2
「本当に来てしまったわ……」
あれからすぐに時は過ぎ去り、夏休みが到来した。
何処を見ても畑、畑、畑。
牧場には牛や豚が沢山いて、実際に見るのは初めてとなる水車もあちこちで回っている。
度々見かける草原では小さい子供たちが走り回っており、すれ違う人皆に「こんにちは〜」と間延びした声で挨拶をされた。
天気は快晴で、真夏とは思えないほど涼しい。
吹き抜ける風が冷たくて、黒い髪が靡く。
「こっちだよ! 」
握られた手を引っ張られて自宅に案内されると、木造建築の小ぢんまりとした家が見えた。
庭には干された洗濯物と、小さい畑には木苺が植えられている。
すると、家の扉の前で木の棒を使い地面にお絵描きをしている少年と目があった。
少年は暫く目をパチクリとさせた後、木の棒を落として一直線にこちらへかけてきて、メリアに抱きついた。
「お姉ちゃん! 帰ってきたの!? 」
「うん。ただいま〜」
服にぐりぐりと顔を押し付けていた少年は、そこでヤナギの方に視線を移した。
「お姉ちゃん、この人は? 」
「うん。このお姉ちゃんは、私の友達! 」
「友達!? お姉ちゃんが!? 」
感動したように少年はヤナギを見た。
そして……
「お母さーん! お姉ちゃんが友達連れてきたー! 嘘じゃなかったー! 本当に友達いたんだよー! 」
「あ、こらっ! 」
家に駆け込む少年を、メリアが恥ずかしそうに顔を赤らめながら制止する。
「い、今弟が言ったことは、気にしないでね」
「あはは」と誤魔化すように笑って、ヤナギは家へと案内された。
「今日はよく来てくれましたね。メリアの母、ガザニア・アルストロと言います」
メリアと同じ茶色のふんわりとしたミディアムヘアーにエプロン姿の穏やかな女性は、丁寧に頭を下げて自己紹介をした。
「メリア様の友人、ヤナギ・ハランと申します。今日から暫く、お世話になります」
「僕はソニア・アルストロ! 宜しくね、ヤナギお姉ちゃん! 」
「よろしくお願いします」
今日からお世話になる身としてしっかり挨拶をすると、ガザニアは紅茶とお菓子を出してくれた。
そうされて、ヤナギも急いで持ってきた箱を渡す。
「これ、途中で買ったスイーツです」
「そんな……気を遣わなくても良かったのに」
「そういうわけには……」
ガザニアがスイーツを受け取ると、ソニアがキラキラした瞳でスイーツの入った箱を凝視していた。
そんなソニアを見て、メリアが「こら」と注意をする。
「スイーツは夕食を食べ終わった後だからね? 」
「メリア……。すません、うちの子達が」
「いえ。あげるつもりで買ったものですから」
「ねぇヤナギちゃん、夕食できるまで、村を案内してあげるよ! 」
スイーツをしまい終えたメリアが、良いことを思いついたとばかりに手をポンと叩いた。
せっかくの誘いだが、泊めてもらうのだから、夕食の手伝いくらいはした方がいいのではないかと心配になる。
すると、こちらの思いを察してか、ガザニアにはにっこりと微笑んだ。
「良いじゃない。ヤナギさんも、どうぞ観光してきて。といっても、何もないところだけど……」
「ですが、何かお手伝いは……」
「それは大丈夫ですよ。私に任せて」
「そうですか。なら……」
行きましょうか。そう言う前に、メリアはヤナギを外へ連れ出した。
「あ、僕も行くー! 」
ソニアも、ヤナギのあとを走ってついてくる。
「夕食までには帰ってくるのよー? 」
「はーい! 」
「分かりました」
「うん! 」
そう返事をして、ヤナギは村を見て回ることになった。
「あらメリアちゃん、帰ってきたの? 」
「あ、おばあちゃんこんにちはー。はい、今日からまた暫く夏休みなので」
「そうかえそうかえ。あら? そちらの美人さんは? この村にこんな方いたかしら……」
「違うよおばあちゃん。この人はヤナギちゃん、私の友達なの」
メリアの説明に、おばあさんがぺこりとお辞儀をする。
「そうかえ。何もない村だけど、楽しんでってね」
「楽しませてもらいます」
そう言うと、おばあさんは「良い子だねぇ」と言ってくれた。
おばあさんと別れてからも、村の人達から沢山声がかかる。
牧場で牛の世話をしていた若い女性が。
「あらメリアちゃん、帰ってたの? 良かったら今日、私と一緒にご飯食べない? ソニア君も一緒に」
「せっかくのお誘いだけど、今日はヤナギちゃんと家で食べるって決めてるから」
「そう。ヤナギさんも、良かったら私の家に来てね」
畑で仕事をしていたおじいさんが。
「おや、そこの可愛らしいお嬢さん2人は、どこの子だったかねぇ……」
「もー、アルストロの家の子ですよ! そしてこの子はヤナギちゃん! なんと、学園でできたお友達なのです! 」
「そうじゃったそうじゃった。メリアちゃんは覚えておったんじゃが、そこの子は初めて会うから、こんがらがってしまったわい」
「おじいちゃん、僕はー? 」
「おー、ソニア君も、大きくなったなー」
「それ、昨日も聞いたー」
遊んでいた子供たちが。
「あ! メリアお姉ちゃん! 」
「おいメリア! 帰ったんなら追いかけっこしようぜ! 俺、ちょー速くなってるから! 」
「学園でコリツしてない? 友達できた? 」
「わわっ、纏めて喋らなーい! あと、孤立はしてないから! ほら、ちゃんと友達連れてきたし! 」
「本当にー? 」
「いくらで雇われたの? 」
「雇ってないから! 」
こうして見ると、メリアは村で人気者なのだと分かる。
子供たちと遊ぶと言ったソニアと別れて、また歩き出す。
同じような景色が続いているが、全然飽きない。
「ここにいる人達は皆、家族のように親しいのね」
「そうだねー、この村だと、話したことない人はいないかも」
「それはすごいわね」
ヤナギなんて、家族ともあまり話さないのに。
「だから、学園に来てびっくりしちゃった。皆決まった人としか話さないんだもん」
それは、確かにびっくりするだろう。
今まで話す人皆家族だと思っていた人からしてみれば、あまりにも違った環境に気後れしてしまうのも仕方がない。
「ありがとう」
「なにが? 」
「私と友達になってくれて」
太陽のような笑みは、夏の青空と並ぶとよく映えた。
雲ひとつない青空に、目を細める。
「あそこ……」
「え? 」
青空から目を離してメリアを見ると、メリアは遠くの、山の方を見ていた。
「あそこ、秋になったら真っ赤に染まるの。とっても綺麗なんだよ」
次に、すぐ傍にある民家のうち1軒を見る。
「あの家のパンはね、すっごく美味しいんだよ? うちもよく貰いに行ってる」
確かに、先程から美味しそうなパンの香りが漂ってくる。
そこでメリアは、足を止めた。
「私は、この景色があったから、今も頑張れてるんだと思う」
すぐ目の前で、トンボが横切っていった。
草花に止まったりしながら飛んでいくトンボを眺めながら、メリアは言う。
「優しい人に、優しい自然……。この村に、育てられたんだ。学園に行ってからも、この村のことを思い出すとね、悲しいことも寂しい気持ちも無くなるんだ。私は独りじゃないって、そう思えるの」
胸に手を当てて、メリアは優しい顔をする。
「だから、不安」
「不安? 」
「ヤナギちゃんを見てると、不安になる。本当はね、少し迷ってた。無理にでも家に帰った方がいいんじゃないかって、思ってた。家族が待ってるんじゃないの? って、そう言おうとしてた。……でも、皆が皆、私みたいに気楽じゃないもんね。きっと、ヤナギちゃんにはヤナギちゃんの事情があるんだなって、そう思ったから、ヤナギちゃんをこの村に連れてきたの」
メリアの瞳が、寂しげに揺らぐ。
さっきまではあんなに優しい顔をしていたのに、どうしたというのだろう。
「怒ってない? 」
どうして、そう思うのか。
ヤナギが怒る理由が見つからない。
寧ろ、家に帰らなくてすんでるから、助かっているくらいなのに。
「無理に、連れてきちゃったから」
「……怒ってないわよ」
「本当に? 」
「ええ。寧ろ、助かってるくらい」
「なら、良かった。あのまま放っておいて行っちゃったら、ヤナギちゃんが何処か遠くへ行くような気がして、心配だったんだよ? 」
「遠く? 」
「うん。なんか、近くにいるけど、遠い……、よつな……」
いまいちよく分からなかったが、ヤナギがここに来たことで、その不安は解消されたということなら、それで良い。
「ヤナギちゃん」
「なにかしら? 」
「ここからちょっと歩いた先に、すっごく綺麗なひまわり畑があるんだけど……」
「行くわ」
即答すると、「あははっ! 」とメリアに笑われた。
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