第7話 「序盤の夜」



 人は生涯、幸福と不幸を何度味わうのだろうか。

 私はそんな疑問符を人生の中で時々思い浮かべたりしていた。

 生きることは素晴らしい。

 それは命は愛おしいぐらい尊いものであるから。


 当時の幼い私はまるで哲学者、ローマの画家のような思考を持ち自問自答をしていた。

 通っているのはイギリスの学院。

 魔術を専門にしている授業で、世間では知られていない分野を現に至るまで学び尽くした。


『白鼠家』はイギリス王族の分家と言ってもいい立ち位置の上級貴族であり、なにからも優遇されているため学院内でもスクールカーストの上位に私は君臨していた。


 父上は白鼠家の当主であり魔術学会の会長でもある。現代社会の思想を混合させた魔術思想が生まれるようになり、父上はそれに精通した分野を広めようと学院に訪れてきては講師として生徒たちにも自分の考えを定着させようとしていた。


 そのおかげもあって、イギリスでも新時代の魔術が浸透をし始めたのである。


「日本に来たのも、監視をついでに新生な魔術を拡散させるためです。古き文化に拘ることを辞め、新たなステップを踏みだす必要があることを知らしめなければなりません。かつての極東も外国人が来航しなければ発展は無理に等しかったでしょう」


 彼女の話す通りなら、密かに限られている者にしか魔法という概念が根付いていないというのか。


「けど状況が変わった。異形の発生地域、座標がどの位置にあるのか、最高の現代技術であろうと観測ができなかったのです」

「えっと、それはつまり」

「あなたは知らないかもしれませんが。常に何ヶ月も前から異形と呼ばれる化物が極東に蔓延っていたのです。なぜかって? イレギュラーだったから」

「イレギュラー?」


 純粋な疑問を口にする。

 白鼠は辛辣そうな表情をしながら答える。


「魔術学会はエリーシャさんやサリエルさんのような偉霊を過去から多次元空間まで召喚を可能とする方法を何千年もかけて完成させたのです。しかし、学者は北東方の歴史が浅い地域に異形が侵攻してくるのではないかと推測を立てたのです。天地開闢から続く古事記という有名な神話を持ち合わせる極東である日本。長い歴史だけあって魔術士が好むとされる魔力が潤沢にあるのです。魔術士は異形の敵であり不利になる場所には降り立ってこないと思われていた……けど」

「ああ、大体は理解できたぞ。つまり簡単に言うと魔術士たちが異形どもの対処のために偉霊を召喚する技術を完成させた。特にこっちが有利である日本にやってこないんじゃね? って視野外にしたせいで化物が現れた途端、すぐに対応ができなかった。そう言いたいんだよな?」

「エクザクトリー《そのとおり》」


 英語検定すらとれない俺に英語はちょっと。


「飲み込みの速さだけは認めましょう。それでも後入りしたあなたを心底から侮蔑してますから」


 打ち解けるどころか、なにも変わってない。

 カップ麺からの不機嫌さが改善しているように見えたが、汁をすするだけで白鼠は変な笑顔を見せていた。それが膠着したまま、いまでも目の前で意味深な笑顔を浮かべ続けていやがる。


「とことん性格がお嬢様なんだな」


 皮肉で言ったつもりだが、白鼠は腕を組んだまま反応を示さない。


「金持ちだからって人を見下すのも大概にしろよ。さっきお前の残したカップ麺も200円もするし勿体ねぇんだぞ」

「たった200円、捨てても問題ないでしょ?」


 捨てた、ほとんど開封した状態のやつを捨てるか。


「はぁ? お前が食べないから、代わりに俺が食ってやったんだぞ………」


 言葉の句点より素早く、平手打ちが頰に炸裂した。

 白鼠の仕業であることは少しだけ開いた瞼の間で確認することができた。


「ってぇな! 何すんだよ!?」

「———こっちの台詞ですよバカッ!」


 鬼の形相で睨み付けられる。

 踏み入ってはいけないゾーンに侵入してしまった、白鼠が発する怒気でだけ自分がなにか良からぬこと働いてしまったことを理解した。


「人の食べかけを口にするだなんて最低! しかも高気な私の口のつけたものを一般風情が嗜むだなんて変態の極み! 死ね! 死んでくださいー!!」


 人様の自宅であることすら忘れたのか、そこらに置いてあった食器やらを全力で投げつけてきた。

 エリーシャたちに助けを求めるも、どこか微笑ましい様子で見守るだけで助けてくれるなんてことはしてくれなかった。







 ————






 白世市、都市部から離れた山中には噂があった。

 訪れる者が夜な夜な行方不明になる。走っていた車のフロントガラスにヒビが入り事故が起こった。

 獣のような唸り声が木霊した。


 度重なる説明もつかない現象によって、地元に住む近隣住民は幽霊の仕業やら神様の仕業やらと根拠のない噂を広げられ『黄泉山の呪い』と呼ばれるようになった。


 心霊スポットとして肝試しする者が続出するようになったが、面白がって侵入をした者たちは実際にその姿を消していたという。


 そして今宵、その山道に複数の若子が面白半分に肝試しをしようと山の中部を目指していた。

 夜は周囲の色覚が困難となるため電柱が設置されているが、森の周辺のみ照らしているため中に侵入するとなると懐中電灯は必要必須である。


 しかし、子供らは所持しているスマートホンのライトを利用しようとしていた。


「なぁコータ、お前のスマホの充電やばくね?」

「いいのいいの、どーせ何も出る気がしないしすぐ帰っちゃうかも」

「逆にでてきたらどーするんだよ」

「そりゃ、こっちは集団だし袋叩きにしようぜ。化物たって多勢に無勢じゃんか?」


 軽口で言い合う子供たちは、なにを恐れることなく森に侵入をしてしまった。

 そこで待っている存在を知らずに好奇心を優先するのが、幼い者の基本本能である。


 しかし、森の中を歩きだして5分後。

 少年の一人が青ざめた顔をしながら立ち止まったのである。


「おい、どうしたんだよリョタ、置いてくぞ?」

「ま………待ってみんな、た、助けてよ」


 冗談であると小馬鹿にする子供たち。

 肝試しの定番は同行している者たちを驚かせること、世間一般では悪戯であると笑い飛ばすのだが。

 突如と少年の腹部から飛沫あがる赤黒い雨に、この場にいる誰もが顔を引きつらせた。


「………あっ……あっ……だから……言ったのに」


 眼前には、黒い杭のようなもので貫かれた友人が苦しみながら絶命していく光景が広がっていた。

 その背後には世の中で最も悍しい存在が、顔に付着した返り血を舐めながら声を発したのだった。




「————タベテモイイデショ?」

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