40話「情報屋を雇う」


 目の前にいる勝負相手の竜人、俺を馬鹿にしていた野次ども、何もかも凍りつかせてやった。まるで時が止まったかのような空間と化したこの場で無事でいるのは、魔法を放った本人である俺と、あえて魔法を当てないようにした情報屋コゴルの二人だけだった。

 コゴルはブルブル震えている。その理由は寒さからか恐怖からか、その両方からか。顔面を蒼白にさせて、氷像と化した竜人と野次どもと氷雪地帯と化した景色を凝視している。

 奴にとってはあまりにも非常識な光景だったようで、完全に我を失っている様子だ。

 ちなみに氷漬けにされている奴らには、意識がある状態でいる。今は自分たちが凍らされて指一本も動かせないのを自覚させられる恐怖を味わっている最中だろう。指どころか目の筋肉さえも動かせないから、恐怖に染まった顔は見られないが、奴らへの心身ダメージは尋常ではないはずだ。


 「これで俺のSランクとしての実力を分かってくれたのか、情報屋さん?」

 「そんな………あのドリュウさんが……っ!

 しかも、他の人たちや地形まで氷に…!こんな水魔法見たこと、ない……っ」


 俺が話しかけてもまだ呆然と独り言を呟いているので、胸ぐら掴んで軽く締め上げてみる。

 激しく咳き込んだところでようやく我に返ったコゴルは俺を認識して、どうにか口を開く。


 「じ、十分見せてもらった!本物だ!これ以上疑うなど馬鹿なことをするものか!僕は今、自分の無知に恥じているところだ。試すことをしてすまなかった!」

 「ああまあ……誰もが俺を初めて見たらああいう反応するんだなって、もう分かったから。テメーが俺を疑うのも仕方ねーなって、もう分かったから」


 これからも俺を初めて見る奴らは実力を疑って見くびってくるんだろうな。死んでいるせいで何も感じられないから、どいつもこいつも俺を弱者だろうと思うんだろうな。

 はぁ、いちいちこうやって力を見せないといけないのか、めんどくせーな。まあいいか、馬鹿にして罵ってくる雑魚どもは全員締めて潰したら良いしな。

 まだブルブル震えているコゴルを解放する。そのせいで地面に尻もち着いた彼を見下ろしながら再び情報について訊くことにする。


 「竜人族が遭遇したっていう鬼族について、鬼族がどうなったのかについて知っている情報があれば提供しろ。俺が知りたい情報は今回はそれだけだ」

 「………さっきもそんなことを訊いてきた、ね。情報ならある。提供しよう。

 だがその前に、氷漬けになっている彼らを元に―――ぐぇ!?」


 コゴルの胸倉を再び掴む。今度は苛立ち混じりでだ。


 「あのさァ。俺はわざわざテメーの言うことに付き合ってやったんだ。あんな茶番劇にな。今度は俺の要求を優先的にのむのが筋ってやつじゃねーのか?

 凍ってるあいつらなら殺さないように調整してるからすぐには死なねーよ。そんなことよりさっさと情報を寄越せ、バラバラにするぞ?」

 「わ、分かった…!そう荒ぶらないでくれっ」


 雑に解放して話をさせる。


 「………一週間前のことだ。序列を与えられている戦士の竜人が、竜人族が管轄している森の中で五名の鬼族を発見した。男が二人、女が三人だったそうだ。

 少し小競り合いがあったものの、互いに争う気がないとすぐに分かったらしく、鬼族たちは竜人たちに国へ連れていかれたそうだ」


 連れていったってことは鬼たちは殺されてはいないそうだな。捕虜か保護かどっちだ?


 「………すまない。ここから先のことは竜人族に直接聞いてくれとしか言えない。彼らの国の細かな内情は人族や他の魔族には伏せられていてね。僕が知っている範囲だと、鬼族たちは今も生きている。これくらいしか断言出来ない」

 「んだよ使えねー。大陸一の情報屋じゃねーのかよ」

 

 溜息ついてやれやれと頭を振る俺に、コゴルがしかし…と話を続ける。


 「僕の用心棒…竜人族の彼なら、さらに詳しいことを知っているはずだ。彼は序列を与えられている戦士だから、国の立場もそれなりにある。

 彼に協力してもらえば君の知りたいこと全て分かると思うよ」

 「あいつか。けっこうな地位を持ってるようなら確かに使えるかもしれないな。

 ところで、“序列”ってなんのことだ?」

 

 コゴルのことを教えてくれた竜人も言っていた“序列”。大体予想できるが確認してみるか。


 「“序列”というのは、竜人族の戦士の中で特に戦闘力が高い者に与えられる称号だ。彼らはとても強い。一人一人が単独で災害レベルの敵を討伐する実力者だ。用心棒の彼……ドリュウさんもその一人だ。序列持ちの戦士は十人以上いると聞いている」


 一人で災害レベルの敵を倒せるのか。魔物のエーレや地底にいたGランクモンストールを一人でね…。それが本当なら、異世界からやってきた生前の俺や元クラスメイトどもなんかより何倍も強いってことになる。人族の切り札となり得るあいつらよりもずっと強い。興味があるなそいつら。地底にいたモンストールどもより面白い戦いが出来そうだ。戦うことになるかは知らんが。


 「じゃあ、続きはあの竜人に訊くとするか。ほら金だ」

 「いや……金はいい。君を見くびったことと大した情報を提供出来なかった詫びとして、タダでいいよ」

 「あっそ」


  コゴルを氷があるところから離れさせて、魔法を解除して氷を一瞬で消した。


 「「「「「――っは!!?」」」」」


 竜人と周りの野次馬どもが一斉にその場に崩れ落ちて、呼吸のしかたを忘れたみたいに息を乱している。

 まずは、俺を馬鹿にしたクソ野次どもにちょっかいをかけることにする。


 「で?誰がクソガキだって?誰が雑魚だって?もう少し俺の実力見せておくか?

