72話「魔人族と屍族」


 魔人族。クィンが以前この世界について解説くれた内容に、そんな名の種族は出て来なかった。


 「魔人族……!?そんな種族名は、私が知っている限りの歴史書には書かれていません。絶滅した魔族は、鬼族と海棲族の二つだったはずです」


 ミーシャは戸惑った様子で呟くように言う。クィンも同じような反応をしている。


 「何だ?俺の種族のこと何も知らないのか?見たところ二人とも若いな。親世代から魔人のことについて全く教えられてこなかったそうだな。じゃあ、そこの女はどうだ?」


 ザイートは首を少し回して離れたところにいる王妃に話しかける。彼女は深刻そうな顔をしていた。


 「お母様?何か……知っているのですか?」

 「………魔人族。このことを知る人は、代々限られています。それは国王の血筋を持つ者、それも成人した者にしか、そのことを知らされてはならない掟があります」

 

 王妃の言葉にミーシャはたいそう驚く。


 「ドラグニア王国で魔人族について知っているのは私と国王であるあの人だけ。そしていずれはミーシャとマルスにも知らせることになっていたの」


 王妃はザイートに恐怖しながらもミーシャに隠していたことを話す。


 「おそらく…各大国の先祖どもは、魔人族についての歴史を闇に葬ったのだろう。ちょうどお前らの世代には一切知ることがないように徹底的にな。

 アレはお前ら人族や他の魔族全てにとって忌々しい、恐怖に彩られた記憶であり、歴史であったのだろうから」

 「その、通りです。先代の国王様も私とあの人に、私たちの後継者以外には話さないようにと厳しく命じました」


 ザイートが昔を懐かしむように言ったことを王妃は静かに肯定する。つまりは、魔人族に関する歴史は全て隠蔽もしくは抹消、無かったことにされたということ。

 ヤバい歴史の隠蔽・抹消は、あってもおかしくはない。漫画ネタにもよくあることだし、現実の世界だって、もしかすると俺の知らない出来事があったかもしれない。その主な内容は、知られたらマズイ不祥事やあまりにも残虐で非人道過ぎて明るみに出すのも憚られるほどの事件などだ。

 で、今回のは、たぶん後者だろう。魔人族がかつて世界を恐怖のどん底に陥れた、みたいな。


 「では、そんな俺たち魔人族について少し教えようか」


 そしてザイートによる魔人族についてのお話が始まった。


 「魔人族は魔族の中で唯一魔物を使役させることができる種族だ。はるか昔から魔人族は魔物を使って他種族と争い、領地を広げてきた。今から五百年くらい前には、俺たちの領地はこの世界の半分ほどだったそうだぞ。自慢になるが、魔人族は強い。他種族を圧倒する程に。他種族同士が手を組んで魔人族を倒そうとしていたくらいだからな」

 「魔族への支配がある程度進んだ後、今度は人族を完全に滅ぼそうとその領地への侵略を始めた。人族にもいくつかの国があったが、その時奴らは初めて国と国との境界を越えて手を組んで、魔人族と戦争した」

 「何百年も続き、次第に魔人族が人族を追い詰めた。因みに魔族は、魔人族への侵略で疲弊していて、人族への救援どころではなかったようだ」

 「だが…百年くらい前になると、戦況が変わった。その時代には俺も戦争に参加していた。魔人族陣営の総大将、魔王の右腕としてな。

 あと少しで人族を終わらせるというところで、奴らの戦力が急に強くなった。いや、圧倒的力を持った戦士が数十人、突然現れたのだ」

 「そいつらの進撃により、俺を含む同胞たちは次々に討伐された。

 そして、その戦士たちに、俺たちの総大将の魔王様は討たれて、この世界から消滅した。そこからドミノ倒しのごとく、俺たち魔人族はお前ら人族と、俺たちが崩れたところを狙って出てきた魔族どもによってほぼ絶滅に追いやられ、そこからしばらくは日を見ることがなくなってしまった...と、ひとまずはここで区切ろうか」


 そこまで言って、ザイートは手を叩いて話を区切った。


 「圧倒的力を持った戦士...それってまさか...!?」


 ザイートの話に出てきた、人族陣営から突然現れた戦士たちのことでミーシャは何かに気付いたようだ。俺も彼女と同じことに気づいたかもしれない。


 「少し前にお姫さんがこの場で言ってた、百数年前に行われていた詳細不明の異世界召喚。あれが今の話に出たやつのことだったのか」


(資料に書かれていたものによると、異世界召喚は、あの時以外にも、過去に一度行われていたとのこと。それも百年以上も前に。

 ただ...詳しい内容が無くて、召喚が行われたこと以外については全く知ることができませんでした...)


 少し前にミーシャが言ったことが脳裏に浮かぶ。


 「俺たちの先駆者たちが、テメーら魔人族を退けて、この世界に平和を取り戻した、というわけか。だが、魔人族は絶滅してはいなかった。


 ザイート、テメーがその生き残りの筆頭だってわけだ」


 俺の視線を受けてザイートはまたも不敵に笑う。


 「そうだ。あの忌まわしくも強大だった人族戦士どもによって、当時の俺は死にかけたが、どうにか生き延びて地下深くへ逃げた。その間に、魔王様を筆頭に、たくさんの同胞が奴らと魔族どもに消された。あの時の魔人族は滅んだも同然だった。生き残った魔人族は俺を含めてどいつも深手を負っていて死んでもおかしくない奴ばかりだった。流石に絶滅を覚悟したぜ。

 お前、この国の王妃だったな。流石にこのことは知らなかったんじゃないか?」

 「……………」


 話を振られた王妃は相変わらずザイートから距離を取って警戒しながら頷いて肯定する。


 「テメーがこうやって表舞台に再び現れたのは、自分たちを絶滅寸前まで追い詰めた人族と他の魔族…いや、この世界そのものへの復讐か何かのためか?」

 「まぁそれもあるが、この世界を完全に魔人族の支配下におくこと。俺は魔王様の遺志を継いで、の方が大きいな。俺自身もこの世界を潰して支配することは楽しみにしているからな」


 復讐よりも支配がお望みのモンストール現トップ。それを聞いたミーシャは戦慄していた。無理もない。Sランクモンストールを圧倒した俺を圧倒した奴が今暴れ出したら、この世界など簡単に終わるだろう。それくらいの力が、今のこいつにはある。


 「気になることがある。異世界召喚された戦士どもによってテメーは死にかけ、魔王は討たれたって話だが、そいつらは今のテメーを瀕死にさせるくらいに強かったのか?今の俺よりも、はるかに強かったのか?」


 俺の顔を少し見つめて、ザイートが答える。


 「いや、お前程ではなかったが、確かに強かったな。さっきお前が葬った同胞たちを簡単に倒すだけの実力はあった。あの時の俺だったら、とっくにお前に殺されていたさ。

 そうだな…。次はいよいよ、お前らが言うモンストール…屍族が誕生したことについて話すか。百年程前…俺たちが戦争に敗れて地下深くへ逃げて、そこから何が起きたのかを、な。当然そこの王妃にも知らされていない話だろうよ」


 ザイートは咳払いして俺とミーシャを見ながら話し始めた。


 「俺たちが逃げた先は、カイダ、お前も行ったことのある深い深い地下だ。

 ああ、言っておくが、当時のあそこには、あの瘴気は無かったからな?


 あれは、俺たち魔人族が人工的につくった産物だ」


 「え…!?」


 ミーシャが驚きの声を上げるも、ザイートは構うことなく続ける。


 「俺たちが拠点を張った当時、あそこには魔物以外は何も無かった。魔物どもを支配して、そこから十数年間…俺たち生き残りは戦争の傷を癒すことに時を費やした。それ程までにダメージはデカく深かったからな。傷が癒えてからは各々勝手にさせていた。お前ら人族や他の魔族どもに復讐すべく鍛える者、復讐は諦めて地下での隠居生活をする者、何をするでもなくただボーっとしていた者、色々だ」

 「そんな中で俺は、力を求めて研究と実験に漬かった日々を送っていた。その題材は、“圧倒的な力”だ。人族の切り札である異世界の戦士どもを殺すには、普通の鍛錬では奴らを上回ることは到底不可能に思えた俺は、鍛錬とは別の方法で強化できないか模索していた」

 「そしてその答えにたどり着いたのが、地下にあったとある鉱石だった。研究に頓挫し、地下の探索の途中で見つけた漆黒の鉱石だ。俺はそれを“魔石”と名付けた。まぁ適当に付けた名だ」

 「魔石を持ち帰ってその石を解析した結果、魔石にはあらゆる生物を強化させることができる成分が含まれていることが分かった。

 さらに調べてみると、魔石の成分は死体にも効果があるということも分かった」


 死体の単語に俺は眉をピクリと反応させる。魔石の成分は、こっちの世界で言うドーピング薬だろう。それが死体にも効くだと…?この時点で察しがついたのだが、話を最後まで聞くことに。


 「だが魔石の成分で強化するには、その摂取方法に条件があった。魔石そのものを気化しなければ効果が無いようでな。身体に直接取り込んでも、溶かして液状で摂取しても何の変化が見られなかった。石を細かく砕いて加熱して気化させたものを吸い込むことで、魔石の強化成分を完全に摂取できたわけさ。それを明らかにしたのは、今から大体五十年程前だったな。その頃に俺たちは満を持して気化した魔石を取り込んだのだ」


 「だが、全員が強化に成功できたわけではなかった」


 「大きな何かを得ようとするには、リスクが伴うものだ。あの魔石には強化成分があるが、その副作用として身体の細胞が破壊されることが分かった。その痛みを耐えた者が、圧倒的な強化を遂げられる。

 魔石を気化したものを俺は、“瘴気”と名付けた」

 「それは奇跡の力を授けると同時に死のリスクをももたらすものという意を込めてな。

 瘴気を発生させたことでさらに多くの同胞を失う羽目に遭ったが、死のリスクを乗り越えて生き残った俺を含む僅かな魔人族は、一人一人が世界を滅ぼし得る程の力を得ることができた」

 「そこから数年間、この奇跡の力を完全に使いこなせるよう鍛錬と研究の日々を過ごして、準備していた。


 この世界を滅ぼして魔族の世界にするための、な...」


 ザイートは昏い笑みを浮かべて腕をを広げる。世界をこの手で支配することを示すように。


 「そんな、隠された真実が……っ」


 本当に初耳な内容だった様子の王妃は、顔色を悪くさせて動揺していた。


 「それが、モンストールの誕生秘話というわけか…そんなドーピング強化素材があの地底にあったとはな」


 俺の呟きに、ザイートは気が付いたかのように反論する。


 「ああ、そのモンストールのことだがな?俺たち魔人族はモンストールじゃないぞ?」


 「えっ!?」

 「な……!?」


 ミーシャとクィンが驚愕して動揺する。王妃も唖然としたリアクションをとっている。


 「お前たちが今まで戦ってきた同胞たちだが、あいつらの素体は魔物の死骸だ。

 そしてあいつらを屍族に変えたのも、俺たちの仕業だ。

 地底と地上にいる魔物どもを生け捕りもしくは死体にして持ち帰り、そいつらに瘴気を摂取させて強化させた、これが屍族モンストールの正体だ。あいつらは魔人族と違って、死体になった後でも強化が可能で、しかも生前と同じように行動できるという、動死体戦士としても使役できるようになった。

 俺たちはあの同胞たちを、“屍族”と呼んでいる。ああ、俺たち魔人族は、昔と同じ“魔人”で通しているからな。ま、もう昔の魔人族とは大きくかけ離れて規格外の力を持っているからどう呼んだものか分からないがな。ある意味、新種の魔族と言うべきか」

 

 「………」


 ザイートによるモンストールの真実を聞いて、俺は黙り込む。一方の三人はさらなる隠された真実を知ってひどく動揺していた。

 あいつらは……元は死体だったのだ。一部生きた素体もいたかもしれないが、ほとんどは死んだ魔物が魔石成分を取り込まされて復活して、屍族として活動するようになったのだ。つまり…動死体ど同義だ…!

 それって、同じじゃねーかよ。…!


 俺が全て分かったことに気付いたのか、ザイートは俺を指差してこう告げた。



 「お前も、人族から“屍族”として生まれ変わったんだよ。

 お前は俺たちに似た者、屍族と同類のようなものなんだよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る