第6話 「カップ麺と令嬢」
「偉霊様に失礼ですよ」
夕暮れの住宅街でサリエルの憑依体と並んで歩く。
やはり同じ高校を通っている人物だった。
肩に届くかないぐらいの長さの緑髪。平均より身長の低い子だ。ハーフなのか容姿が西洋寄りである。
どうやら帰国子女らしく、時々でてくる外来語が綺麗だ。
「偉霊様ってなんだ?」
「あなたとご一緒にいる方ですよ。とっても高位な存在だから礼儀正しく接しなきゃダメですよ」
「えーそんな大層な身分じゃないよー」
否定しつつエリーシャは嬉しそうににやけていた。ずっと憑依してくる何かと思っていたけど、彼女のような存在にちゃんとした正式名称が命名されていたのか。
「事実ですよ。かつて世界を救った英雄を間近で拝めれるだなんて、栄光でしかありません!」
「大げさだよ。世界なんか救った覚えなんてないよ」
「しかし歴史上では勇者エリーシャは兄である魔王の子と悪の根源を根絶したと綴られていましたよ!」
まるで話が噛み合っていないのか、彼女が誇らしく語るエリーシャの英雄像にエリーシャ自身が驚いたような表情を浮かべていた。
「そんなことあったけな………長い眠りのせいで記憶が混濁してるかも」
二人にしか分からない会話をしないで欲しいんだが。
エリーシャの過去を知っているだなんてまさかこの子、違う世界で生きているのか。
たとえば魔法使いや、オカルト関連の組織とかだ。
「なぁ重要なことだから聞くけどさ」
エリーシャと話すときの楽し気な彼女の空間をぶち壊すように割り込む。
「いま世界が危機に陥っていることは耳にタコができるほど理解したつもりだけどさ、もしかしてお前なにか関係してる立場なわけ?」
気分を濁したのか、彼女から向けられる視線が痛い。
「情報の秘匿も含めて私の役割なのですが、あなたの境遇では仕方がないですね」
ため息をこぼす後輩女子。
響きがいいな、皆が憧れるわけだ。
「ふふ、可哀そうなので話してあげましょう」
「誰が可哀想だ。生意気な奴だな」
「あなた個人の感想はさておき。エリーシャさんのような偉霊がこの世に現界しているのは、私の家系が所属している裏組織が暗躍しているからです」
彼女の厨二的な発言によって通りすぎようとしていた老人が振りかえってしまう。それを察してか、用心浅い自分に気がつき後輩女子が口を塞いだ。
「その一員でもある私『
力づくで辞退させるって恐ろしいことを言ってのけたけど、『白鼠』といえばこの町『白世』で最も有名な資産家じゃないか。
海外の古い習慣を維持し続けたイギリス最古の王族。その血統が、日本にも上陸してきたニュースが十年前話題になったていたじゃないか。まさかその娘が同じ学校に通っていただなんて。
学内での情報は拡散されやすかったけど俺の場合は単に『興味とは程遠い』ものでしかなかったから、いつの間にか記憶から抹消された話題なのかもしれない。
「なんですか、その阿保みたいな顔は。いまさら驚いて馬鹿じゃないですか?」
「金持ちの令嬢だけあって先輩に対して敬いとか無いんだなオイ」
「中学まではヨーロッパにいましたからね。日本の文化や習慣、作法がまだ身に定着していないのです」
いくらヨーロッパが他人にフレンドリーだと言われても、初対面に対して率直な暴言は心が痛むことを彼女は知らないのか。
「それでもな未来」
「下の名前で呼ばないでください、殴りますよ」
「いま背筋がブルってきたからいう通りに致します白鼠お嬢様……」
分かれ道に辿り着く。
俺の場合は右側に行けば自宅の方向だが、彼女の家はどっちの方だ。
とりあえず自分が向かう方に指を差す。
「そうですか、それでは私も先輩殿の家にお邪魔いたしますね」
「どうしてそうなっちまうんだよ!」
「あら? 人の私物を許可もなく燃やした張本人にとやかく言われる筋合いがどこにも無いと思いますけどー」
反論ができない。
苦笑いをしながら「おっしゃる通りでございます」と了承するしかなかった。
だけど安心感もある。
白鼠が敵に回らずにいてくれたこと、そして夜がもうじきに訪れようとしている。
月の光が差し掛かることはすなわち、異形の活動時間がやってくるということだ。
もしもあれが数十体も襲撃してきたらと思うと、とてもじゃないが勝機は絶望的だと思う。
今夜、白鼠が泊まってくれるというのなら偉霊が二体も遠月家に居座っている状態である。
「なによ、コレ」
お嬢様兼、後輩の白鼠が用意された夕食を前にして絶句していた。出されたのはコンビニで売られているカップ麺(みそ味)だったが、やはり金持ちに縁のない食べ物なのでお気に召してしまったのか。
白鼠は心情に忠実なのか、怒りを抑えきれずテーブルを叩いた。
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