第8話 「敗北宣言」


「———ウェッ、オホッ!?」


 テレビを観ながら寛いでいたサリエルが喘いだ。

 エリーシャも同様、食べていた煎餅の咀嚼をやめる。


 人の家で誰もかもが好き勝手している空間で一人だけトランプタワーを完成させようとしていた俺は、サリエルの変な声のせいでかなり派手めに驚いてしまった。


 拍子でトランプタワーが崩れた。


「オイ、未来。異形の気配を感知したぞ」


 リモコンでテレビを切り、怪訝そうな顔で白鼠の方に振り向いた。


「はい、了解しました」


 特にこちらには何がどうしたか説明しないまま白鼠は急ぐように玄関から飛び出していってしまった。


 取り残された俺は、ゆっくり支度するエリーシャに目を向ける。


「もしかして俺も出撃しなきゃいけないパターンなのかな……」

「なに弱気になってんのさ、当然でしょが」


 安全第一に夜を過ごしたかっただけなのに。

 異形の発生した現場に自らむかっていくなんて、どんな精神の持ち主なんだよ。


 乗り気じゃない俺を見て、エリーシャがムッとする。


「憑依体がいなきゃ偉霊は機能しないしさ」

「不機嫌になるなって! 分かったよ! 行けばいいんだろ行けば!」


 忘れずに玄関の鍵をかけてから、白鼠を追うように全速力で走る。


 エリーシャがナビ役をしていてくれるから広い街中でも迷うことはないが、そこに着くまで体力が持つかが問題だ。


 ハッキリ言おう、運動系は苦手だ。

 100メートル地点でもうバテてしまい、全速力がジョギングになってしまっていた。


「ほんと鍛えた方が身の為だね。戦場は武人ばかり、極めなきゃ死ぬよ」

「昨日から暇がねぇんだよ………どうせ鍛えたところで次の日、筋肉痛になって逆に足手まといになっちまうかもしれねぇし」


 先行していたエリーシャが立ち止まる。


「———私もいちいち皮肉を言いたくないし、ちょっとばかし早いけど憑依するか」


 彼女に触れられ、意識が精神の真空に沈む。






 ———





 イギリスで会得した疾走術『エピタキンシ』を用いて、狭い裏路地など駆け抜ける。


 サリエル曰く、敵が徐々に強大となっているため猶予があまりないらしい。

 人目のない暗い裏道に緑色の閃光が眩く、瞬時に通過する。それぐらいの速度ではないと一般人に目撃されてしまう。


 噂程度ならかまわないが、夜の戦いが不利になるのはなんとか避けたいところだ。



「のぉ、未来よ。余達だけで出撃して良かったのか?」

「問題がお有りでも」

「感知した気配は単体ではない。数体が固まって活動をしておる。しかも場所は奴らの得意とする山岳じゃ」

「ふんっ、彼の魔王様であればその程度の逆光どうとなる問題じゃないですか」

「お主が自慢げに言うてものぉ……」


 サリエルさんが不安がる理由もある。


 単純に彼女と私の相性が悪く、憑依自体どちらも順応しきれていないのだ。


 それが例え、高位の偉霊だろうと憑依体との相性が完璧でなければ本来の力や技術が発揮できない。


「到着。サリエルさん頼みましたよ」


 山路の出入口には立ち入り禁止の看板が立てられていた。これを見て、どれだけの人が侵入を試みるのか。


 探究心を仰ぐから犠牲者がでるというのに。


「フハハ、言われずともそのつもりぞ! さぁ余と共に今宵の戦場を楽しもうぞ!」


 サリエルさんが手を握ってきた。

 か細い手だ、それに冷たい。


 本当に半分だけ蘇生しているのかも疑わしいほどである。


 しかし彼女に憑依されれば、その体に宿る圧倒的なまでの技量が私にも感じ取れるはず。


『サイド・オブ・アルカディア』


 詠唱の末に、憑依の儀式が完遂された。

 私の身体が完全にサリエルさんへと塗り替えられる。


 わざわざ山路をつかって登るのも手間だ、偉霊の跳躍力を利用すれば山岳地帯であろうと瞬時に頂上の到達は容易い。


 五感の中では、サリエルさんの視覚と聴覚と嗅覚だけが共有している、感知している敵の居場所も分かる。


 森を抜けた先には一軒、和風の古びた屋敷があった。


『あの建物から気配が直接漂ってきます』

「ああ、確実に棲みついておるわ」

『どうしますか、慎重に……」


 ニヤリと微笑するサリエルさん。


 慎重という二文字などこの魔王には無い。破壊活動の根源たる生物が下級のような回りくどいことをするなど片腹痛いわ、と言ったような気がする。


「おっしゃーー!! 手加減無しよなーー!!」


 立ち止まった場所からは動いていない。

 ただ、勢いよく手を振り下ろしたサリエルさんの動作に反応するかのよう、夜に染まった天空から一閃の超圧力光線が屋敷に落下した。


 雷よりも素早く、大規模な爆撃は屋敷だけを焼却するという範囲には留まらなかった。


『これが………魔王サリエルの力………』


 一面の森が、まるで隕石が降ってきたかのような更地へと変貌を遂げ、その様に憑依体である私も驚愕を隠しきれなかった。


「チッ、勘付かれておった」


 すぐに更地の周囲を見渡す。


 敵が爆発の合間に分散して逃げたということも気配で見抜いていた。

