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「うわ〜、気持ち良いですね! 春、好きなんですよ! 暖かいし、気持ち良いし! 特にこの芝生、最高ですね〜」

中庭の芝生スペースにて、イベリスは大きく深呼吸をしながら心地よさそうに伸びをした。

「アイビー様? 浮かない顔してどうかしましたか? もしかして、少し疲れちゃいました? 」

「え? ああ、いや……」

チラチラとどこかを気にするような素振りを見せるアイビーの異変に気がついたイベリスが声をかけると、メリアが眉尻を下げて答えた。

「気にしてるんですか? シード様のこと」

「ああ。まあな」

「シード様? どうしてですか? 何かあったんですか? 」

「何かあったのか、って……。イベリス様、後でちゃんと謝っておいた方が良いと思いますよ? 」

「謝る? どうしてですか? 」

そう言うイベリスからは、悪意が全く感じられない。

おそらく、本当に分かっていないのだろう。それが尚更、怖く感じた。

「ていうか、僕がシード様に謝るなんて、時間の無駄じゃないですか。そんなことをする時間があるなら、僕はもっと自分のためになることに時間を費やします」

「……謝ることも、自分のためになると思うよ? 」

「僕はそうは思いません」

平然と言ってのけるイベリスに、メリアはもう何も言えなくなってしまった。

諦めたわけでは無く、ただただ愕然としていた。

「それじゃあ、最後の場所に案内するよ」

アイビーも、そのことについてはもう触れずに、最後の案内へと移動した。



「ここは? 」

「花壇だよ」

最後にやって来た場所、そこは花壇だった。

ヤナギにとって、特別な場所。

今でも、ここに来ればあの笑顔が待っていてくれているのではないかと思えてしまう。

来る度に悲しくなって、温かい気持ちになれる場所だった。

「綺麗なお花が沢山咲いてますね~」

花壇には、冬にヤナギが植えたプリムラが一面に咲いていた。

可愛らしい鮮やかな色に、メリアの口元が自然と綻ぶ。

「ここは、アザレア様が管理していたんです」

「アザレア? ヤナギ様の知り合いですか? 」

「はい。とても明るい方で、旅立った時も、笑顔でした」

穏やかな顔で眠ったアザレアは、天国でも元気に過ごしているのだろう。

もしかしたら、今もヤナギの近くにいるのかもしれない。

「旅立ったって事は、死んだってことですよね? どうしてですか? 」

「赤ちゃんを産むために、です。新しい命を、出産したのです。自分がいなくなると分かっていたのに

……。とても、勇気のある方でした」

そんなアザレアといられた時間は、ヤナギにとって一生の誇りだ。

また、お墓の方に行ってみよう。

花束とお菓子でも持って、2年生になったことを報告しに行こう。

「愚かですね」

暖かい陽気には不似合いな、冷めきった声が頭上から降ってきた。

心を貫通したその声は、ヤナギの身体をもじわじわと芯から冷やしていく。

「愚か……? 」

「だってそうでしょう? 自分を犠牲にして他の人を助けるなんて、愚かにもほどがありますよ。随分と無駄な選択をしたんですね」

アザレアの行った選択に、正しいも間違いもない。

もしアザレアが赤ちゃんを産まないとあの時言っていたとしても、ヤナギ達はそれを快く受け入れただろうから。

それにこれは、アザレアが望んだ、アザレアが決めるべきことだったのだ。

彼女の選択に口を出していい権利なんて、誰にもないはず。

それなのに……。

「自分の時間を他の人に与えたなんて……可哀想」

全身を鳥肌が辿った。

心の底から、目の前にいるこの人が恐ろしいと思った。

「なぜ、そんなことを言うのですか……? 」

そして同時に、怒りも湧いた。

「アザレア様はっ……! 」

「ヤナギ」

言いかけたヤナギを、アイビーが止める。

振り向くと、アイビーは無表情でヤナギの横を通り過ぎて、イベリスの前で立った。

「イベリス」

「なんですか? 」

「もういない人間のことを、そんなふうに言ってはいけない」

「どうしてですか? だってもう、いないじゃ……」

「イベリス」

苛立ちを含んだ荒い声に、イベリスは黙った。

「これ以上は、やめろ。いいな? 」

「……? はーい」

真っ赤な瞳にも臆することなく、イベリスは変わらぬ表情で渋々といったふうに頷いた。

「ヤナギちゃん、行こ? アイビー様イベリス様、私達はこれで失礼します」

メリアがヤナギをこの場から離してくれる。

その気遣いにお礼を言わなければならないのに、あまり上手く口には乗らなかった。

「メリア、あの……」

「今日はもう、帰ろうか」

ヤナギの方を見ず、メリアは言った。

低い声からは、怒りが見て取れた。




「アイビー様、カルミア様、今日はどうしますかー? 」

翌日も、いつもの調子でイベリスはやって来た。

一緒に昼食を食べていたシードは、イベリスが来た途端さっきまでの笑みを消す。

そのまま立ち上がると、食べかけのサンドイッチを無理矢理口に押し込んだ。

「じゃあ僕、お先に失礼しますね」

「はい! シード様、さようなら」

昨日のことなんて無かったように振る舞うイベリスに、シードは小さく舌打ちをして教室から出ていった。

扉をバンッと強く閉める音だけを残して。

「すっかり嫌いになっちゃってますね」

「そうみたいだな……」

「何かあったのか? 」

イベリスが来たことで急に態度を変えたシードに、カルミアが不思議そうに尋ねる。

「それが昨日……」

「カルミア様! 次期宰相のカルミア様のお仕事を、僕手伝ってみたいです! 」

アイビーが言うのを遮って、イベリスは言った。

カルミアは一瞬怪訝そうな表情になったものの、すぐにイベリスの申し出に返事をする。

「別に。次期宰相だからといっても、今はこれと言った仕事はない。それに今日は、メリアに勉強を教えることになっているからな。仕事といえば、それくらいだ」

「カルミア様、宜しくお願いします! 」

自分の名前が出たことにより、メリアが深々とカルミアに頭を下げる。

「なら、私も教えましょうか? 」

「うぅ……。ヤナギちゃんも、宜しくお願いします! 」

人に教えることが、1番自分のためになるともいうくらいだ。

それにメリアは勉強も苦手な方だから、教えがいもあるだろう。

「カルミア様、無理しなくていいんですよ? 」

まただ。ほぼ予想はしていた。

こんな事態に、間違いなく口を挟んでくる人物。

また、不思議でならない、といったふうな人物。

「イベリス? 俺は別に無理をしてなど……」

「カルミア様は、勉学をとても大切にしていますよね? 」

「まぁ、そうだな」

「でしたら、その勉学の時間を誰かのために割くなんて、とても勿体ないことなのではないですか? 」

「いや? 教えていたら自分への復習にもなるから、俺は別にかまわない。それに、教わる人から教えてもらえることもあるからな」

昨日、イベリスも言っていたことだ。

「それはないと思います」

「何故だ? 」

「だって、カルミア様はお勉強ができるのですよね? それに比べてメリアさんはお勉強ができない。自分より下の人から教わることなんて、ないんじゃないですか? ましてや勉強においては完璧なカルミア様は、もう教わることなんてないでしょう? 」

「何が言いたいのかよく分からないが、教わることなんて、勉強以外にもあるだろう。特にメリアの場合、問題が解けなくても何度だって挑戦する心意気や、できないながらに知恵を振り絞って考え抜く姿は、賞賛に値すると俺は思っている。その姿を見る度に、俺も頑張ろうって思えるしな」

「カルミア様……」

じーんとしたようにメリアが感動していると、イベリスはますます訳が分からないと首を傾げた。

「メリアさんって確か、平民ですよね? そんな人から教わることなんてあるんですか? そういう人間性について教わるなら、もっと自分より高い地位の人の傍にいた方がいいでしょう? 」

「何故だ? 」

「なんでって、高い身分の人の方が素晴らしいからに決まってるからですよ。メリアさんなんて、所詮ただの平民でしょ? 」

ヤナギがメリアの方を見ると、目を伏せて血が出そうな程強く唇を噛んでいる様子だった。

堪えているようだが、今にも消えてしまいそうなほど小さく見えた。

「そうか。おまえは高い身分の奴ほど立派な奴だと、そう言うんだな? 」

「はい」

「だが、俺はそうは思わない」

「何でですか? 絶対僕の方が……」

「俺はおまえの考えを否定するつもりはない。そんなの、あくまで個人の意見にすぎないからな。俺には俺の意見があって、お前にはお前の主張がある。人によって考えが違うなんて、当たり前だろう? おまえの主張を、こっちに押し付けないでくれ」

ピシャリとカルミアは言った。

カルミアらしい言葉で、カルミアらしい物言いだった。

「……もうすぐ授業始まるので、僕もう教室に戻りますね」

言って、イベリスは一礼した後背を向けた。

「ありがとうございました。カルミア様」

すかさずメリアがお礼を言うと、カルミアは眼鏡に手をやって、「思ったことを言っただけだ」と言った。

「メリア、大丈夫か? 」

「はい。……少し、嫌でしたけど」

遠ざかっていくイベリスを見つめながら、メリアは低い声で呟いた。

「なんで、あんなこと……」






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