81話「俺が要求すること」


 「………………え?へっ?な、無かったことにっ!?」


 さらっと白紙発言したことに、クィンは分かりやすいくらいテンパってみせる。ちょっと可愛くて面白い。


 「ほ、本気でそう言ってるのですか!?」

 「ああ。たった今、故ドラグニア王国の元王女と元王妃が俺の要求を飲むって言ってくれたんだ。責任取るって、はっきりと言った。俺はとりあえずこっちを信用することにした。そっちの国王はまだ要求を飲むかどうか分からねーし、信用も無いからな」

 「そ、それは………」

 「さっきの俺の発言を聞いてたんなら、どうせ俺の要求なんか飲まねーだろうよ。というか無理じゃない?国の全てを一個人に曝け出すなんてことは。

 何より……」


 そこまで言うと一旦区切って、軽い調子を霧散させる。


 「俺は今回の依頼クエストを達成していないからな」

 「それ、は………っ」

 

 クィンは何も言えずにいる。彼女は分かっているのだ、俺の言ったことに間違いがないと、全くその通りだと。


 「俺はここにはもういない、3年7組の連中………お前らにとっては救世団とかいう組織のメンバーどもを見殺しにした。あいつらはこの世界ではドラグニア王国に籍を入れていた。まあ一応ドラグニアの人間だったわけだ。

 クィン、サントが俺に要求した依頼内容は、モンストールどもの討伐と……ドラグニアにいる人間たちをなるべく救うこと、だったな。それも…手が届く範囲にいる奴らは必ず助けろと…。

 知っての通り、俺はあの時…あいつらの近くにいながらも助けることを一切しなかった。モンストールどもに殺されていく様をただ見ていた。それを止められる力を持っていながら…な」


 クィンは黙って俯く。その内容は初耳だったアレンたちは「そうなの?」って言いたげな顔を俺に向けてきたので首肯して応える。


 「確かにコウガさんは、救世団…あなたと同じ異世界から来た方々を見殺しにしていました。救える力を持ちながら、あなたはわざとモンストールに殺させました」

 「その通りだ。嘘はつかねぇ。だから、クエストは失敗だ。報酬を貰うことが出来ない。お前も、そうすべきだと心の中でそう思ってるんだろ?」

 「それは………………」


 戸惑っているクィンだが、俺の言葉を否定する気はないのが分かる。まさか俺からその話をするとは思ってなかったんだろうな。


 「コウガさんの言う通りです。あなたがしたことには許されないこともありました。ですが、こうして救ってくれた命もここにはいくつもあるのもまた事実です。ですから、何もお礼をしないというのは、その…」

 「クィンは義理堅いなぁ。けどいいよもう。確かにタダ働きになってしまって業腹だけど、自業自得だ。そこはもう割り切る。それでもクィンが俺に何か礼をしたいって思ってくれてるなら…」

 

 一旦区切ってミーシャの方を見る。


 「お姫さんにサント王国が持つ機密な情報を何でも開示してやってくれ」

 「な………!?」

 「え、えぇ…」


 今度はミーシャもテンパり状態になる。シャルネ王妃もあらまあまあと驚いている。


 「俺なんかよりお姫さんの方が信用できるんじゃねーの?大国の要人、それも頭が良いお姫さんだ。それに………クズ国王とクソ王子と違ってお姫さんとなら上手くやっていけるんじゃないのか?何となくそう思っただけだが」

 

 予想もしなかった要求を突きつけられてクィンはしばし黙ってしまう。その間にミーシャと向き合って話を続ける。


 「なあ、お二人はこの後どこへ行くつもりなんだ?王国が滅んでお家もご覧の有様だ。元とは言えお二人は王族のトップにいた身分だ。そんなお二人がこの辺で野宿とか出来ないだろ?ましてや王妃さんは病弱の身。無法地帯となったこの地でそんなことさせられない……ってさっきからそう考えてるんだろ?」

 「………カイダさんのおっしゃる通りです…。私はともかく、お母様をこんな外で寝かせることなど、したくありません…」

 「だろ?だったらサント王国へ移れば良い。ここには丁度良く、サントの兵士団が揃っていることだし。というかお姫さんはそのつもりなんだろ?」

 「あ……それは、その………」


 図星を突かれたらしいミーシャは小さく首肯する。


 「つまり、俺が要求することはこうだ。

 クィンたち兵士団はこの後お姫さんと王妃さんをサント王国へ護送して、国に住まわせてもらう。その辺に関してはクィンに任せようか。国王を説得して許可させてくれ。

 で、お姫さんはさっき言った通り俺を元の世界へ帰る手段を見つけて、実行できるようにする。その際サント王国はお姫さんのサポートをしてやること。異世界召喚に関する情報があるなら彼女に必ず全て開示すること。

 そして俺を、この世界から元いた世界……日本という国に帰すこと。以上だ」


 まくし立てるように全て言ってやった。クィン以外の兵士たちやアレンは理解が追い付かなかったのか、ぽかんとしていた。


 「で、その代わりに、お姫さんがモンストールや魔人族に殺されないよう俺があいつらから守ってやる。それ以外の人間どもは……まあ、手が届く範囲くらいなら守ってやるよ。

 どうだ?この話、今言った条件付きで飲んでくれるか?」


 ついでを付け加えてからミーシャとクィンに問いかける。二人ともしばらく黙って何か考える仕草をする。そして出た答えは―――


 「分かりました。ミーシャ王女とシャルネ王妃の身柄は我々サント王国兵士団が責任持ってお守りします。そしてお二人をサント王国で居住するよう国王様に掛け合います!」

 「必ず、カイダさんを元の世界……ニホンという国へ帰す方法を見つけて実現してみせます…!」

 「交渉成立だな…!」


 二人とも肯定的な答えだ。俺の目論見通りに動いてくれそうで何よりだ!


 「カイダさん、この先災害レベル以上のモンストールと……魔人族がまたこんな侵略行為をしに現れたら、その時は私たちとこの世界をどうかお守り下さい!」

 「今度はあんな酷い見殺し行為などしないで下さい。ちゃんと皆さんを助けてあげて下さい。コウガさんは多くの人々を守り救えるくらいに、とても強い力を持っている人なのですから…!」

 「………………俺だってそこまで万能で有能な、何でも出来るってわけじゃない。無理な時は無理だからな?まあ、手が届く範囲にいる奴らは、例えクズでクソ野郎でもあの化け物どもから救ってやるよ。見殺しももうしない」

 「「約束です(よ)!!」」

 「………ああ」


 二人揃って俺に接近して約束をさせられる。俺も「ああ」とはっきり言ってしまった。はぁ……今後は昨日見殺しにしたクソ冒険者どもや大西をはじめとする元クラスメイトどものような人間も、手が届く範囲なら助けてやらなければいけなくなるのか…。嫌な約束をしてしまったが仕方ない。

 自分が望むことを叶えさせる為の交渉を成立させる為には、ある程度の不利不満なところも許容しないといけないしな。

 

 こうして、俺が日本へ帰る算段は少し進んだ。

 ミーシャ・ドラグニア。彼女は“有能”だ。彼女は異世界召喚を提唱して実現してみせた。

 今のところは“異世界からここへ呼び出す”しか実現できていないが、彼女なら時間をかければ“この世界とは別の世界へ飛ばす”ということも実現できるだろう。

 そう見込んだから彼女に協力させた。こっちがいくつか妥協することを条件にな。そこまでするだけの価値が、彼女にはあるってわけだ…。


 「コウガさん、そしてミーシャ王女にシャルネ王妃。お二方の衣食住のことは心配ありません。国王様はお二方を必ず厚遇なさります。国王様はそういうお方ですから。ただ…国の機密云々についてはその、保証しかねますが…」


 クィンは俺というかミーシャと王妃にそう言って安心させる。サントの国王は知らんが、クィンは正義感と人情に厚いお人だから、たとえ国王に反対されても何とかしてくれるだろう。そう予測してああいった要求を突き付けた。狙い通りに動いてくれそうで何よりだ。


 「コウガは………やっぱり元の世界に帰りたいと思ってるんだよね?」

 

 クィンとミーシャとの話をつけたところに、アレンがそう言って割り込んでくる。その顔には少し寂しさの色が見える。


 「ああ。さっきも言ったが元いた世界ではやりたいこともやり残していることもまだたくさん残っている。あっちの世界での方が、未来があるんだ。死んだ身だがそれでも帰りたいと強く思っている。この考えは絶対に覆らない」

 「そっか……………。コウガにとっては、そこが本当の居場所なんだ…。元の世界へ帰ることが、コウガにとって幸せになれる……んだよね?」

 「ああ、その通りだ」


 迷うことなく答える。それを聞いたアレンはまた寂しそうにする。見ればクィンとミーシャも同じような表情をしている。センとルマンドに至っては「そんな!?」って言いたそうにしている。何でそんな顔を……なんて問いはしないし思考もしない。彼女たちの気持ちまで加味することはしない。それこそ知るかってんだ。アレンには悪いけどな。


 「お姫さん、異世界召喚を提案してからそれを実現させるのにどれだけ時間がかかったんだっけ?」

 「約………五年はかかりました。ただ、当時は異世界召喚という術式を完成させる研究から始めた為、そのせいで長い時間がかかりました。けど今は、その術式を完成させる方法は既に知っているので、あとは人さえ集まればもっと早く実行が可能になると思います」

 「土台が既に出来上がってる状態って感じか。その土台作りに当時は長い時間をかけたんだな?だったら…………」

 

 一瞬考えてから、元の世界へ帰してもらう日の期限を決める。

 

 「半年だ。テメー……お前がサント王国へ移って色々落ち着いて、サントの人間どもからの協力を得てからで良い。魔術を完成させる作業に取り掛かり始めてから半年で、それを完成させて俺を帰らせろ」

 「………!」


 ミーシャは何に驚いたのか、何故か頬を紅潮させながらビックリしていた。


 「…?そういうわけで、やってくれるよな?」

 「はい……はい!頑張って成功させてみせます!コウガさん!!」

 「……………(名前呼び?)」


 急にやる気を出したミーシャだがまあいい。やる気になってくれて何よりだ。


 ところで、半年という期間を決めた理由はもちろんある―――


 (次は、そうだな…………半年程後になるかもな)

 

 やっとのことで退けたチート魔人・ザイート。奴のあの引っかかる発言が脳裏にこびりついている。奴はこれから“準備”に入るのだろう。今度は万全な状態になってから表舞台に立つつもりでいる。それを実現するには恐らく………半年後にもなる。

 奴が万全状態になる前にこちらから出向いてぶっ殺せば良いって思うんだが、奴は自分と同じクラスの魔人がまだ数人いるみたいなことを言っていた。そいつらの巣窟へ今の俺が行っても返り討ちにされて消される、たぶん。

 残念だが今すぐは奴を潰しには行けない。俺自身も今よりもっと強化させる必要がある。俺も“準備”に入る必要がある。

 

 「―――ん?」


 そんな考え事をしていると、こっちに向かってくる気配を感知した。これは……強いな。けど竜人族や魔人族といった類ではないな。こっちに近づくにつれて種族が分かった………人族だ。だが誰なのかはまだ分からない。

 気配がする方へ、俺は歩き出す。それを見たアレンやクィンはどうしたのかとついてくる。


 導かれるように歩き続けること五分、その人物の正体が明らかになる。

 俺も、「彼女」も予想外のあまりに目を見開いて見つめ合ってしまった。

 そして、彼女が先に口を開いて、俺を呼んだ。



 「甲斐田、君………!!」










 藤原美羽。


 元いた世界、日本の京都府にある府立桜津高等学校では俺のクラスの副担任を務めていた女性。

 そんな彼女と、ここで再会した―――

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