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「や、やっと追いついた」
「マサル、おそかよ! 私、まだ長文で話しかけられると何て言われてるかわからんけん、通訳して」
「あー、了解」
息切れをしながらもマサルはシャーミィの言葉に頷く。
そして女性の方を見る。この場には女性以外にも、二人ほどの人間がいる。それは倒れていたものの死んではいなかった冒険者らしき男と、馬車の中から出てきたひょろっとした細い体を持つ男性である。
「大丈夫ですか? 悲鳴が聞こえてきたようですが」
「ええ。貴方はこちらのお嬢さんのお連れ様でしょうか。この子がやってきた後、理由は不明ですが、魔物が逃げていったのです。そのおかげで助かりましたので、ありがとうございます。ところでこの子は言葉が分からないのでしょうか」
「そうなんですか。魔物が逃げたという事で良かった。俺はマサル、この子はシャーミィです。シャーミィは言葉が少し不十分なのです」
「まぁ、そうなのですね。私はラド。この先の街へ商売をしに行く所でした。マサルさんとシャーミィさんはどちらに?」
女性はラドと名乗った。商人を生業にしているようで、この先の街に向かっているという話だった。その女性は豊満な肉体をしているのもあって、マサルはそちらをちらちら見てしまっている。
「俺達も同じ方向に向かう予定です」
「まぁ、なら、ご一緒しませんか? シャーミィさんのおかげでこうして私達は無事だったので、お礼をしたいのです」
「は、はい。是非」
鼻の下を伸ばしてしまっているマサルに、シャーミィは少しだけ冷めた目を向けてしまった。そしてラドの胸と、自分の胸を見比べて、何とも言えない表情を浮かべる。
シャーミィは童顔で、その胸は慎ましいものだった。
(確かに私はあがん胸なかもんね。……やっぱり男の人ってああいう大きか胸がよかとかね? 別にマサルの事好きとかじゃなかけど、何か、面白くない)
何だか面白くない――そんなことを考えるシャーミィである。
「あの死体どうすっと?」
話を変えるように、切り捨てられて命を失っている御者の男の方を指さす。
ミノタウロスに切断されてしまった御者の男は、もうその命を儚く散らしてしまっていた。
マサルはようやく死体に気づいたらしく、顔色を悪くしている。日本は比較的平和な国なのもあってこうして死体を間近で見る事はまずない。
死というものはマサルにとっては身近なものではないのだ。
こうして生物が殺されるという現場をマサルは日本で見た事はなかった。
それに対してこの世界の住民であるラド達は、人の死というものに日本人よりはなれている。そもそも、この世界には魔物という危険な生物が存在しており、街の外に出ればその危険性にさらされるのは当たり前の常識である。
どれだけ整備された街道であろうとも、魔物が現れないとは言えない。それどころか街中であろうとも、魔物という脅威が蔓延っている。この世界はそういう危険な世界なのだ。
この世界で証人として生きているラドは、街の外を行き来し続けている。
だからこそ、テキパキと指示を出している。
「では、その死体は魔物を寄せ付けないように埋めましょう。彼の家族へは遺品を持っていきたいので、遺品の回収はお願いします」
「……こ、この場で埋めるのですか? ご家族の元へ連れていくとかは」
「死体を馬車に乗せたまま移動する気はありません。それに彼の家族のいる街はここから遠く離れています。そこまで死体を持ち運ぶとなると魔物が寄ってくる恐れがあります。死体を入れられるような《アイテムボックス》もありませんし、埋めるのが一番です」
「そ、それなら俺――」
「マサル‼」
ラドの言葉に対し、何かを言おうとしたマサルをシャーミィは止めた。そしてマサルを呼び寄せる。
「マサル、今、《時空魔法》の事言おうとしよったやろ? それは駄目」
「何で……」
「何でじゃなか。駄目に決まってるやろ? そういう力を見せびらかしたらきっと大変よ? ちゃんと考えんと駄目に決まっとる」
マサルは相手がか弱そうな女性であるという事もあって、油断しきっているようだが、目の前の人間がどういう人間なのか定かではない。それでいて商人という立場ならば、利益を何よりも優先するかもしれない。
ラドが《時空魔法》の使える人間を利用しないとは限らない。
マサルは人の死を身近に感じて、簡単に《時空魔法》を使えると告げようとしたのかもしれないが、どちらにせよ不用心な申し出だった。
そもそも前にシャーミィに《時空魔法》のことを他の人に言わないようにとその口で言ったことを忘れているのだろうか? とさえ思う。
「……でも」
「でもじゃなか。この世界で生きていくんやろ? マサルは強くなか。利用されたらどうしようもなかやろ? 飼いつぶされる可能性もあるんやけん、しゃきっとせんと」
「……わかった」
マサルも動揺しているのとラドの見た目に油断してしまったが故の発言だったので、シャーミィから理由をきちんと聞ければ納得して頷いた。
シャーミィにしてみても、折角出会えた日本を故郷にしている同士が大変な目に遭うのはどうしても避けたかった。
(……最悪、私が頑張ればマサルを助ける事は出来るやろうけど。もしそういう事になるんやったら敵は殺すことになるやろし、そうならん道に進むのが一番かもしれん。私がそういう存在だって知られたら面倒やもん)
シャーミィは、最悪の場合、街を滅ぼすことさえも出来る。でも、それはあくまで最終手段である。その場ではどうにかなるかもしれないが、その後は大変なことになってしまうだろう。
シャーミィはマサルが納得してくれた事に、ほっとする。
そしてラドの方へと視線を向けた。ラド達は死んでしまった男を土に埋める作業をしている。ラドはこういう事に少なからず慣れているようだ。青い顔をしながら手伝っているマサルに比べて、ラドが平然としているのもその証である。
悪い人ではなければいいがと考えながらも、シャーミィは出会ったばかりのラド達の事を警戒している。シャーミィ一人だったのならばこんなに警戒はしないが、シャーミィはマサルと共に旅をしているのだ。マサルの事も考えて、シャーミィは警戒心を怠らないようにしようちとしている。
だから、一緒の馬車に乗ってもシャーミィは表面上はにこやかにしながらも、ラドに対して心を砕いてはいなかった。
「マサルさんとシャーミィさんはどういった関係なのですか?」
「同郷の者なのです。そのよしみで共に旅をしているのです」
「まぁ、そうなのですね。同郷だからといって家族でもない方と二人で旅をするなんてマサルさんはとてもやさしい方なのですね」
ラドは笑みを浮かべてマサルに話しかけている。明らかに子供であるシャーミィよりも、大人であるマサルと話す方が楽しいのだろう。そもそもシャーミィはマサル以外の言葉が分からないわけであるし。
マサルも美しいラドに話しかけられ、デレデレしてシャーミィのことを若干放置しがちだ。
(それも仕方なかね。私はマサルとしか言葉通じんし。でもマサルは誰とでも話通じるんやもん。それに私は魔物やけど、マサルは人間だし。うーん、とりあえず子供じゃなかけん、困らせたくはないから黙っておくか)
子供扱いされてしまうシャーミィだが、精神年齢で言えばずっと大人なので、大人しくしていくことにした。一番良いのは眠ることだろうということで、瞳をとじながらのんびりと馬車に揺られる。
その間にマサルが《時空魔法》のことを言わないようにと気にかけてもいた。眠っているとはいえ、仮にも魔物なのでもしマサルが《時空魔法》のことを言おうとするなら止めようとしていたのだ。
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