78話「災害は去り国は滅ぶ」
空を見上げると、陽がもう沈みかかっていた。ゾルバ村から出発してから随分濃い時間を過ごした気がするが、まだ一日も経っていないのだから驚きだ。
改めて自分の体の状態を見てみる。痛みは無いが体を動かすのに随分苦労させられる。体の再生がやけに遅く感じられる。どうにか左腕を上げることに成功したが、その腕は原型を留めていないものとなっていた。皮膚は破れ、肉が断裂しまくっていて、中の砕けた骨や神経が色々見えてかなりグロテスクだった。
おそらく反対の腕も、脚も胴体も頭も、映像化してはいけないくらいに悲惨な状態になっているのだろうな。脳のリミッターを何度も何度も外して、限界を超えて無理やり体を強化した。その代償が、この有様だ。不死性が無ければ途中とっくに死んでたろうな。
ゾンビという、喰えば強くなれるチート性能があってこそ成功したあの戦法だった。死なない、痛みが無い、これだけでも十分反則レベルだよな……。
つーか、今回の相手はこれくらいしなきゃ全く敵わないクソチートだったよな。何だよアレ?あり得なくね?不死性無しであの無尽蔵の体力と意味が分からないレベルの頑丈さ。あいつこそがチート枠だよ、ったく。
とにかく、今回の敵……ザイートに何とか勝利した。最後の一撃をくらわせる前からだいぶ消耗していたのはラッキーだった。切り札使わせずに倒せたのも非常に良かった。まあ殺せたのかどうかは分からんが、少なくとも全く動けないくらいの傷は負わせただろう。あとは自分の体が完全に再生するのを待つだけ……。
「コウガっ!!」
と、塵が集まって体が再生していく様を眺めていると、アレンたちがやってきた。「たち」と言っても来たのは鬼族娘の三人だけだ。全員「限定進化」状態でいる。油断なく備えている。
「お疲れ様、そしてありがとう。コウガがこんなにボロボロになってそんな状態でいるの、初めて見た…。痛くない?苦しくない?」
俺の今の姿を見て痛そうな顔をして俺を心配してくれる。俺の頭を撫でたり再生中の手を優しく握ってくれる彼女に苦笑しながら大丈夫だと答える。
「ゾンビの性能のお陰で、痛くも苦しくもねーよ。それに、よくこの戦いが終わったって分かったな?」
「うん、勘でそう思ったから」
そっかと言って俺はまた笑う。センとルマンドも俺とアレンの掛け合いを楽しそうに眺めている。
こういう時にこんな仲間(しかも異性)がいてくれるのはありがたいな……。ゾンビになったことで人としての色々が欠けている俺だが、まだこういう感性が残っていることが、今はとてもありがたく思うね。
「他の三人はどうしてる?」
一応ここにはいない彼女たちの様子を尋ねてみる。それぞれ仲間や肉親を亡くした身だからな、心に傷を負っているところだろう。
「クィンは増援で来た兵士たちと合流しに行った。王女と王妃?はセンとルマンドと一緒にいる」
あの二人がいるならお姫さんと王妃は問題無いだろう。
さて……この後どうしようか。クィンたちと合流しないでこのままアレンたちだけでゾルバ村へ戻るのも良いかもな。
と、これからのことについて思案していると―――
「やれやれ...ここまでしてやられるとはなぁ」
少し離れたところから疲弊しきった声がした…!
アレンたちは咄嗟に臨戦態勢に入って警戒する。声がした方へ目を向けると、そこにはやっぱりというか、頭からだいぶ血を流していながらも、ふらつきながら立ち上がるザイートがいた…!
「ったく、あれだけやってまだ死んでねーとか。テメーも十分不死身じゃねーかよ」
「お前がそれを言うかよ…。まあ、もう魔力が底をついて回復できないから、これ以上の戦闘はおろか、回復すら無理になってしまった。そのせいで“切り札”を使う余力も無くなった。何より………この身体ではフルパワーを発揮できないしな」
おいコイツ、最後に聞き捨てならないこと言ったぞ。
「テメー、今のそれでさえも本体じゃなかったのかよ!?あれだけの強さでまだ分裂体だったと言うつもりか…?」
俺の糾弾に、ザイートはいやと否定する。
「今の俺は紛れもなく本体だ。ただし、完全体ではない状態だ。実は今回俺がここに来たことは、魔人族である同胞たちには内緒にしていてな。留守がバレないよう分裂体を拠点に残しておいた。
まぁ今回の俺が発揮できた力は、全体の大体6割程だ」
完全に再生していたらその場でギャグ漫画みたいにずっこけていたかもしれない。それくらいに衝撃的な真実だった。
「随分舐めプしてくれたなぁ?あれだけ必死こいて戦ってたのにテメーは本気じゃなかったっていうのかよ」
「本気だったさ。6割しか出せない力を全て出し切ってお前を消そうとした。だがこの有様さ。今回はお前の勝ちだ。まさかこの世界に、今の俺と互角レベルの生物がいるとはな」
全く勝った気がしねぇ。結局は手加減モードのこいつを捨て身でようやっと倒しただけじゃねーか。なら、今ここで残りの分裂体が来て、攻撃されたら……
俺たちは今度こそ終わらされる……!