 面白半分で馬鹿にされるとムカつくんだわ。俺は沸点が低いから、ああいうことされるとすぐ手を出すかもだから気を付けるように。

 分かった、かな!?」


 言っている途中で、その辺に転がっている奴の頭を乱暴に掴んで、適当に他の奴に投げ捨てる。


 「「ぎゃあっ!?」」


ゴッチィン!とヤバい音を立てて倒れたが無視。俺は感情の無い瞳で周りをじっくりと見回す。誰一人、俺を馬鹿にしてる顔はしていなかった。人も竜人もすぐさま土下座姿勢になって謝罪の言葉を叫ぶくらいだった。

 とりあえず満足したので、こいつらはスルーする。そして肝心の人物の前に立つ。


 「………」


 先程、俺に対しての噛ませ犬に使わされた竜人は、無言で俺を見返してくる。氷漬けにされたにもかかわらず、大して表情に動きはなかった。元々表情に乏しいタイプなのか。


 「テメーに訊けば詳しいことが分かるって聞いた」

 「………」


 何も言わないので、そのまま続ける。


 「俺の仲間に鬼族の女がいてな。彼女ははぐれてしまった仲間たちを探し回っている。そして仲間たちを集めて、鬼族を復興しようと、今も俺とともに世界を回っている。

 テメーが用心棒している情報屋によれば、鬼族の生き残りのうち5人をテメーらの仲間たちが国へ連れていったと聞いている。鬼族たちが今どうなっているのか確かめたいのだが、そこのところどうなんだ?」


 じっと、竜人の目を捉えて質問する。その間、竜人も俺を凝視していた。何考えているのだか。俺が言い終えてから少しした後、ようやく口を開く。


 「結論から言うと、鬼族は俺たちの国にいる。族長の家族のもとに住ませている。五人ともだ」

 思った通り、鬼族の生き残りがこの大陸にいたようだ。それも竜人族に保護されている。

 「いきなりで悪いんだが、俺と今は別のところにいる俺の仲間たちを、お前の国へ案内してくれない?あいつに彼女の仲間たちと会わせたいんだ」


 アレンにとって重要な要件だ。仲間たちと再会して、彼らとともに鬼族を再興させて昔の生活に戻りたいというのが、復讐と同じ、いや、それ以上に優先しているアレンの目標であり野望でもある。

 俺を肯定してくれて仲間として接してくれているアレンに協力したいと思った俺はこうして行動している。何とかこいつに協力して欲しいものだが。

 竜人の返答は………


 「俺の顔を立ててもらってどうにか入国を許可してもらおう。俺はお前に敗れた。勝者に従うのは鉄則だ。その要求を受け入れよう」


 というわけで、竜人族の国へ行けることになった。


 「俺はドリュウという。序列は下位だが国の中ではかなりの実力者であるつもりだ」


 そう自己紹介をして案内してくれることになった。よし、ドリュウを連れてアレンたちと合流するか。

 未だ恐怖で震えている野次馬どもをスルーして、アレンたちがいる店に行こうとすると、コゴルが俺を呼び止めた。


 「僕からも質問したいことがある。

 君は……人族、か?」


 緊張した様子で俺にそんな質問をする。ドリュウもこっちを見つめていた。


 「一応……そのつもりだ」

 「そうか……」


 分類上、俺はゾンビだ。今それを話すのは…必要ないから、とりあえず人間だと言っておこう。


 あ………そうだ。


 「なあ、テメーに探って欲しいことがあるんだが。

 異なる世界に転移する魔法か何かの方法について調べて欲しいんだ」

 「………何だって?」


 コゴルは予想外のことを聞いたって顔をする。ドリュウも怪しいものを見るような反応をする。


 「ドラグニア王国で行われた異世界召喚。テメーなら知ってるだろ?」

 「最近結成されたという救世団の…。彼らはこの世界とは異なる世界から呼び出されたと聞いてるが…」

 「そうそれだ。俺は今、この世界から別の世界へ転移する方法を調べて旅をしてるんだ。手がかりは全く掴めてねーがな。

 そこでだ。情報収集に優れているテメーにも、“異世界転移”の方法について調べて欲しい。これは依頼だ。金も払う。引き受けてくれねーか?」


 最初は驚いていたコゴルだったが、しばらく何か考えた後、愉快そうに笑った。


 「随分と面白そうな調べものだね。異なる世界へ転移するなど荒唐無稽なことだと思っていたが、ドラグニア王国が異世界召喚に成功したという実例がいる以上、ひょっとすると可能性はあるかもしれないと考えさせられるね」

 「依頼、していいか」

 「引き受けましょう。僕も異世界転移には興味がある。世界中に知り合いがいるから彼らにも協力してもらうとしよう。時間はかかるが構わないかい?」

 「もちろん。時間がかかるのは当たり前だろう。じゃあ定期的に連絡し合うってことで、よろしく頼む」


 こうして俺は情報屋を雇うことに成功した。こいつも使って元の世界へ帰る手がかりを見つけていく。

 良い成果が出ることを祈って、情報屋コゴルと別れてアレンたちの方へ向かった。

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