5
校門前には、既に人だかりができていた。
人と人の間を縫うようにして何とか前の方まで行くと、そこにはイベリスとヨナがいた。
「やっぱり、ヨナ様だ……」
イベリスが1人なのに対して、ヨナの周りには沢山の令嬢達がいた。
取り巻きなのか、皆キツく目を釣り上がらせている。
「貴方、ヨナ様に何を仰ったか、もう一度言ってごらんなさい」
「はぁ……。1回言ったことをもう1回言うなんて、時間の無駄にも程がありますよ。といっても、もう1回言わないと気が済まないんでしょう? だったら言ってあげますよ。ずっと言え言えって付き纏われた方が、時間の無駄ですからね。じゃあもう一度言いましょう。ヨナ様の生き方は物凄く効率が悪い。見ててすっごくイライラする。これで良いですか? 」
「良いわけないでしょう!? ヨナ様の何処か非効率な生き方なのか、説明してごらんなさい! 」
「ったく……。理由は大きくわけて3つあります。1つめは、先生の前ですぐに猫を被るところですね。でも、それは別にいいんです。問題は、先生からの
指示を集めるべく、先生方のお手伝いをしているという点にあります。何故、わざわざ先生方のお手伝いをするのですか? だってそれは先生の仕事、先生がやるべきことじゃないですか。でも、それを貴方が手伝う意味が分からないんです。そんなことをしている暇があったら、1人で勉強するなり、もっと時間を有効活用しようとは思わないのですか? 」
「……べらべら言わせておけば、私は猫を被ってなどいませんわ。これが私、ありのままの私よ」
図星を突かれたことに腹が立ったのか、ヨナは露骨に顔を顰めた。
取り巻きの令嬢達も、「そうですわ。ヨナ様はいつだってお優しくて、お美しいのですから」と、イベリスの言葉を否定する。
「では2つ目。さきほど、何故僕とぶつかった時に、あんな態度だったのですか? 」
「態度? 私ならちゃんと謝りましたわよ」
「謝った? あんな軽い言い方で? 僕ともあろう人にあんな謝罪の仕方、ちゃんと教育を受けてきていれば防げたはずです。あんな謝り方で、僕が黙ってるとでも思いましたか? 」
「何を子供じみたことを……。それに貴方、僕ともあろう人、なんて言っていましたけれど、私は侯爵令嬢。地位は高い方なのですよ。それに比べて……貴方、社交界ではお見かけしたことないのだけれど」
「そりゃあ僕は高貴な存在ですからね。そこら辺の貴族が出るパーティーになんか出席しませんよ。時間の無駄ですらから。それでは3つ目に移りましょう。最後は、その話し方です」
「は、話し方……? 」
「はい。お友達に、他の令嬢の悪口を言わせるように誘導していますよね? 」
「な、何を言って……」
「自分からは直接言いませんが、他の方が悪口を言った瞬間、自分は話を聞いてあげてるだけだって勘違いしてるじゃないですか。自分には関係ないって、思い込んでるじゃないですか。なんでわざわざ人の話なんてするんですか? それも、相手の短所を見つけて嘲笑うなんて、無駄なことこの上ないじゃないですか。人にそんなに興味があるんですか? ないですよね? 人間はいつだって、自分大好きなんですから。僕間違ったこと言いました? 」
「間違い……間違いだらけですわっ! 」
ヨナが顔を手で覆う。
身体をプルプルと震わせて、友達の令嬢に縋り付くようにして身を縮こまらせた。
「私、私そんなことしてないのに……! どうして……」
「ヨナ様、私は達はちゃんと分かっています。ヨナ様はお優しい方でございます」
「本当ですわ。いつも私たちの話を聞いてくださっていて、とても感謝していますのよ? 」
「仲良しごっこですか。時間の無駄だって、気づかないんですか? 」
「もう止めろ、イベリス」
平然と言うイベリスを、アイビーが止めに入る。
だが、イベリスは何がいけなかったのか分からないのか、キョトンとしていた。
「見ろ。周りも注目してる。恥ずかしいと思わないのか? 」
「何がですか? 僕は正しいことを教えてあげてるだけですよ? ためになるでしょう? アイビー様だって、人の悪口を言っていたりするなんて、時間の無駄だと思いません? 」
「それに関しては確かにその通りだと俺も思う。だが、それ以外のことはどうだ? 先生のお手伝いをしたり、友達ごっこと馬鹿にしたり。いけない発言だとは思わないのか」
強い口調でアイビーが言うも、イベリスには通じない。
「分かりません。なんで僕が怒られなくちゃいけないんですか? 」
「イベリス。自分の非を認めろ。本当は分かってるんだろう? それとも、本当に分からないのか? 」
「分かりません。分からないって、言ってるでしょう? 」
イベリスが苛立ったように吐き捨てる。
「イベリス……」
「分からないったら! 」
大きな声でそう叫び、イベリスはそのまま立ち去ろうと背を向ける。
「おい、まだ話は……」
「そんなことに時間を割いてる暇はないんです。無駄なことはしない主義なので」
振り返ることなく、イベリスは何処かへ行ってしまった。
「ヨナ様、大丈夫ですか? 」
「ヨナ様、あんな奴の言うことなんて、気にしなくてけっこうですわ」
「そうね。ありがとう、皆」
ヨナは泣くふりをしながら、ちらりとヤナギの方を見た。
明らかに怒っている表情が、ここまで来いと伝えている。
「ヤ、ヤナギ様? 」
一応行ってみると、周りの令嬢達から奇異の目を向けられた。
「皆さん、少し席を外してもらってもよろしいかしら? 私、ヤナギ様と少々話がしたくて」
「え? は、はい。かまいませんが……」
「ありがとうございます。ではヤナギ様、行きましょう」
ヨナがヤナギの手を引っ張って、みんなの元から引き離す。
一定の距離を保ったところで、ヨナは地団駄を踏んで振り返った。
「なんなんですの!? あの方は! 」
キッと睨みつけられたところで、ヤナギにだって分からない。
何故イベリスがあんなことを言うのか、それは皆知りたがっていることだ。
「ヤナギ様にだから言います! いえ、ヤナギ様にしか言えません! あのイベリスとかいう方、思いっきり私を侮辱してきたんですのよ!? 」
「……? 何故、その事が私にしか話せないのですか? 」
愚痴なら、友達にでも聞いてもらえばいいのに。
「そんなの、貴方しか私の本性を知らないからに決まっていますわ。友人には、こんなことを言って評価を下げたくありませんもの」
「なるほど」
「そんなことより、ですわ! イベリスはそんなに身分の高い方なんですの!? 」
「それは分かりかねます。今年入学された、1年生という事しか……」
「1年生!? 年下の分際で私を侮辱したということですか!? 」
「そうですね」
「な、なんということですの……? 」
さぞプライドが傷つけられたことだろう。
ヨナは唇をわなわなと震わせながら、「許さない」と呟いた。
「ですが、イベリス様には悪いことをしているという自覚がなかったように思われます。悪気はなかったのではありませんか? 」
「悪気がなければ、あんなことを言ってもいいと? 」
「そういうわけではありませんが……」
イベリスは、ただ純粋に知りたかったのだろう。
ここ数日繰り返される「なんで? なんで? 」の応酬は、イベリスが感じたただの疑問にすぎないことを、ヤナギはよく知っていた。
表情が、いつもと同じなのだ。
誰かを馬鹿にしたような笑っている感じでも無ければ、怒ったような感じでもない。
いつも変わらない、普段通りの表情。
「全く、何故あんな人がこの学園に? もう二度と会いたくない……」
「……今、なんと? 」
ヨナの言ったことが半分聞き間違いであってほしいという願いを込めて、ヤナギはもう一度言うように促した。
「もう二度と会いたくない、ですが。……何か? 」
「それは、本心なのですか? 」
「本心よ。心からのね」
「何故ですか? 」
「何故ですかって……あんなことをされたら、もう会いたくないと思うのが普通ですわ」
「そう、ですか……」
カルミアの言っていたことを思い出す。
『そういう周りを大切に出来ない奴は、この先もそうやって生きていくんだろ。結果どうなるか。誰からも大切にされないまま終わっていくんだよ』
イベリスが今後もああいったトラブルを起こせば、その度に誰かから嫌われてしまうだろう。
そうなっていけば、イベリスは一人ぼっちになってしまう。
ヤナギだって、イベリスにはあまり言われたくないことを言われてしまった。
アザレアの人生を「愚か」の一言で終わらせたイベリスの発言は、許せない。
許せないけど、イベリスが独りになってしまうと考えたら、何だか無性に寂しく思ってしまう自分がいた。
「……何故貴方がそんな顔をなさるのかは分かりませんが」
そんな顔?
「私、顔に出てましたか? 」
「ええ。薄らと、ですが。でも、そっちの方が安心しました。ずっと無表情な貴方は、どこか気味が悪かったので」
最近よく、顔に出てしまう。
珍しい。
「私は、イベリスのことが嫌いですわ。この1件で、もう仲良くしたくないと判断いたしましたので」
「そうですか」
それを止める権利は、ヤナギにはない。
ヨナがもう仲良くしたくないと思ったのであれば、これ以上は何も言うことはできない。
「ですが」
だが、ヨナの言葉には続きがあった。
「もし貴方がイベリスのことを気にかけているのでしたら、貴方が彼の力になってあげれば良いのではないですか? 」
「……私が、ですか? 」
ヤナギで、力になれるのだろうか。
「ええ。私には関係のないことですし。貴方がどう動こうとどうでも良いことですから。ただ、私にはできなくて貴方にはできることがある。それだけのことです」
ヨナにはできなくて、ヤナギにはできること。
人には向き不向きがある。そういうことだろうか。
「分かったなら早くお行きなさい」
「もうお話は宜しいのですか? 」
何かあったから、こうしてヤナギを誰もいないところに呼び出したのではないのだろうか。
「話ならもう終わりましたわ。私は誰かに本音を聞いてほしかっただけなのですから」
本音、とは愚痴のことだろう。
「……こういう、自分の本音を聞いてもらえる方がいてくださるというのは、とても大切なことなのですね」
「? 何か仰いましたか? 」
小さくてよく聞き取れなかったため聞き返すと、ヨナは顔を真っ赤にして頭を激しく横に振った。
「な、何でもありません! さぁ、早く行きなさい! 早く! 」
「は、はい」
半ば勢いでヨナから離れると、ヨナはふんと鼻を鳴らして元の、友人達が待っている方へと帰って行っていた。
「私に、できること……」
ヨナのアドバイス通り、ひとまずイベリスの元へ行ってみることにした。
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