「案ずるな。魔力と体力が底尽く手前まで削らされ、ここまでボロボロにされるた以上、復活するにはしばらく時間が必要になる。それに残りの分裂体を戻すのにも少々手間がかかる。
仮に分裂体をここに寄越しても、その前に完全再生したお前に止め刺されてこの身体が消される可能性が高い。そうなれば俺の復活にまた膨大な時間を費やす羽目になる。どうせあと数分で治るのだろう?その身体は」
意外にもというか、奴は冷静に先を読んで、ここで俺たちと相手することを避けようとしている。ならば、奴の言った通り、ここで完全に潰せば――!
「だから、ここは退かせてもらう」
そう言ってザイートは地面に手をつく。その直後、地面の奥深くから地鳴りがした。
そしてザイートがいる地面から巨大な口が出てきた。大きく開いた口はザイートを飲み込んだ。こいつ……地面の下を自由自在に移動するタイプのモンストールか!
ザイートを回収したモンストールはすぐに退却しようとする。が、ザイートはそれに待ったをかけて俺に話しかけてくる。
「もうこれ以上は戦えない。このままだとお前に消されるだろうから、今回は撤退してやる。
カイダコウガ。お前は俺たちにとっては、イレギュラーであり脅威だ。今後も同胞を狩るのであればお前を完全に敵と認定して、完全に消しに行くとする。次は、完全体で会うことになるだろう。それまでに、もう少し強くなっておくことだな…」
ザイートは俺を見下ろしてそう言った。その目には、ハッキリと敵意が感じられた。俺を完全に脅威の種として見ている。目を付けられた。次は容赦なく消しにくるだろう。
俺は無表情で感情の無い人形のような目で奴を見る。隣にいるアレンは怒りに満ちた眼でザイートに問いかけた。
「誰が私の家族を殺した!?お前たち魔人族の誰が、鬼族を滅ぼした!?答えろぉ!!!」
憎しみに満ちた声で叫ぶアレン。センとルマンドも強い敵意と殺意をむき出してザイートを睨んでいる。それらに対して、ザイートは少し首をかしげてから答える。
「ふむ……せっかくだから、答えてやろうか。お前の家族やお前たちの里を滅ぼした同胞の名は――“ネルギガルド”という。今のお前たちでは到底敵うまい。
次は、そうだな…………半年程後になるかもな。じゃあな」
そう言い残して、口を閉じたモンストールは地中へ潜って退却する。
「逃がさない!」
アレンが追撃に出て攻撃するが躱される。ルマンドも“神通力”で攻撃したが不発に終わる。地中に潜ると速くなる特性でもあるのか、モンストールはあっという間に地下深くへと消え去った。
「くそ、まだ治らない…!いつもならとっくに再生しきっているのに」
下半身がまだ再生されていない。最後に使った部位が足だったから再生にいちばん時間かかるのは分かるが、治りが遅い。
考えられる要素は、リミッター解除による肉体の崩壊なのかもしれない。
敵からくらった外傷や技の反動傷なら数秒で再生するが、限界を超え過ぎて全身を酷使したことで負った内部の崩壊ダメージの再生は、倍以上の時間が必要になるのかもしれない。こんなデメリットがあったなんて。どんなものにもリスクはあるもんだな…。
「コウガ。ごめん、逃がした」
アレンたちがすまなそうに声をかける。先程までの怒りや憎しみの感情はもう引っ込めている。
「しかたねーよ。俺もまったく体を動かせなかったしな」
アレンの肩に手をおいて気にするなと労う。脚部分がやっと再生された。
「感知」してみたが、もう奴の気配は一切しなかった。完全にここから撤退したようだ。
周りを見てみると、地面はぐちゃぐちゃだ。あちこちに消し炭っぽいのもある。まるで核爆弾でも落とされたかのような有り様だ。これを、俺とザイートの二人で起こしたのだから笑えてくる。随分、ド派手に荒らしたなぁ。
魔人族の親玉であるザイートを逃がしてしまい、決着がつけられなかったというオチで、モンストールと魔人族によるドラグニア王国の襲撃は幕を閉じた。
つーか、ドラグニア王国はもう滅ぼされたんだっけ……!!
ドラグニア王国襲撃編 完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます