109話「不意討ちとは…」


 急いだ方が良いと判断した俺はアレンを抱きかかえて先に駆けて行った。センたちには後で追いついてもらう。

 

 (ヤバい奴、か……まあ、だろうな)


 Sランクの魔物やモンストール程度なら今のアレンたちはあそこまで動揺することはない。となると当然Sランクを凌駕する存在が出現したということになる。そんな奴が何なのかは限られてくる。

 とにかくまずは現状確認が先だ。フルスピードで現場へ駆ける。

 そして到着した俺とアレンが目にしたのは、


 「やっぱりモンストール」


 大型のモンストールの群れが里に襲撃してきていた。AランクやGランクがたくさんいる。とはいえ先日のハーベスタン王国の時と比べると群れの規模はそんなってところだ。


 「Sランクもいるよ…!」


 アレンに言われて見てみると確かにいた。後方からさらにデカい化け物がいる。間違いなくSランクだ。


 「……ヤバい奴ってアレのことじゃないよな?」

 「うん……いるよ、近くに!」


 アレンが警戒に満ちた声を上げたその時、少し離れた地面が盛り上がったかと思うと、地面から熱線が射出された。

 大きな穴から何かが這い上がってくる気配がする。アレンと亜人たちはその方向を見て険しく・少し恐怖が交じった表情をする。なるほど、そいつがそうか…。

 穴から現れたのは……横がデカい少々デブの体型をした薄紫色の短髪の男だ。人型の形をしてはいるが、俺以上に人間らしさが欠如しているそいつは、ドラグニア王国で遭遇したあいつらとそっくりだ。


 「テメーは、“魔人族”だな?」


 この場にいるみんなの代表として俺が奴に問いかける。


 「あれが、魔人族……」


 藤原は青ざめた顔で魔人らしき男を見る。彼女にとってこれだけのレベルの敵と遭遇するのはこれが初めてなのだろう。

 魔人らしき男は俺たちを見下した目で答える。


 「その通りだ、下賤な生物ども。冥土の土産として名を教えてやろう。魔人族のミノウだ。そして、さようなら――」


 名乗った直後、ミノウという魔人は手をこちらに向けて、「魔力光線」を容赦無く撃ってきた。アレンも藤原も亜人たちも突然のことに硬直してしまっている。

 なので俺が対処した。武装した足で光線を別方向へ蹴り飛ばした。


 「…………俺の攻撃を生身で……!?」


 ミノウの顔に驚愕の感情が刻まれる。


 「カッコつけといて不意討ちに失敗するとか、カッコ悪いな」


 煽り口調でそう言ってやる。ミノウは不快そうな顔で俺を睨む。


 「貴様、何者だ?人族……いや屍族なのか?」


 ミノウは俺にしか眼中にないらしくアレンたちは完全に無視している態度だ。そうしている間にも、モンストールの群れがいくつもの集落を襲い始める。亜人たちがモンストールどもと戦いを始めた。

 同時にセンたちも到着する。ミノウを見た全員が憎悪と焦燥の感情をあらわにする。


 「やっぱり魔人族がここに…!」


 センたちがアレンの傍に並び立つ。みんな少し震えている。武者震いではなく不安や恐怖に近いものからだろう。


 「アレン、みんな。あいつは……キツいか?」


 みんな少し黙り込む。


 「…………正直、今の私たちじゃ勝てる気がしない。誰かは死んでしまうかもしれない」


 アレンは素直にそう言った。センたちも同じ意見らしい。


 「分かった。じゃあ奴は、俺が相手してやるよ。お前らならSランクモンストールは大丈夫だよな?」

 「うん、いける!」


 アレンが力強く答えてくれたのでモンストールどもはみんなに任せることにする。


 「ん?あの3人はどうしたんだ?」

 「ここに来る途中で他の群れと遭遇した。Gランクばかりだったけど、スーロンが“これなら3人で十分”って言って残っていった。今戦ってる最中だと思う」

 「そっか。じゃ、ファイト」

 「コウガも、魔人族の相手お願い。また任せてしまって、ゴメン」

 

 俺は気にするなとアレンを励まして、5人をモンストールどものところへ行かせる。その直後、背後から殺気が乗った何かが飛んでくるのを感じて、振り向いて掴んで止めた。


 「これは、触手?」


 俺が掴んだものは黒いやや細い触手だった。しなやかな鞭を思わせる。触手が伸びてきた先を見るとミノウの苛立った顔があった。


 「貴様……俺を無視してあんな下等生物どもとお喋りするとは!随分舐められたものだな!」


 瞬間、ミノウの体が俺の目の前まで接近していた。伸びていた触手を縮めたことで瞬間移動したと錯覚させたらしい。ミノウはそのまま拳打の雨を浴びせにくる。一発一発が上位レベルの魔物くらいなら破壊する威力があるとみた。


 「ま、俺には通用しねーけど」


 洗練した動作で全ての拳を流し、防ぎ、弾く。ミノウ本人だけでなく未だに近くにいる藤原やダンクたちも驚愕していた。


 「あれが本当に魔人族なら、あの少年は奴の攻撃を容易く対処したということになる。いったいあの少年は何者なんだ!?」


 俺に気を取られているダンクに少し呆れた俺は、ミノウの体に掌底を打って少し吹き飛ばす。奴が怯んでいる隙にダンクのところへ行きそのツルツル頭を軽くはたく。


 「ここのリーダーのテメーが呆けていてどうすんだ?敵が襲撃して仲間が戦ってんだぞ。さっさと対処しろ」

 「………っ。その通りだな、すまない。魔人族の相手、任せて良いか?」

 「まあ成り行き上、俺が奴と戦うことになったから。俺の仲間たちを殺させない為にも、俺が奴を討伐してやるよ」

 「………すまない。では、頼んだ」


 ダンクはそう言ってモンストールどもと戦っている亜人たちのところへ行った。


 「甲斐田君、今のが君が前に戦った世界を脅かす災厄・魔人族なのね」

 「ああ。この世界でいちばん強くヤバい敵だ。強さの階級はⅩランクと事実上の測定不能だ。あれこそが諸悪の根源と言ってもいい」

 「そう……。一目見て分かったわ。私なんかが戦っても、すぐに殺されてしまうって」

 「そらそうだ。あんたじゃ手に負えないってレベルじゃねぇ。強さの次元すら違う。戦おうなんて馬鹿発言すんじゃねーぞ」


 藤原は力無い笑みを見せる。


 「先生の私が、生徒である君に守られてばかりだね…。正直情けなくて悔しいって思うわ。こういう時に一緒になれないなんて」


 無駄に落ち込んだ様子の藤原に俺は溜息をついてその頬を摘まむ。


 「(ムニッ)いはっ!?かいひゃくん…!?」

 「大人のあんたがそんなんでどうすんだ?先生だって言うなら、ちゃんと先生らしいところ見せろよ。化け物の相手は化け物じみてる俺に任せれば良いんだ。あんたはあんたに出来ることをやれば良いだけだ。変に責任感じてんじゃねーよ」

 

 俺の手をはがして頬を撫でさする藤原。その顔にはまだ無力さを噛みしめている表情があるが、引き締まった顔を見せる。


 「君の言う通りね。大人の私が弱いところを見せちゃダメだよね。甲斐田君、一人で任せるね!無事で勝って!今はこれしか言えないから…」

 「はいはい了解」


 藤原は少し寂し気に笑って亜人たちのところへ向かって行った。アレンたちとではなく亜人たちと一緒に戦うようだ。


 「一度ならず二度までも俺を無視しやがって!魔人族の恐ろしさをよっぽど知りたいらしいな…!」


 ミノウとかいう魔人が怒りに満ちた形相でこっちに戻ってくる。背中からさっきの触手が何本も生えてくる。あれが奴の武器か。


 「おう、教えてくれよ魔人族の恐ろしさとやらを。それはそうと、ここで戦うとあいつらに巻き添えをくらわせるだろうから、場所を変えようぜ」

 「どこで戦おうと同じだ。が、良いだろう。貴様の望み通りにしてやる」


 そう言ってミノウは飛び去っていく。後を追って誰もいないところへと移動する。


 「ここなら問題ないだろう」

 「ああそうだな――」


 着地した瞬間、いくつもの「魔力光線」が放たれてくる。打ち返す間もなく全線被弾してしまう。


 「戦いはもう始まってるんだぜ?油断した貴様が悪い――」

 「俺がいつ油断したって?」


 嵐魔法の刃で煙を晴らすと同時に攻撃を放つ。


 「なっ!?」

 

 ミノウは狼狽するも腕を振るって嵐の刃をかき消して防いだ。


 「あのさ、こんなのは不意討ちには入らねーんだよ」


 体に「魔力防障壁」を張った状態で俺は冷めた態度で話す。


 「不意討ちってのはなぁ………まあいいや」


 障壁を解いて「それで…」と話を続ける。


 「モンストールの群れを率いていったい何をするつもりだ?魔人族のテメーが出張るなんて大層だな」

 「ふん。貴様に話す価値は無いが、冥土の土産に教えてやろう。このオリバー大陸への本格的な―――」


 “真空拳”


 ドゴッッ 「ごぉあ…!?」


 ミノウの腹に嵐魔法を込めた「飛ぶ拳打」をくらわせる。ミノウは膝を地に着かせて悶絶する。


 「これが、不意討ちってやつだ」

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