7
それからシャーミィはその『白椿』という宿で働く事になった。背の低いシャーミィがちょこちょこと動き回り、拙い言葉で接客をする様子に宿の客たちは思わず笑みを浮かべるほどだった。
女将は見た目がか弱いシャーミィに力仕事をやらせるつもりはなかったのだが、シャーミィは思ったよりも力が強かった。
シャーミィは魔物であるので当たり前であるが、シャーミィが普通の子ではないと思っていいたとしても魔物とは思っていない周りはそれに大層驚いたものである。
シャーミィはとても力持ちだ。それでいて自分が強いということを誰よりも理解しているのもあって、何時でも余裕な表情を浮かべている。
無邪気に笑って、一生懸命。最初は言葉が通じないと敬遠されていたシャーミィもすっかり宿の人たちと仲良くなっていた。
言葉が完全に通じているわけでもない。だけど聞き返したとしても、シャーミィは愛らしい見た目をしているので許されているといえるだろう。多分、可愛くもない者が何度も聞き返せば苛立つものもいるだろう。可愛いというのは一つの武器なのであった。
シャーミィは自分の見た目から自分が得していることを働くうちに理解していたので、こういう見た目で良かったと心から思った。
(しかし私の本来はミミズやし。こんな見た目になるのって前世の影響なんかね。それとも私がそういう見た目で想像したからかね)
どういう理屈で、魔物であるシャーミィが人の姿に変化出来るのかシャーミィ自身にも分からない。
でも魔力によって変化するのであるなら、やろうと思えばもっと大人びた姿になれるのだろうか? ともシャーミィは考える。
しかし急に体を変えるのは周りに自分が人ではないとバラすことになる。それに姿を変えようとして、人の姿から人の姿に変えられるのかシャーミィには検討もつかなかった。もしこの場で本来の姿になってしまったら大変なことになる。
シャーミィは周りが言うほど自覚は出来ていないが、本来の自分の姿がどれだけ恐怖されているかは分かっている。だからこそ、本来の姿を人前で見せるわけにもいかないことも分かっている。
シャーミィはそんなことを考えながら、せっせと布団を運んでいる。シャーミィの顔よりも高く積まれたそれ。それなりの重さのある布団を悠々と抱えているシャーミィは視線が隠れているというのに一切足取りに不安はない。
それは周りの情報を目以外でも感じられるのだ。というより、元々のミミズ姿のシャーミィには目も耳もないので、他の情報からシャーミィは周りを確認できるのである。
そう考えると、人の姿に変化して現れた目や耳はある意味お飾りともいえるかもしれない。魔物であるシャーミィは魔力を通して、風景を見て、周りの音を聞いている。人型の時は、目で前を見るということは出来ているが、見えなくても事足りるのであった。
「シャーミィは力持ちだね、凄い」
「うん」
褒められ、頭を撫でられてシャーミィは笑う。
嬉しくなって、「すごかやろ?」と日本語をしゃべりそうになるところを、なんとか異世界の言葉で返事をする。流石に日本語で返事を返せば変に思われてしまうだろう。
土の中から這い出てきて、少しずつこの世界の言葉を習っているシャーミィ。短い間でも、日本語をしゃべることをやめてしまえば、日本語を忘れてしまうだろうかとそんなことも思う。
この世界の言葉をしゃべれることは嬉しい。土の中でずっと生活していたからこそ、誰かと関われることが嬉しい。シャーミィはそう思っているが、いずれ大切にしていた言葉を忘れるのは悲しいと思うのだ。
(だからこそ、余計に私にとってマサルは特別なんかもしれん。たった一人、地球のことを知っとる人。やけん余計特別に思っとる。マサルは言語チートがあっけん、そんなことないだろうけど。うん、私だけがマサルに片思いしているような感じか)
シャーミィの片思いのようなものだ。そう思い至るとシャーミィは面白くなって、思わず笑ってしまった。
見た目は小さな少女に見えるとはいえ、シャーミィは三百年以上の時を生きた魔物である。そのシャーミィが、ずっと年下の人間と共に居ようとしている。その事実が自分で愉快だったのだ。
(――ふふ、マサルが嫌がってもついていかんとね。折角会えた同郷やもん。マサルは私が言葉を覚えて、それでもついていきたいいうならよかっていいよったもん。だから、それを示す)
魔物であるシャーミィは、言ってしまえば人の世界に馴染む必要は全くない。人の世の中で、人のルールの中で生きる必要は全くない。
シャーミィはやろうと思えば、自分で自給自足して、お金なんて使わない生活は出来る。そもそも人の姿になりさえしなければ、ただの魔物として土の中で生きていける。
だけど、シャーミィは人と共に生きたい。そう望んでいるから、だからこそ働いて、人の世の中で生きることを選んだ。
(がんばらんばね!)
そんな決意を胸に、シャーミィは一生懸命働くのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます