのによ!」


「アイツ自分のこと『魔人』って言ってたよな?」


「ああ 随分と珍しいよな」


「じゃあさ アイツってなんの魔人なんだ?」


「そりゃあアレだろう『木』じゃねえの?」


 木鬼の攻撃を躱しながら、弱点を模索する。


「そこが弱点になりそうなんだけどな〜 なんかねえのかレイ?」


「ん〜……火炎弾ならあるけどそもそも当たらねえし警戒されてるしな」


 燃やす事ができれば確かに勝機はあるのだが、これがどうにも難しい。


 そうこうしている間にも木鬼の攻撃は続いている。地味ながら着実に、レイ達を追い詰めていた。


「じゃあどうするよ!? このままじゃあジリ貧でやられちまうぜ! 火炎弾以外に弾はあんのかよ!」


「ん〜……あるっちゃあるけど・・・・・・・・・効くかは微妙だな」


 レイからなんとも歯切れの悪い回答が返ってきた。どうにも自信はないようだ。


「だったらそれにしようぜ!?」


「んじゃあまあ……今から作るかね 慣れない弾は魔力使っちゃうから嫌なんだけどさ」


「今作るのかよ!?」


 あまり乗り気ではないレイは弾丸の作製を始める。


 決して多くはないレイの魔力は、既にこの戦いで多くの銃の召喚とその弾薬精製に使っていた。


 だからこそレイは慎重にならざるおえず、これは賭けに出る事になる。


「脆弱な人間よ お前の敗北の時は近いぞ」


「けっ! ちょっと魔人化して強くなったからって調子に乗ってんじゃあねえよ」


「その態度……実に人間らしい身勝手で愚かな思考だ 全てにおいて人間こそ一番だと・・・・・・・・な」


「何だよ急に?」


 木鬼の言葉の端々から人間への嫌悪が感じられた。


「弱き者たちを虐げ積み上げてきたお前たち人間の醜さ それに気付かずにいる事を憐れんでいるのだよ」


「そんなの自然界において当然のことじゃあねえの?」


「人間に組する小悪魔よ 確かにその通りである だが……人間は違う!」


 大量に展開された木の槍がレイ達を襲う。


「くっ!」


「この世において『弱肉強食』は絶対! だが人間は自然界のことわりから外れ! ただ身勝手なままに力を振るい自然を破壊する! それがどれだけの同胞達の命を奪ったか!」


 戦い始めと比べるまでもなく、その言葉には怒りと憎しみ、そして人間に対しての『敵意』が込められていた。


「だからこそ人類は絶滅せねばならぬ! この世界の秩序を守る為にもだ!」


「それでテメェは魔王軍に入ったわけか」


「そうだ……人間を討つという根は同じ目的を持つもの同士として そして何より我に力を与えてくださった『ドライ』様の為に!」


 木鬼の力で足元に巨大な根が生え、巨大な鎚に姿を変えてレイに襲いかかる。


 何とか躱すも二撃目三撃目と、次々に木の鎚が襲いかかり脚に限界がきた。


(チッ! 疲れがここにきて……!」


「終わりだ」


 木の槍がレイの背後から出現し腹部を貫く。


「カハッ!?」


「レイ!」


「安心して死ね お前の大好きな聖剣使いもすぐに黄泉の国へと送ってやる」


 レイは倒れる筈だった。


「……今なんつった」


「よく耐えているな」


 だが、踏みとどまったのだ。


「答えろよ……っ!」


「おい無茶すんな! 今傷塞ぐからよ!」


「いいから答えろ!」


「聖剣使いを『殺す』と言ったのだ」


 そう答えると沈黙が流れる。


「プッ……アハハハハ!」


 そして『笑った』のだ。


「何が可笑しい」


「いやだってよ……魔人も冗談が言えるんだなってさ」


 腹部に突き刺さった木の槍を掴みながら、そう笑いながら答えた。


「理由を聞こうか」


「はぁ? そんなの自分から言ってたじゃあねえか」


 強気にレイは木鬼を睨みながら、余裕を見せている。


「『弱肉強食』の底辺にいるお前なんかにアニキが負けるわけねえって話しだよ」


「何だと……?」


 静かな怒りを露にし、そのままとどめの一撃として巨大な木の鎚をレイにぶつける。


「ブッ飛ばせ! 『グレネードランチャー』!」


 グレネードランチャーを両手に構えて鎚めがけて放たれる。当然、木っ端微塵に吹き飛ばされた。


「まだ力が残っていたか……」


「そういうこった……!」


 腹部の槍を掴み、力を込める。


「おいやめろ! 無理に抜くな!」


「おりゃあ!」


 勢い良く抜いた槍を木鬼に向ける。


「このオレに手こずってるお前に倒せるわけねえよなぁ?」


「小娘が……!」


 怒りを露わにする木鬼に対して、レイは余裕の笑み浮かべていた。

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