ハーベスタン王国来訪編

79話「戦後のこれから」


 ドラグニア王国の象徴となる王宮はもうどこにもない。王宮があった場所にあるのはうず高く積もっている瓦礫や土くれだけだ。


 「……………」


 何もかもを失ってしまったその場所を、ミーシャ王女は放心した状態で見つめている。傍にはシャルネ王妃が死人となったマルス王子の手を握って涙を流している。

 かつて世界を支配しようとして滅んだはずの魔族、魔人族が復活を名乗り、ドラグニア王国を滅ぼして、ミーシャ王女たちをも殺そうとしていた。だが異世界召喚されたある少年の活躍により、その恐ろしい魔人族は退けられた。本当なら助かったことに歓喜したいところだが、その代償があまりにも大きく多過ぎたせいで、二人には喜びの感情が素直に湧かなかった。


 「お兄様が……お父様が………王国、が………」


 今のミーシャは失ったもののことしか見えていない状態だ。僅か一日のうちに兄と父、王族と兵士、そして王国そのものが失ったのだから無理もない。王妃であるシャルネですら平静でいられていないのだから。


 「…………カイダ、さん……」


 しかしミーシャは次第に別のことに気を回すようになった。今は魔人族を退けた異世界の少年、甲斐田皇雅のことに気を回している。


 (そうだ………あの人がいなかったら私とお母様も王国とともに葬られていた。カイダさんのお陰でこうして生きている…)


 皇雅の思惑はどうあれ、彼は結果的にはミーシャとクィン、そしてシャルネの命を救ったことになる。その事実をミーシャは深く噛みしめていた。




                   *


 アレンに肩を貸してもらいながらとりあえず王宮があった方へ向かう。脚部分の欠損も全て治ったとはいえまだ動きがぎこちない状態だ。王宮跡地に戻る頃にはいつも通りに戻れると思うが、今はアレンの手を借りて動くことに。


 「…………」

 「ん?機嫌良さげだな。何かあったか?」


 無言だが顔が嬉しさで綻んで見えるアレンを見て尋ねてみる。

 

 「ん……コウガがこうやって人の手を借りるのって珍しいなって。頼られているのが嬉しいんだと思う、きっと」

 「そっか……確かにな。こんなことで喜んでもらえて、何より……かな」

 「うん。だからコウガ、今だけはもっと私に体を預けて。私を頼って」


 そう言ってアレンは嬉しそうな顔のまま俺の体を彼女の体に預けさせてしっかり支える。頼られて嬉しそうにしているアレンを見た俺は和んだ笑みを浮かべながら歩みを続ける。

 目的地に近づいてきたところで、とある集団と合流する。集団の中心にいた彼女は、俺たちの姿を視認するとこちらに駆け寄ってきた。


 「コウガさん、アレンさん!ご無事でよかった……!」

 「そっちもな、クィン。いや………そうでもないみたいだな」

 「ええ………これでも半分程の犠牲者が出て、しまいました。こんな、あっけなく仲間を大勢失うことになるなんて……っ」


 クィンは俺たちが生還したことを喜んだものの、目の前にある残酷な現実のことで悲しげな顔をしている。見れば彼女と同じサント王国の兵士たち数十人全員が穏やかじゃない様子でいる。怪我をしている奴、まだ恐怖で震えている奴など、平静でいられている奴はクィンくらいしかいなかった。


 「あ、お前も来てたのか。えーと………デンマークさん?」

 「だから、俺はデロイだ…」


 ここは異世界であるため、それは国の名前だろ!といったツッコミもなく、デロイとかいった兵士は力無く応対する。サント領の草原、エーレ討伐任務で会った男兵士だ。あのチート級に強い魔人族……ザイートの襲撃から生き残ったのは運が良いと言える。エーレの時といい、この男は生き残ることに関しては才能があるんじゃないかと思う。


 「コウガさんがあの魔人族を討伐してくれたのですね?」

 「残念だが奴は退いただけだ。自分の本拠地へ逃げていったよ。いつかまたこの地に上がってこの世界を滅ぼして支配しにくるかもな」

 「そう、ですか……。魔人族の脅威は全く去っていないのですね…」


 話を聞いたクィンは悔しそうに俯く。他の兵士たちも青い顔をして絶望する。


 「私がもっと早く進軍を止められていたら、こんな犠牲が出なくて済んだはずでした。皆さん、不甲斐ない私で申し訳ありません…」

 「それは言わないで下さい、クィン副団長。俺たちは死を覚悟してここに来たんだ。確かにあの魔人の恐ろしく理不尽な力は想定外でしたが、今回ここに来た者たちは死んだ者たちも含めて強敵と戦う覚悟を持っていた。だから、あなたのせいだなんて言わないで下さい。死んだ仲間たちが浮かばれませんから」

 「…………すみませんでした」


 デロイの言葉にクィンはまた謝罪する。そんな彼らの会話を聞きながら目的地への移動を再開する。クィンたちも俺たちに続いていく。

 やがて目的地に着き、ミーシャ王女たちと合流する。


 「カイダさん……!」

 「休める部屋一つすら残っていないな。本当に跡形も残らず消されたってか」


 ミーシャの呼びかけに軽口で応える。調子が戻ったのでアレンの介護はもうない(体から離れた際のアレンは寂しそうにしていた)状態だ。

 アレンはセンとルマンドと話をしている。たぶん里を滅ぼした魔人族のことだろう。


 「見ての通り、ドラグニア王国はもう滅んだようだな。魔人族っていうモンストールを従わせているこの世界の真の敵のせいで」

 「はい………」

 「国王と王子が死に、王宮はこの有様、他の王族も全員死に、兵士団も全壊滅、パッと見たところ民もほとんど残っていない」

 「……はい………」

 「そして、今日この国にいた異世界召喚の連中も全員死んだ。テメーらが縋っていた希望の光はもう消えたも同然だ」

 「は……い………」


 俺の数々の現実を突きつける発言に対し、ミーシャはただ「はい」と弱々しく頷くだけだ。次第に泣きそうな顔になっていってるくらいの変化しか見られない。


 「生きて残っている異世界召喚組は、他国へ派遣されてるって聞いている六人だけ。あいつらはここで死んでいった連中よりはレベルが高くデキるみたいだが、きっと…いや絶対あの魔人族には敵わないだろうよ。この俺でさえ……まああの戦いを見ていたテメーらなら分かると思うが」

 「……カイダさんも、異世界召喚された者です。こうして生きてここにいる以上あなたも同じ、きゅ―――」

 「俺は生きてはいない、もう死んでいる身だ。だから異世界召喚とかテメーが今言おうとしたクソ雑魚組織とか、もうどうでもいいしクソくらえだ」

 

 やっとまともに口を利いたかと思えばふざけたことを言おうとしたから、つい突き放すように言ってしまう。ミーシャはビクつきながらもまだ言葉を紡ごうとする。

 

 「それでも、私はカイダさんもフジワラさんやタカゾノさんと同じ仲間としてあって欲しいと……!」

 「……ねーよ。あり得ねー。俺はもうテメーらの仲間なんかじゃねー」

 「……っ!」


 悲しそうな顔をするミーシャに構うことなく続ける。


 「今回だって望んでテメーらを助けたつもりはなかった。ただの成り行きで助かったに過ぎない。これはツンデレで言ってるんじゃねー、本心だし事実だ。あの怪物チート魔人の近くにたまたまテメーと王妃がいてたまたま助かっただけだ。現に国王と王子は俺に助けられることなく死んだだろ?もっとも、あの状況じゃあ誰が助けに行こうとしても不可能だったと思うが」


 言いたいことを言ったところでミーシャの反応を見てみる。すると彼女は悲哀の表情から一変して、しっかりとこちらを見つめてくるではないか。


 「でもカイダさんは、私とお母様を危機から救ってくれました」 

 「いやだから成り行きだって……」

 「それでも、あなたのお陰で私たちが生き残れているのは事実です。お父様とお兄様、救世団の方々、王族や兵士団、民の方々のことは残念でしたが………これだけは言わせて下さい……………

 私とお母様を助けていただき、ありがとうございました!カイダさんは命の恩人です…!!」


 ミーシャに真正面からお礼の言葉を言われ、俺は少し黙ってしまう。アレンとクィンはそんな俺たちを黙って見ている。シャルネ王妃は涙を拭いて俺の方を見てくる。

 

 「………ミーシャの言う通り、私たちが生き残れたのはカイダコウガさんのお陰です。あなたが魔人族を退けてくれたからミーシャまで失わずに済みました。本当に、ありがとうございます…!」


 王妃からも礼を言われる。二人からの感謝の礼に対する俺は小さく溜息をつく。


 「まあ、感謝したいってなら勝手にすればいいんじゃね?テメーらの家族や同郷の戦士(笑)どもを見殺しにしたこの俺に感謝したいってなら」

 「コウガさん…!」


 憎まれ口を叩く俺にクィンが注意してくるがスルーする。


 「カイダさん、勝手は承知してます……ですがそれでもあなたにしか頼めません。聞いて下さい」

 「やだ」


 言おうとしてることが分かったから即拒否ったのだが、ミーシャは怯むことなく言葉を続けた。


 「私たちを助けてください!魔人族からこの世界を守って下さい!」


 ほらな?そう言うと思ってたんだよ!


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