第71話 修行0.5日目

 拳に力を込める。そうすればいつものように賢者の石が出現し、聖剣へと姿を変える。


 そのはずだった・・・・・


「……出てこない」


 何度やっても反応がない。リンは手の平をじっと見つめているが、何も変化が起こらない。


「それは本当でござるか!?」


「その格好で出てくるんじゃねえ!」


 その事実に驚き、風呂場の窓から身を乗り出してアヤカはリンに問いかける。


 もちろんその格好は言うまでもない。


 当然リンに怒鳴られた。


「いや失敬失敬 お見苦しいところを」


「もうそれはいいから」


 風呂から上がって、一旦道場で話しをする事にした。


 リンにはこの事態に一応心当たりがある。


「それで? リン殿には心当たりが?」


「……ムロウとの戦いの時に使った『二刀流』ぐらいか」


「ん〜 聖剣の二刀流でござるか……」


 アヤカは腕を組んで唸りながら今のこの状況をどうするか思案していた。


 実際のところ、今のこの状況が続くのは非常にまずいからである。


「どこか身体に異常は?」


「今のところはない そのせいで全く気づかなかったよ」


 寧ろ体の調子は良好である。傷ついた体の治りの速さにリンは内心喜んでいたのだが、まさかこのような弊害が出るなど思っても見なかった。


「二刀流はそんなに負担のあるものでござるか?」


「そうだな……一本聖剣を出してるだけでも身体の力が少しずつ抜けていく感じがするな」


「二本だと単純にその二倍でござるな 」


「ムロウと戦うまで使わなかったのはそれがあるからだ まあぶっつけ本番でやるもんじゃあないな」


「その反動が『賢者の石を出せない』という形で現れたと……」


「おそらくな それ以外に心当たりもない」


 リン達はそれが原因だろうと結論づけた。


 だが、肝心の『どうすれば元通りになるのか?』という問題がまるで解決していない。


「治し方がわからない以上 今はただ勝手に治るのを待つしかない……か」


「そうでござるな〜……そもそも身体から賢者の石を出すという感覚は拙者にはわからないでござるし」


「役に立たないシショウだな」


「ムゥ 酷いでござる 今リン殿は乙女心をバラバラに引き裂いたでござるよ」


「冗談だ そうと決まれば俺は風呂に入る アンタはさっさと寝るんだな」


 リンは立ち上がり、風呂場へ向かう。


 今日のリンはもう限界であり、ヘトヘトで疲れを癒すには風呂に入って寝るしかなかった。


「お背中流すでござるよ?」


「いらん」


「拙者の残り湯だからといってアーンな事やコーンな事してはいけないでござるよ」


「だったら今のお湯抜くわ」


「あと拙者の下着を嗅いだり盗んじゃダメでござるよ」


「さっきからうるせーな! 俺をなんだと思ってんだ!?」


 体力だけでなく精神的にも疲労させられていた。


 湯船に浸かって今日の疲れをとる。


 これでゆっくり出来る。そう思って風呂から上がったのだが、ふと気になる事が頭の中によぎった。


(……そういえば布団はあるんだろうか?)


 風呂に入りあとは寝るだけとなったリンだったが、寝床の事を聞いていなかった。


(アヤカは一人暮らしと言っていたし布団も一つしかないんじゃ……)


 実際目を覚ました時布団の上ではなくアヤカ膝の上だった。


(てことは用意できる布団が自分のものしかなかったってことなんじゃ……)


 そう考えると、まずは寝床の確保をする事から始めなくてはならない。


(まあそれならそれで別にいいか 道場で適当に……)


 そう考えながら扉を開ける。


 扉の先は道場になっているのだが、風呂に入る前にはなかった布団がぽつんと道場の真ん中に敷かれ、そこにアヤカがいた。


「おお! リン殿」


「なんだ わざわざ用意してくれたのか」


「なんの用意もしていないと思ったでござるか? 流石にそんな非常識な事をはしないでござるよ」


「安心した 疲れたからちゃんと寝ときたかったからな」


「明日の修行からが本番でござるから休息はとっても大事でござるから 良い心がけでござるな」


 そう言いながらアヤカは布団を整える。


 あとは寝るだけとなった今日の時間の為に、早くリンは布団で休みたかった。


「まあそういうことなら俺はもう寝る わざわざ用意してもらって悪いな」


「おやすみでござるリン殿 明日は覚悟するでござるよ〜?」


「そりゃあ困ったな」


 やっと布団に入って眠れる。


 そう思っていた。


「……何してる?」


「ん? 寝る準備でござるよ?」


 目の前にある一式の布団。


 その中に潜り込もうとするアヤカの姿がそこにあった。


「さあ一緒に寝るでござるよ」


「非常識じゃねえか」


「我慢するでござるよ」


「やだよ」


「布団がこれしかないのでござる リン殿はきちんと休みたい 拙者も寝たい これは利害の一致でござろう?」


「それじゃあおやすみ 俺はその辺で寝てるから」


 リンの寝床探しが始まった。流石に一緒に寝てまで休もうとは思わなかったからだった。


「あー! 待つでござるよリン殿!」


「ええい離せ! なんでわざわざ一緒に寝なくちゃいちゃいかねえんだよ!」


 アヤカを振りほどきたいのだが、その力の強に解くことができなかった。


(クソッ! なんて馬鹿力っ!?)


「とりゃあー」


「うぉ!?」


 するとリンの身体は宙に浮き、布団へと叩きつけられる。


「投げ技は卑怯でしょ……」


「ふふん こうなれば無理矢理にでも」


「なんでそこまでこだわるんだよ」


「リン殿の反応が面白いでござるから」


 自分の欲望に忠実なアヤカに、ある意味憧れるが巻き込まれるのは堪ったものではない。


「勘弁してくれ……」


「ん〜 仕方ないでござるな〜 こうなれば『じゃんけん』でござるな」


 早速風呂に入る順番に教えたじゃんけんを味をしめたのかもう一度やろうと持ちかけてきた。


 先程はリンが負けた事により、アヤカが先に入る事になった。


「ほう……? つまり俺が勝てばいいんだな」


「勝てれば……でござるよ?」


 リンは拳に力を込める。


 先程のリベンジと、この場を切り抜けられるかもしれないという一石二鳥の提案に、リンは乗るしかなかった。


「「じゃ〜んけ〜ん……」」























「おやすみでござるリン殿」


「……教えるんじゃなかった」


 明日の予定に布団の買い出しが追加された。

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