 下位の異形であれば反応はできない。


 つまり反応ができたということは奴等はすでに、私達が森に侵入していたことを感じとっていたのか。


「手間じゃが余も偉霊の端くれじゃ。このまま逃す気は、毛頭ない」


 開けた手の中に靄がかかる。

 それが次第に何かへと形成を始めた。


「月の異形? ハッ、笑わせてくれる。月の所有者たる余の許可も得ずに有象無象を蹂躙するとは愚かな心構えじゃ! その腐敗した根性を余が徹底的に焼き払ってくれる!」


 顕現したのは三日月のような半円状の刃。

 サリエルさんは凶悪な瘴気を纏った大鎌を携えた。


 いつしかの亡き友から譲り受けた天の来訪者を断ち斬る漆黒の刃は、魔王に生まれ変わってもなお所有が許されていた。


 現世してまた自分の手の中に残るとは、彼女自身も愛おしいほど嬉しい奇跡である。


『………撤退していない、何かを運んでる?』


 姿を森へと潜めた異形が三体。


 その中、二体だけがこちらに接近してきていた。

 もう一体は生命反応のあるなにかを担ぎながら、私達のいる反対側へと逃げている。


「考えるのは後じゃな!」


 サリエルさんの所業で更地になった広場に、片方の一体だけが飛び出してきた。


 人型に近い、四足徒歩の異形だ。


 高さは三メートル超え、体格は思ったより筋肉隆々である。しかし皮膚の表面は地下水のドロっとした下水のような水々しいものだった。


 真っ直ぐに突進される。


 下位であれば大したことはない。そう思った矢先に受け止めた瞬間、重々しい衝撃が一気にのしかかってきた。

 踏み込んだ足が、土をえぐりながら後方へと押し返される。


「小癪な異形が!」


 突進を横へと弾き、大鎌で異形の側面部を切りつけた。夥しい量の黒い液体が周辺に撒き散らされる。


 魔王の前では敵は脆い羽虫と変わらない。

 サリエルさんは自分の力の強さに酔いしれ胸を張った、ところでもう一体が月を覆い隠すように上空から降りかかってきた。


 腕だけが無駄に太く、直撃は大ダメージだと悟ったサリエルさんは踊るかの如くに回避してみせた。

 異形が地面を叩きつけ、そこに亀裂が広がる。


 硬直したところを見計らい、異形にめがけて大鎌を放り投げる。


 勢いよく曲線を描きながら回転する大鎌が異形の両腕を切り落とした。


「イタイナァ……」

「ほいっと、退散」


 異形の頭上へと飛びあがり胴体を捻ったサリエルは、見た目以上の力で脳天めがけて蹴り下ろした。


 生命活動で最も重要な部分を損傷した異形は立っていられるはずもなく、地に伏した姿勢のまま動くことはなかった。


「余の華麗なる惨劇に酔いしれておる場合ではないようじゃの、この短時間だけでもう一体が山を抜けそうじゃ」


 異形が町に出たりしたら目撃者にも被害が及ぶかもしれない、犠牲者を出さないのも私達の役目である。


「じゃが追いつくことができぬ距離ではあらず!」


 それでも深く考えないのが私の偉霊だ。

 間近で披露されたセンスの高い戦闘能力には唾を飲みこみ、絶賛するしかない。






 ———






 やっとのことで追いついたと思ったら、そこはすでに更地だった。

 化物の死骸が二体、無残に転がっている。


「相変わらずあの魔王は加減を知らないんだよねー」


 呆れ果てた表情を浮かべるエリーシャ。


『ああ、地形まで変えやがったぞ……』


 更地には、一際目立つ大穴が中心部にあった。


「融通の効かない奴だから。いくら山の中でも周りの目を気にせず派手にやってくれたよ」


 憑依でエリーシャと一心同体となっても心が文字通りに通じ合うというわけではないが、今回だけは同意見である。


 もしも、サリエルと剣を交えたらと考えるだけで背筋が寒さに包まれた。


「臭いはまだ新しいから、まだ遠くには離れていないと思うけど………なんだが気配が弱いな」


 エリーシャは焦げた臭いで推測してみせた。


 沈黙して感知に集中する。

 サリエルほど周囲の気配を探れるわけではないため、試験中の受験生ぐらい頭を使わなければならなかった。


「…………あっ」


 吉がでるのか凶がでるのか。

 間もなくしてエリーシャの口から答えが告げられた。



「———残された異形一体を相手にサリエルの生命反応が衰えてきてる!

 多分だけど、早く助けにいかないと白鼠も含めて二人とも死んじゃうかもしれない!」


 そこには簡易など無いという、戦いにおいての現実に引き摺りこまれた。

 覚悟がまだ出来ていない。


 この気持ちを知らずエリーシャは当然のように、魔王ですら苦戦を強いられた『星の遺物』の元へと急ぐのだった。



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機械仕掛けの運命ー現代日本に転生した女勇者や女魔王、英雄を率いて滅びゆく世界を救済するー 亜原 雄介 @Abaraki123

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