6
学園に通う生徒たちは、今頃お昼ご飯を食べているであろう時間帯。
食堂からは賑やかな声が聞こえてきており、珍しく晴れている今日は、中庭にも人の姿が見えた。
この時間は、マリーにとっての休憩時間でもある。
雑巾を絞ってバケツにかけて、やっと一区切りがつく。
「ふぅ」と息を吐き額の汗を拭うと、びっしょりとした感触に触れた。
小さい子供がこの長すぎる廊下をたった1人で拭いたのだから、当然だ。
掃除が終わったところで、マリーは自分の部屋へと戻った。
部屋に設置されている机の引き出しを開けて、目当てのものを取り出す。
綺麗にラッピングされた小さな袋は、昨日街まで行って買ってきた、兄へのプレゼントだ。
渡すのは夕方頃、騎士の訓練が終わった頃でも良かったが、早く渡して兄の反応が見たいという気持ちが先行してしまう。
どんな顔をするだろう。
驚くだろうか。
嬉しいと思ってくれるだろうか。
それとも、「こんなものはいらない」と、返されてしまうだろうか……。
いや、そんな弱気になってしまってはいけない。
ヤナギにも昨日、本当に渡してみないと分からないと言われたではないか。
顔をブンブンと横に振って、悪い想像を消す。
袋を持って、部屋から飛び出た。
騎士の稽古場へと向かう途中、いつもの人達に出会った。
「あ、マリーちゃん。どこかに行くの? 」
サンドイッチを食べていたメリアが、噴水前のベンチから立ち上がってこちらに来た。
「メリア様、こんにちは。あとあと、ヤナギ様、アイビー様にカルミア様、シード様も、こんにちは」
「こんにちは。ん? その袋は何? 」
何処に行くかを答える前に、シードがマリーの持っている袋を見つけた。
「これは、プレゼントです」
「プレゼント? 誰に? 」
次にアイビーが、誰にあげるものなのかを聞いてきた。
「ヤナギにじゃないか? 世話になっていたんだろう? 」
「違いますカルミア様。それはおそらく、私のものではございません」
「そうなのか? じゃあ一体誰に……」
「わかったー! 」
元気よく手を挙げて、メリアが口を開く。
「ジャン様に、でしょ? 」
笑顔でそう言ったメリアは、如何にも自信満々といったふうだった。
「すごい……! どうして分かったんですか? 」
「ふっふっふっ〜! それはだね〜……」
「そ、それは……? 」
メリアは、人差し指をビシッとマリーに突きつけた。
「勘、だよ! 」
その言葉に、何とも言えない雰囲気が辺りを支配した。
メリア以外の人達は皆、メリアを苦笑い、もしくは無表情で見つめている。
「勘、ですか……? 」
「そう! マリーちゃんの顔に、そう書いてあったから! 」
そこまで分かりやすかっただろうか。
心配になって顔をペタペタ触ると、アイビーがふっと笑って「ヤナギにそっくりだな」と言った。
今の行動の何処が、ヤナギと似ていたというのだろうか。
「お兄ちゃんにあげるのは、本当です……。今から稽古場まで行くところで。喜んで、もらえるでしょうか? 」
「絶対喜んでくれるよ! 」
即答で、メリアはそう言った。
「マリーちゃんがジャン様のことを想ってプレゼントするんでしょ? 喜んでくれないはずないよ! 」
「そ、そうでしょうか……? 」
「そうだよ! 」
どこからそんな根拠が生まれてくるのだろう。
でも、その言葉を聞いて、何だか自信が湧いてきた。
「あの、メリアさん……」
「ん? 何かな? 」
「他の皆様も良かったら……これを渡しに行くの、ついてきてもらえませんか? 」
実は、ちょっぴり不安だったのだ。
1人で会いに行くことによる周りからの視線や、プレゼントを渡す時の、ちょっとした恥ずかしさ。
でも、メリア達がいてくれれば、そういった不安も解決する気がする。
「うん! 勿論だよ! 」
「ああ。喜んでもらえると良いな」
「まぁ、暇だから、行ってやらんこともない」
「僕も全然良いよ〜。反応とか気になるし」
「ご一緒させていただきます」
それぞれの了承を得たところで、また稽古場に向かって歩き出した。
「そういえば、プレゼントは何を渡すの? 」
稽古場までもうすぐ、といったところで、シードがそう言った。
「ペンダント、です」
「ペンダント? 」
「はい。といっても、ただのペンダントじゃなくて……。これ、人を守ってくれる、加護? が付いたお守りだって、お店の人は言ってました」
ジャンは何が喜ぶか。
考えて考えて考えても答えが見つからなかったマリーが入ったのは、アクセサリーショップだった。
ショーウィンドウに並んだネックレスや指輪は、幼いマリーの好奇心をくすぐった。
だがこういう煌びやかなものは、ジャンはあまり興味がないかと思い店を出ようとしたところで、店員さんに声をかけられてしまった。
兄へのプレゼントを探していること、兄は騎士であることを伝えると、店員さんは少しの間悩んだ後、それを出してきたのだった。
赤い石がはめ込まれている、とても綺麗なペンダント。
そして、このペンダントには人を守ってくれる力がある、と教えてくれたのだ。
幸いマリーでも買える値段だったし、これ以上探し歩くのは疲れたため、それを購入した。
「お兄ちゃん騎士になったから、怪我とかしませんようにっていう、想いを込めて……」
「そっか……喜んでくれると良いね」
「はい! 」
シードと2人笑っていると、「ついたよ〜」とメリアが稽古場の入口前で足を止めた。
中に入るのを躊躇っていると、アイビーが先に扉をコンコンとノックした。
すると、中から知らない人が出てきた。
長い水色の髪をたなびかせた、凛々しい顔つきの青年。
「アイビー様にヤナギ……それと、皆も一緒か」
「やっほーブレイブ様。ジャン様いる? 」
「おいシード。ブレイブ相手にやっほーなどと……」
「大丈夫ですよカルミア様。ジャンか? 皆食堂に行ってしまったからどうだったか……。ちょっと見てくるな」
そう言って、ブレイブはジャンを呼びに稽古場へと戻っていった。
ちらりと中を覗いてみると、ブレイブの他に人はいないようだった。
もしかしたら兄もいないのではないかと不安になったが、兄はすぐに姿を表した。
家を出ていった時とは全然違う体格を目にすると、一気に緊張が身体を駆け抜けた。
足が少し震え始めて、プレゼントを握る手に力が入る。
「……なんの用だよ」
「よぉ」も「マリーか」も言わず、いきなり本題を切り出してきた。
でも、それは当然、当たり前、予想していたことだ。
兄はマリーを嫌っているのだから、急に尋ねてきてら、迷惑にしか思わないのは普通だ。
「あ、あのね……」
傷ついた心を覆い隠すように、マリーは必死に口を開いた。
「これを、渡しにきたんだ……」
言いながら、小さい袋をジャンの前に突き出す。
マリーなりに、頑張って選んだものだ。
受け取ってほしい。
その一心で。
「……なんだよ、これ」
「プレゼントだよ。お兄ちゃん、騎士になったんでしょ? だから、そのお祝い。あ、心配しなくても、ちゃんと私が働いたお金で買ったものだから……」
その瞬間、袋が地面に叩きつけられた。
衝撃で、袋に入っていたペンダントがガシャンと音を立てた。
急いで中を確認すると、赤い破片が散らばっている。
粉々になった、赤い破片が……。
まるで、あの日のビール瓶のように……。
わけがわからなかった。
何が起こったのか、すぐには理解できなかった。
「何してんだよ!? 」
聞こえてきたのは、怒りで赤く染まった怒声だった。
びっくりして兄を見ると、睨む瞳とぶつかった。
「やっと給料貰えたんだろ!? だったら、家に送らないと……っ! こんなもん買ってんじゃねぇよ! 」
「ご、ごめんなさ……」
「待ってくださいジャン様! マリーちゃんは、ジャン様に喜んでもらいたくて……! 」
「いいんです、メリア様」
止めた声は、掠れていて、本当に発したのかを疑うほどだった。
「もう、いいんです……」
掠れた声が、震えて、涙の混じった声に変わる。
震えていて、情けない声へと変貌する。
「ごめんなさい、お兄ちゃん」
袋を拾って、マリーは稽古場を出た。
「マリー様! 」
後ろでヤナギの声が聞こえた気がしたが、構わず歩き続けた。
泣いていた。
ボロボロとこぼれ落ちる涙を見られたくなくて、マリーはひたすら前を向いた。
無理矢理、向き続けた。
兄は、喜んでくれなかった。
想定していたことなのに、それがひどく悲しかった。
「なんで……? 」
マリーはただ、兄に喜んでほしかっただけなのに。
また、兄の笑顔を間近で見たかっただけなのに。
それすらも、もう叶わないのだろうか。
「ふっ……っ」
もう、ここにいたくない。
何処か遠くへ行ってしまいたい。
今は、1人になりたかった。
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