悲鳴のした方向へとマサルが先に駆け出したわけだが、身体能力がシャーミィよりも低いマサルは即急にシャーミィに追い越されてしまっていた。走るのも何もかもシャーミィの方が速いのだ。



 そして駆けつけた先でシャーミィは、ミノタウロスのような魔物を見る。その前には、馬車があった。

 馬車のすぐ傍には、人が転がっている。護衛の冒険者だろう男と、御者だろう男である。惨たらしいことに一人は上半身と下半身が切断されていて、明らかにその命を失っていた。


 



 ミノタウロスは斧を手にしており、今にも馬車を破壊しようとしていた。その斧で馬車が攻撃を受ければ、まずもってして生きているものはすぐに死ぬことだろう。

 地上に出てきてまもないシャーミィでもそれは分かった。


 シャーミィは魔物生活の中で、死に対しての感覚が軽くなっている。目の前で人が亡くなったとしても親しい者ではなければ動揺はしないだろう。ただし、目の前で人が死ぬのを見て喜ぶという性格もしていない。



(……あのくらいの魔物、どうにでもなるし、やらんばね)



 シャーミィは、はぁと一つため息をついて、地面を蹴った。



 このミノタウロスの事を殺さなければならないだろう。そして殺してしまえばきっと怯えられて面倒なことになるだろう。

 そう考えながらミノタウロスを一瞥する。

 普通の少女ならば、ミノタウロスを倒せるはずもない。早速目立ってしまうことは間違いないだろう。



 しかし、シャーミィが想像しているような戦闘は行われなかった。何故なら、ミノタウロスはシャーミィの視線を感じた瞬間、怯えた。

 シャーミィを見て目を見開き、慌てたようにその場から走り去っていったのだから。


 明らかにシャーミィという――自分よりも高位である魔物、《デスタイラント》を前に恐怖したとしか言えなかった。



(魔物が逃げた。……私、魔物に逃げられるような存在なのか。うーん、それはそれでびっくり。便利と言えば便利だけど)




 シャーミィは拍子抜けした気持ちになりながらも、マサルの前で魔物と戦わずに済んだ事に対してほっと息を吐く。



「ま、魔物が逃げた? どうして。でも、良かった」

「あああ! 生きていられた!」



 ほっと一息つくシャーミィの耳に直後響いたのは、ミノタウロスに襲われていた面々の声だった。

 彼らは一様にして、自分の命が長らえた事を喜んでいた。中には神に祈りをささげる者もいる。

 正直シャーミィはこの魔物生活の中で、神様というものを信じていないので、不思議そうに祈る者達を見る。そもそも言葉も正しく理解できていないので、何かブツブツ言っている人としか思えないのだ。



 シャーミィはずっと地中で過ごしてきたのもあってミノタウロスがどれだけ危険な魔物であるのかは把握していない。

 とはいえ、これだけ安堵の声を上げているという事はそれだけ危険な魔物であったのだろうと結論づける。



(そんな危険な魔物が私を見たらすぐに逃げていくって……やっぱり、私がそういう存在だってばれないようにした方がいいかなぁ。私がそこまで危険な魔物である事を知られたら、美味しいものを食べるためにぶらぶらすっと難しかかもしれんし)



 そんな思考をしていたシャーミィに、馬車の中から出てきた人物が声をかける。軽装を身に纏った茶髪の髪の女性は、ほっとしたように言った。



「あの、助かりました」

「お礼は、いらない」




 お礼を言われてもシャーミィからしてみれば、ただ一瞥したら勝手に魔物が逃げていっただけなのでお礼を言われるほどの事をしていないといった認識である。

 はいえ、この世界の言葉をまだ少ししか話す事が出来ないシャーミィはどんなふうに彼女の言葉に答えていいのか分からなかった。



「それにしても魔物はどうして逃げたのでしょうか」



 不思議そうに女性が告げる。長文だとまだ何て言っているか理解が難しいので、シャーミィはその言葉をうまく聞き取れなかった。思わず無言になるシャーミィに、女性は困ったような表情をした。


 そんな中でようやくマサルがシャーミィに追いついた。




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