74話「反撃の嚆矢」


 「お父、様………っ」

 「あなた………!」

 「ひぃ、ひ、いぃい………!!」


 ミーシャと王妃は絶望した顔をしてクズ国王の死体を凝視している。王子は恐怖のあまり上から情けない声を、下から尿を漏らしている。


 「さて、次は王子といこうか」


 ザイートにぎろりと睨まれた王子はとうとう絶叫しながら命乞いをし始める。


 「止めろ、止めてくれ…!!お前に服従するから、殺さないでくれ!!」

 「俺は人族の奴隷など要らん。魔人族は人族と他の魔族の根絶が目標としている。諦めて死ね」


 ザイートに冷たくそう言われた王子は、涙を流しながら俺を見てまた叫ぶ。


 「カイダコウガ、頼む何とかしてくれ!!余を助けてくれ!!救助の礼なら後で必ずすると誓う!!」

 

 さっきのクズ国王といい、何で今の俺に助けを求めるのかねぇ?で、答えはもちろん…


 「さっきも言ったろ?テメーも見殺しにするってよ。言われた通り、諦めろ」


 そう言われた王子は絶望した顔をする。


 「そもそもテメー、俺にしたこと忘れたとは言わせねーぞ?実戦訓練の時、負傷して動けなかった俺をモンストールごと地底へ落とさせたのはテメーだっただろ。テメーがあいつらに俺を見捨てることを選ばせたんだ。テメーの命令が俺を殺したのと同義だ」

 

 もっとも、コイツの命令が無くてもあいつらは俺を見捨てたと思うが。


 「だから今度はテメーが見捨てられるんだよ。この俺にな」

 「そんな………!?頼む、考え直してくれ!!あの時は本当に仕方なかったんだ!きさ……君を救助する余裕などあの時にはなかった!救世団からさらなる犠牲が出る可能性があった、避けられないことだったんだ……!!」

 

 必死に弁明するが、俺は聞く耳持たずだ。


 「確か……あんなハズレ者が今後の戦いで活躍するとは思えない。ここで死ぬのも、遠くない未来で死ぬのも同じだ。召喚にいくら時間と努力、魔力を費やしたと思う?身を削る思いでようやく叶った召喚かと思えば、あんな男が混ざっているとは。不要な駒はここで切っておくべきだ……だったっけ?

 見捨てる前に俺にそんなこと言ってたよな?」

 「それ、は………」

 「同じだ。テメーが将来この世界で活躍するとは思えない。今度は俺がそう判断して、切り捨てることにする。じゃあな」

 「待って……くれぇえええ!!」


 王子はまだ縋るように呼び掛けるが知らん。そんな俺をクィンやミーシャが複雑そうに見てくるがそれも知らん。


 「頼む、助けてくれ……ミーシャ、母上……!!」

 「マルス……!お願いです、マルスを殺すのはどうか……!!」


 王妃が王子のもとへ駆け寄って殺すのを止めるよう懇願する。意味無いと思うのだが。


 「ん……?」


 その時、魔人族どもが別の方向に顔を向ける。その方角からはいくつもの人の気配がする。

 あれは……全員武装しているな。ドラグニアの兵士がまだあんなに残ってたのか?いやあれは……


 「もしかして、サント王国兵士団からの増援!?」


 クィンが声を上げる。やっぱりそうか。そういえば増援が今日中にここに来るって言ってたな。ただ……タイミングは良いとは言えないな。


 「クィン……あいつらを戦わせても、こいつらには無意味だと思うぞ。きっと死体の数が増えるだけだ」

 「そ、れは…………くっ」


 俺の言葉にクィンが反論しかけるが止める。俺が正しいとすぐに分かったのだろう。


 「分かってるじゃないか。だが少々うるさいな。少し相手してやるか」

 「なっ!?止めて下さい!!」

 「敵に頼みごとか?笑わせてくれる」


 クィンに蔑みの視線を向けてから、ザイートはここへ向かってくるサントの兵士たちのところへ向かった。


 「皆さん、ダメです!!逃げてえええええええ!!」


 クィンの叫びも空しく、ザイートと兵士軍は接触してしまい、戦いが始まった。それを見たクィンは膝を地につかせて愕然とする。


 「なら、俺が処刑の続きでもしようか」


 残った赤髪魔人が、手に魔力を溜めて王子と王妃に近づく。王子は何か喚いて足掻き、王妃はそんな王子を庇うように抱いて震えている。あんな奴でも母親である以上は身を挺して守ろうとするんだな。


 「お母様、お兄様……!どう、すれば…………っ」


 ミーシャは二人の危機を前にしてもどうすることができず、泣いてパニックを起こしかけている。

 赤髪魔人が二人に照準を定めたその時…


 「!何で来たのかは分からないけど、良いタイミングだ…!」


 「気配感知」で気付いた。数は三人。そしてうち一人が加速してこちらに急接近して、


  鬼族拳闘術『剛閃ごうせん


 「が……!?」


 赤髪魔人の側頭部を、雷を纏ったつま先蹴りが正確無比に射抜いた!

 ドキュウウゥンという音とともに、赤髪魔人はもの凄いスピードで真横へ吹っ飛んだ。


 「よく来てくれた。」


 赤髪魔人を蹴り飛ばした乱入者に、俺は友好的に話しかける。

 


 「うん、助けにきたよコウガ。今度は私が助ける番!!」



 俺の仲間………アレンが、来てくれた。俺のところへ来るなり俺を縛っている雷の縄を切ってくれる。「限定進化」を発動している彼女だから簡単に解いてくれた。その一連の流れを、ミーシャは驚愕したまま見つめていた。

 

 「コウガ………こんな酷い状態にされて、かわいそう。というより、凄く凄く強いコウガがこんなにやられてるなんて……」

 「ああ、かつてないもの凄いヤバい強敵が現れた。さっきは負けちまったが、次は………どうにかする」


 正直さっきまでは心が折れかけていた。ザイートという異次元の化け物に圧倒されて拘束されて再生も出来なくなって、もう詰んだと思ってた。

 けど今は……アレンのお陰で、このヤバい状況をひっくり返す可能性を見出した。

 やってやろうじゃねーか。もう一度あのチート魔人に挑んで、一泡吹かせてやる!!



 「くっそが……!魔人族であるこの俺を蹴り飛ばしやがるとは……!」


 赤髪魔人が戻ってくると同時に俺の体の再生もほぼ完了する。体の再生現象を初めて目にしたミーシャが目を見開いてちょっと引いているがどうでもいい。

 しかし、赤髪魔人を目にしたアレンの様子が一変する。


 「あいつ、は………!?」


 アレンの目には驚愕だけでなく……憎悪に満ちた炎が灯って見える。次第に形相も憎い敵を対面したのと同じものとなった。


 「知ってる奴なのか?」

 「鬼族の里の……仇!人型のモンストール…!!」


 その言葉を聞いて思い出す。アレンは過去にモンストールどもに里を滅ぼされ、家族も殺されたという話を。

 

 (そうか……鬼族の里を滅ぼしたのは、魔人族だったのか)


 奴の姿を見てあんな反応をしてるってことはそうなのだろう。ただアレンは魔人族のことを知らないらしい。奴をモンストールだと思っている。


 「アレン、奴がお前の復讐相手なのか?あとあいつはモンストールじゃない、魔人族っていう昔いた魔族らしい」


 俺の問いにアレンは答えない。余裕がなくなっているっぽいな。


 「魔人族なのあれ…!?滅んだはずのあの最悪な奴がまだ存在していたなんて……!」

 「けど……五年前に襲ってきたあの化け物とは、違っているような……」


 代わりに今来たさらなる助っ人、センとルマンドが答える。ここに来たのはアレンとこの二人だけのようだ。


 「あいつが里を滅ぼしたかどうかなんてどっちでもいい!いずれにしろあの時の仇の関係者に決まってる!絶対に、殺す!!」


 あんなに感情をあらわにするアレンは初めて見る。彼女の言葉を聞き取った赤髪魔人は訝しげにする。


 「里を滅ぼした?俺が?人違いだろ。いや待て、あいつらは…鬼族?しかも金角鬼までいやがる!?まあいいか、全員殺してしまえば良いだけだ」

 「やってみろ……!!」


 挑発に乗ったアレンは闘気と殺気を発して戦闘態勢に入る。センとルマンドもやる気だ。

 けど……今のアレンたちじゃ、奴には勝てねー。


 「アレン、分かってるだろ?奴の戦力。今のアレンたちでも、奴には敵わねー。お前らが以前苦戦したGランクモンストールの群れはもちろん、Sランクモンストールよりも強いぞ、奴は。殺したいって気持ちは汲んでやれるが、実力が違い過ぎる。死ににいくのと同じだ」

 「コウガ……」

 「「………」」


 アレンは振り返って俺を見つめる。悔しさを滲ませているのを見るからに、赤髪魔人との格差を理解はしているみたいだ。だからこそ、敵わないと悟ってしまった自分に怒り、悔しがらずにはいられない様子でいる。センとルマンドも同じようだ。


 「残念だけどコウガの言う通り、だね。しかももう一人、目の前にいる男よりもっとヤバいのがいる。私たちを瞬殺できるくらいに強い……」


 センが戦慄しながら事実を呟く。


 「あの強さにもはやランクなど無意味かもしれませんが、あえて評価するなら、あれは幻とされている“Ⅹランク”あるいはそれ以上のランクに値する大災害レベルと言っていいと、思います」

 「Ⅹ、ランク……!」


 話にミーシャが入ってきてそんなことを言う。アレンたちは戦慄した様子で赤髪魔人を見据える。


 「なら、やっぱりここは俺がやるしかないよな」


 完全に再生した体を軽く動かして準備をする。戦いの準備を!

 俺たちを見ていた赤髪魔人は、ニヤリと笑って俺たちの後方……王妃と王子のところへ移動した。


 「あ………っ!?」

 「お前らよりまずは、ドラグニアの王族どもから処分させてもらう」


 その手に魔力を纏わせて、王子に突き付けようとしている。


 「馬鹿が。俺に隙を思い切り見せやがって。テメー程度なら今の俺でも勝てるんだぜ……!!」


 言い終えると同時に、脳のリミッターを限界1000%まで一気に解除する。同時に体の崩壊が起きるが、大丈夫間に合う。奴を殺すだけの時間はある!

 「瞬足」で一瞬で赤髪魔人のところへ移動して、全身の筋肉をフルパワーで動かす。


 (王子は、ダメだな。奴が殺す方が早い。まあ死んでもらって結構な奴だし。

 じゃあなクソ王子)


 赤髪魔人の貫き手が王子の心臓を貫いて、潰した。


 「ご………………あ”……っ……………………」


 マルス・ドラグニアは絶命した。

 そして同時に、隙だらけとなった赤髪魔人に、俺の“捕食”攻撃が見事に決まった!

 

 ブチィ……!

 「かっ…………あ”っ」


 首を喰い千切られた赤髪魔人は、何をされたのか分からないって顔をしている。やがて首からえげつない量の血が噴き出て、力無く倒れる。


 「バカ、な………魔人族、である……こ、の……俺……が…………」


 血の泡を吹いて苦しんでいるところにさらに追撃をかける。肩の部分も勢いよく喰い千切ってさらに“捕食”する。その一撃を受けた赤髪魔人は死んだ。Ⅹランクとはいってもコイツはその下級クラスってところか。1000%で挑めば余裕で討伐できた。

 そしてリミッターを最大限に解除したツケとして体の完全崩壊が始まったが、それを塗り替えるレベルで別の現象が発生した。

 そう……「レベルアップ」だ!

 全身から赤い瘴気っぽいのが発生して、肌も変色していく。自分が別の種族になっていく感覚だった。

 赤紫がかった線がはしる筋肉質の身体。そんなに見た目は変わっていないが、中身が大きく強く変化したのが分かる。

 

 (レベルアップのお陰か、体の崩壊が止まった。それどころかさらに強い体へと変貌した?)


 直感で分かる。魔人族の肉を捕食する前の自分よりもさらに強くなっていると…!


 「お前の気配が変わったから急いで戻ったが……なるほど、ランダの肉を喰らって強くなったわけか。しかもあいつを殺してもやがったか…」


 すぐに感づかれたようで、ザイートが戻ってきた。


 「あいつも、魔人族……!」

 「何……この戦気…!?こんな奴が、いたなんて……!」


 ザイートを目にしたアレンたちは戦慄する。奴の戦気を前にして絶望しかけている。


 「私の仲間たちを……増援に来た兵士の方々を、よくも……!」


 クィンが怒りの声をザイートに浴びせるが当の本人は無関心そうにしている。


 「骨の無い連中だったな。ああ全員は殺してないぞ。途中で切り上げたからな」

 

 無神経な発言にクィンがさらに憤るが、自分では敵わないとすぐに悟ってそれ以上踏み込めないでいる。


 「それでいい。あの化け物の相手は、同じく化け物クラスになった…この俺が相手する」


 クィンの肩を軽く叩いて下がらせる。後ろからかすかに泣き声がしたが振り返らない。

 

 「さて、ステータスはどうなったかなっと…」


 体をバラバラにされたが奇跡的に無事だったステータスプレートを取り出す。それを見たザイートが声をかけてくる。


 「そのステータスプレート…もとは魔人族の技術によって生み出された物だ。魔力を込めた世界一頑丈な鉱石を素体にしているから、壊れることはない。

 だが、そのプレートは随分安っぽい素材でつくったようだな?お前、自分の種族が屍族だってこと知らなかったのだろ?なら復活してからそのプレートに己の血を流してないだろ?」


 ここでまたザイートが新事実を明かす。プレートを見るとそこには種族が人族、職業がゾンビと、変わらず記されている。

 だが…それが正しくない表記だとすれば、このプレートが俺のステータスを正確に計っていないのだとしたら?

 ザイートが言ったことを思い出して、俺はプレートに自分の血を垂らす。するとプレートが淡く輝き、色々内容が書き換えられていった。すぐに、俺の正しいステータスが、映し出される。



カイダコウガ 17才 屍族 レベル600

職業 片手剣士

体力 1/88800

攻撃 66500(7589000)

防御 53000(6729000)

魔力 50000(6576800)

魔防 51200(6615700)

速さ 78700(9960000)

固有技能 全言語翻訳可能 逆境超強化 五感遮断 自動高速再生 過剰略奪オーバードーズ 制限完全解除  不死レベル3(最大) 瞬神速 身体武装硬化 魔力防障壁 迷彩(+認識阻害、擬態) 複眼 夜目 危機感知 気配感知(+索敵) 早食い 鑑定 見切り 剛撃 炎熱魔法レベルⅩ 嵐魔法レベルⅩ 水魔法レベルⅩ 重力魔法レベルⅩ 大地魔法レベルⅩ 暗黒魔法レベルⅩ 魔力光線全属性使用可 武芸百般 技能具現化 未来予知



 とうとう人族と表記されなくなり、俺は屍族となっていた。レベルもかなり上がり、能力値も固有技能も色々変わった。

 まず「逆境超強化」。超という文字があるだけに、能力値に大きく変化が見られた。

 今までの逆境強化では、能力値が十数倍くらい強化される仕様だったのだが、今では、数百倍も上昇している。今の俺の能力値は七桁台になってしまっている。


 次に「過剰略奪」。その性能も大きく強化されていた。

 従来の「略奪」は、相手の固有技能をその性能のまま奪うものだったが、今のこいつは、奪った技能の性能を強化して書き換えることができる。奪って強くさせる、なんてせこい技能だ。


 さらに「制限完全解除」。今までは1000%までが、リミッター解除の限界値だったが、これでさらに数倍、数十倍へと強化できるようになった。

 強い…まだまだ強くなれる。ここからでもさらに強くできる。

 ザイートの肉も全部喰らえば、もっと強くなれる…!


 「凄い……!コウガ、とても強くなってる」

 「な、何なのコレ……常軌を逸し過ぎてるわこんなの」

 「こんな数値とこんな数の固有技能初めて見たわ…!」


 鬼三人娘がプレートを覗いて驚愕したり引いたりしている。クィンやミーシャはそんな心境じゃなかったそうで、見てはこなかった。


  「よし、これならテメーに食い下がるくらいはできるだろう。途中テメーの肉も喰って、ぶっ飛ばしてからぶっ殺してやる!」


 「面白い……ならその力を俺にぶつけてみろ。そして今度は二度と反撃できぬよう、細切れにした後は瓶詰にしてやろう」


 両者ともに戦う気配を出して殺気をぶつけ合う。二人の対峙を全員が威圧されたのか緊張していた。

 チラとアレンたちを見てからザイートに提案を出す。


 「ちょっと移動させてくれ。テメーの攻撃の余波でみんなを死なせたくない」

 「お前の攻撃の余波で死ぬかもしれないぞ?まあ別に構わないが」


 ザイートは地面を一蹴りでここから消えるように飛び去った。俺も行こうと思ったところにアレンたちから声をかけられる。


 「コウガ、勝ってきて」


 アレンが力強くそう言ってくる。センとルマンドも頷いている。


 「コウガさん、あなたに頼むのは違うのですが……仲間たちの無念を晴らして下さい。そして、無事に戻ってきて下さい!」

 

 涙の痕がついた目を見せて俺にそう言ってくるクィン。


 「カイダさん、あの魔人族に対抗出来るのはこの世界では恐らくあなたしかいません。どうか、あの魔人の討伐を…。そして、後であなたにお礼をさせて下さい…!」


 国王と王子の死を未だに 引きずっている様子のミーシャ、が弱弱しい声音を振り絞って俺に託しごとをした。


 「今から本気出して戦ってくる」


 俺はみんなの言葉に対してそう短く返して、戦場へ飛び立った。


 この世界のラスボスであろうクソチート魔人のザイートに、再び挑む――!




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る