4

「あーあ」

足元の石ころを蹴った。

自分が思っているより力が入っていたらしく、石ころは空高く上った後、噴水の水にポチャンと落ちていく。

「僕、間違ってないよね? 」

イベリスはただ、自分を犠牲にしてまで他人のために尽くせる意味が分からなかっただけなのに。

誰かのために頑張る暇なんてあれば、自分の時間に費やした方がよっぽど効率的なはずだ。

自分は正しいことを言った。

言ったのに、何故か空気は悪くなってしまった。

「本当、並の人間が考えることは理解できない」

イベリスが唯一慕うことのできる人物は、やはりあの人しかいないのだろう。

「……にしても、せっかく学園に入学したって言うのに、未だに収穫はなしとか……怒られるかなぁ」

怒られるのは好きではない。

誰だってそうだろう。

怒られるより、褒められる方が好きに決まっている。

でも、このままだと怒られてしまいかねない。

「カルミア・ロジックは勉強ばかりで、人と関わろうとしないからなぁ。何の情報も得られないし。となると、アイビー・コレクトの傍にいた方が重要か……。あいつは人望も信頼もあるし、周りに人も多いからな」

この際、カルミア・ロジックは捨てて良いだろう。

「あー。あとあれも考えなきゃいけないんだった……」

あの人から与えられた任務は2つあったことを思い出し、げんなりする。

やることは少ないけれど、任務完了のためには結構な時間と疲労を費やさなくてはならない。

「も〜。なんで僕1人に任せるかなぁ……。あと一人くらい学園に入れても良かっただろうに」

だが、文句ばかり言っていてもどうにもならない。

仕方なく気持ちを切り替えて、イベリスはまた、手近にあった石ころを蹴った。

ころころ転がっていった石ころは、何か黒い物体の前で止まった。

「猫? 」

にゃあ、と黒い猫は鳴いた。

誰かが飼っているのか。いや、学園で猫なんて飼っていいのか?

となると、勝手に住み着いたか。

「こら。おまえは学園の外にいなさい」

抱き上げて学園から逃がそうと門の前まで行くと、黒猫は「みゃあ」と可愛らしく鳴いた。

かと思いきや……。

「ぎにゃあああああ! 」

突如、鋭い歯をむき出しにして威嚇を始め、思わず手から猫を取りこぼしてしまう。

「うわっ……! 何す……」

「にゃあっ! 」

と、猫パンチをお見舞いされ、黒猫はさっさと近くの茂みに入ってしまった。

「あ、こらっ……」

追いかけようか迷ったが、猫ごときに時間を潰すのも億劫だったため諦めた。

猫パンチをお見舞いされた、自身の額へと手をやる。

人からは好かれない方だが、まさか猫からも懐かれないとなると、さすがに凹むものがある。

「……あいつもかよ」

そう小さく、呟いた。





「ナニイッテルカワカンナイ」

「だから、この公式を代入してここの……」

「ワカンナイ」

「おい、寝るな」

図書室で開かれた勉強会は、ものの数分で終了した。

教科書に突っ伏して寝る体制にはいったメリアを、カルミアが揺すって起こす。

「ヤメテクダサイ、ネタインデス」

「寝るな。まだ10分も経ってないぞ」

「ネタインデス」

「次の試験で良い点とりたいんだろ? 」

「……」

「じゃあ頑張れ」

無言を肯定と受け取ったカルミアは、すぐに次のページへ移動した。

「いやあああああ! もう数字は見たくないのぉぉぉぉぉぉぉ! 」

「じゃあ次はここだ。まずこの同じ式があるところに別の……」

「ひどい」

メリアとカルミアが勉強をしている間、ヤナギもヤナギで勉強をしていた。

薬学や淑女としてのマナー教育など、覚えなければならないことはまだまだ沢山あるのだ。

次の試験でも1位をとるためには、もっと頑張らなければならない。

「ヤナギちゃーん。ここ教えてー……。カルミア様の説明、分かりにくいよー」

「悪かったな」

「いいわよ」

メリアが勉強しているのは数学だ。

前世でも今世でも、数学はどこにいってもあるらしい。

「じゃあまず、この問題文に書かれてあるここなのだけれど……」

「う、うん」

気難しい表情でヤナギの説明を聞いているメリアは、きっと難しく考えすぎているのだろう。

「メリア、ここはこんなに長い式はいらないのよ」

「え、そうなの? 」

「ええ。この式を纏めて……そうそう。それで、次はこの公式にあてはめれば……」

「解けた! 解けたよ! ヤナギちゃん! 」

「なら、良かったわ」

自分の説明が何とか人に伝わったことに、ちょっとした感動を覚える。

「ありがとうヤナギちゃん! カルミア様より分かりやすかったよ! 」

「悪かったな」

そんなこんなで勉強をしていると、生徒会に行っていたアイビーと合流した。

「遅くなってすまなかったな」

「あ、アイビー様お疲れ様です。大丈夫ですよ! 私はヤナギちゃんとカルミア様に教えてもらってましたから。……ところで」

メリアがアイビーの周りに視線を寄越すも、そこにはアイビー1人しかいない。

ブレイブとセルフとは、そもそもあまり会える機会がないのだから仕方がない。

だから、メリアが誰を探しているのかは容易に想像がついた。

この場にいない1人を思い浮かべて、メリアはため息を吐いた。

「シード様、やっぱり来ませんね……」

「まぁ、イベリスが来ると思ってるんだろうな」

「生徒会にはイベリス様いたんですか? 」

「いや、そういえば今日はいなかったな……」

アイビーとメリアがイベリスについて話すなか、状況が分からないカルミアが、ヤナギに説明を求めてきた。

「ヤナギ、シードとイベリスに何かあったのか? 」

「実は……」

かくかくしかじか。

説明を終えると、カルミアは納得したように「なるほどな」と言った。

「イベリスはあれなのか? 自己中なのか? 」

「まぁ、言い方を悪くすれば……。よく言えば、自分を大切にしている、とも言えますけど」

メリアが言うと、カルミアは教科書に目を戻した。

「なんだ。くだらん」

「へ? くだらないって……」

「そういう周りを大切に出来ない奴は、この先もそうやって生きていくんだろ。結果どうなるか。誰からも大切にされないまま終わっていくんだよ」

「……見捨てるんですか? 」

言ってから、メリアはあまり良くない言い方だったことに気づいたらしく、居心地悪そうに眉を下げた。

だが、当のカルミアは、そんなこと全く気にしていないといったように自分の意見を伝える。

「見捨てるも何も、そういうことは自分で気づかないといけないものだ。俺たちが口を出したところで何になる」

それは確かにその通りだ。

「俺はそういうくだらん戯言に付き合ってる暇はない……」

「アイビー様! アイビー様はいらっしゃいますか!? 」

すると、カルミアの話を遮って図書室に見知らぬ男子生徒が飛び込んできた。

気がついたアイビーが、男子生徒に目を向ける。

「どうした? 」

「え、ええと……イベリス・カレジが、校門前で2年生と口喧嘩を始めまして……」

「なんだと? その2年生は誰だ? 」

「申し訳ございません。僕は1年生なもので、2年生の方の名前は分からないのです。ただ……」

「ただ? 」

「金色の髪に青い瞳……。あと、シンプルな水色のドレスが非常に美しいご令嬢でございます」

うっとりと目を細める男子生徒の頬は紅潮している。

そんな男子生徒からの情報を聞いて、隣にいたメリアが椅子から立ち上がった。

「まさか……」

「メリア、誰か分かるの? 」

「うん、ヤナギちゃんも知ってると思うけど……」

ヤナギも知っている人物?

金色の髪に青い瞳。更には水色のドレス……。

「……あ」

長い沈黙の後、思い当たる人物が1人。

「行ってみよう! 」

図書室を飛び出して、校門前へと向かった。





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