第5話 「魔王の宴」


 誰かに追われていた。

 確信はないが、魔法使いであるエリーシャには何かが感じ取れたのだろう。


 窓の外に放り出され、続いてエリーシャも飛び降りる。


「うおおおお!? なに躊躇いもなく人間を窓から突き落としてんじゃボケェ!?」


 後から続いてきたエリーシャの方が落下速度が速い、というより壁を降るように走ってきていた。

 身体能力の桁違いに唖然としていたかったが、それよりも自分の身に迫る命の危機感の方が強かった。


「もー、なにも考えてないわけじゃないからね。とりあえず初めてだから上手くいくかは分からないけど、さっそく体に憑依しちゃうよ!」


「だめだめ! 地上まであともう少しで直撃だから! 間に合わないから!」


「歯ぁ食いしばれ!」


 無意識に彼女の忠告を実行した。

 歯を思いっきり噛みしめ、目を瞑ったその刹那。

 意識が他人と混ざり合うという、なんとも言えない不思議な感覚に支配される。


 記憶が、心が、精神が、身体もが俺ではない誰かに変色していく。


 走馬灯のように広がる見たことのない映像。

 手を伸ばしてようやく届いた約束されし希望。


「——永遠であらず有限の起点よ。

 幽世にて隔絶されし在り方の灯火の回帰をここで宣言しよう。

 輪転し樹は魔の証明。

 罪有りしは地の属者。

 天啓こそが光の導き。

 機械仕掛けの運命であれと誓うことなかれ。

 彼方の偽りを忘却することこそが汝の使命。

 ならば今宵、その血肉に我の純血で満たしてみせよう」



『———サイド・オブ・アルカディア』



 地上に足がつく頃合い。

 死を覚悟したその瞬間。

 自分が遠月蓮花でないことを自覚した。

 常に憑依の儀式は完遂されていたのだ。


 さきほどまで蓮花であった俺の身体は、面影さえ残らないぐらいの変化を遂げていた。

 病室の窓に映るのは、エリーシャの姿ただ一人。


 憑依された者の姿が、憑依した霊体の姿に変わる。憑依体の精神だけが固定され、あと残りの機能は全部エリーシャが担う。


 取り憑かれた身体は先ほどまでの自分ではないぐらいの力強さを秘めていた。

 そのおかげか、易々と着地を果たすことができた。


『あれ、おい、俺の身体がお前になってるんだけど!?』


 そのまま人気のない下町を目指して疾走するエリーシャに、テレパシーをしているかのような感覚で訴えかける。


 女体化してるし。

 エリーシャの姿が憑依した途端に、数少ない通行人に目撃されているし。


「あっ説明不足だったね。憑依体に乗り移っている間は、一時的に私たちの姿になっちゃうんだ。レンカのままで戦うと本人も傷ついちゃうから、私たちが外殻のような役割を果たしてるんだ。ダメージは全部こっち側で担うことになってるから安心してオーケーだよ」


『え………それじゃ俺たちは実質なにもしなくても平気ってことか』


「それはどうかな。私が負ければ君も死ぬことだけを覚悟していればいいかな。あと出来れば鍛えてほしいな。憑依体の身体能力も反映されるから鍛錬さえしてくれれば勝率が上がるかも」


『……まさかの苦手分野なんだけど』


 我儘と甘えがのしかかってくる。

 長年、自分の体に負担がかかるような運動をしたことがないためエリーシャにとって貧弱に等しいだろう。つまりは足手まとい。

 仮にこれを『ニート』と命名しよう。


 すべてを戦士に任せて、自分はなにもしない。

 それでは蚊帳の外も当然じゃないか。


 社会でも能力がない者は置き去りにされる。

 能力がないのは他人に甘えてばかりだから。

 なにかの役に立とうとせず、マイペースのまま徘徊し続けているから失敗ばかりを重ねるんだ。


 そんな奴が勝つだなんて。

 あっていいのかと想像する。

 ああ、なんかムカつくな。

 苛ついてくる。

 甘えてばかりの『ゆとり世代思考』の自分に嫌気がさしてくるよ。


『…………エリーシャ、そいつ、すぐ後ろまで!』


 精神内にいるときのみ、周囲の色覚が研ぎ澄まされたような気がした。

 結果、歴戦の魔法使いであるエリーシャよりも先に敵の気配に感づくことが出来た。


 しかし、あまりにも敵が素早いせいか。

 迎え討つ態勢へと移行しようとしたその瞬間、すでに敵の攻撃はエリーシャに直撃してしまっていた。


 素早いだけではない。

 たった一撃であるのにも関わらず、その重量は凄まじいものだった。


 受け身をとっていたエリーシャはすぐさま相手の追撃に備える姿勢を作り、どこからともなく杖を出現させた。


 それを握りしめながら敵の正体を確かめる。


「———此奴め。あの僅かな時間帯の中でまさか余にも一撃を与えるとはやりおる」


「お前は……!!」


 対面したことがあるのかエリーシャが唖然とした様子で、敵を凝視した。彼女との視覚が共有されているため、俺も同様に傲慢そうな口調した張本人を目の当たりすることができた。


 そこに居たのは、薄い甲冑を身に纏った白髪の女性だった。


「感服の極みじゃ。どの時代であろうと勇者はそうでなければ退屈退屈。称号だけの勇ましい戦士など、心のない冷たい傀儡となんら変わらない」


『あいつともしかして知り合いなのか?』


「……知り合いもなにも、彼女の生誕があったからこそ私たちに勇者の義務が与えられたんだよ」


『それってつまり……』


「『四強帝魔王』其の一画、魔王サリエルだよ」


 劇的風に告げられても存知ないですけど。

 気になったのは四強帝魔王の『四』である。

 もしかして魔王って四体もいるのか、エリーシャの世界では。


「昔っからその闘争心だけは尽きることないんだね。挨拶代わりに攻撃をかます起源がサリエルって言われても誰も不思議がらないよ」

「おお、よく喋りおるな子娘」

「これでも精神だけは寿命来る日まで生きてきた年配者なんだけどね。まっ、1000年も生きてきた魔王様に言ったところで子娘だってところは変わらないかも」

「ハハハッ懐かしいのぉ。かつて刃を交えたときも、負けず嫌いのお主はそうやって噛みついてきてばかりじゃったな」

『お取り込み中のところ申し訳ないんだけどさ。あのサリエルって人、敵なの味方なのどっち?』


 異形とは姿が似ても似つかない。

 なら同じく霊体として顕現して、憑依体に取り憑いているのか。


「味方なんじゃない。魔王って言ったって、かつては人類サイドに寝返った一人だし信用はできる人物だったことは確か………けど」


 言われずとも感じる。

 あからさまにサリエルは俺らに敵意を示している。

 月の来訪者から人類を守るという責務で現世したというのに、弊害となり得る行為を彼女自らが行なおうとしているのだ。


「待てエリーシャ、勘違いするな。かつての旧友に牙を剥くなんて余がするわけなかろう。此奴じゃ、此奴」


 親指を自分の胸元に当てるサリエル。


「余の憑依体がお主の憑依体であるレンカを攻撃するよう指示したんじゃ。どのような因果関係かは知らぬが、これは余の意思では無いことだけは知ってほしい」

「へぇ、そっか。ならレンカさ話し合ってみてよ」

『そんなことが出来るのか?』

「憑依体同士のコンタクトは可能だよ。異形サイドじゃなきゃいくらでも」


 と言われたものの、コンタクトをどう行えばいいのかが分からない。世界の救済という重荷を背負った一般人では、以前まで信じていなかった異能力の利用だなんて大業ができるのか。


『———無理しなくても大丈夫ですよ』


 耳元で誰かが囁いたような気がした。

 だけど聞いたことのない女の子の声だ。


『お前がサリエルの憑依体なのか……?』

『いかにも。あなたと同業者です蓮花先輩』

『先輩、なんだよ急にその馴れ馴れしい呼び方。俺はお前を知らねぇぞ』


 戦いを前にしているのに、この妙なまでの落ち着きに違和感を抱く。魔法とか魔術とか、普通この日本に住んでいれば無縁の現象だ。

 エリーシャ曰く、この世界に呼び出されたのは皆、間もないはずなのだが。


 情報を事前に知っていての参戦なのか。


『交流がありませんでしたからね。私も最近までは、先輩のこと知りませんでしたし……お互いさまなのかもしれませんね』

『……目的はなんだ、どうして同じ陣営なのに攻撃してきたんだ』


 不意打ちに備える。

 相手の戦い方はエリーシャは熟知している様子だ。けど今回は憑依体に特権があるためサリエルは指示を更新されない限りは自分の意思では攻撃ができない。

 その最中にこっちが仕掛ければと思考の中でエリーシャに提案するが、未知数であるためかえって危険であると拒否されてしまう。


『昨日、学校に来てましたよね』

『っ………どこでそれを?』

『そんな事はどうでもいいんですよ。それよりも、あなたが机の上で見つけた書物をいますぐ返してください………お願いします』

『もしかしてお前、俺と同じ学校のモンなのか?』

『話を逸らさないでください!』

『いやさ、気になったからよ』

『そんなに返したくないのですか!? 返したくないんですね!!』


 返して欲しいのなら返すんだけど。

 あれがキッカケなのかは分からないけど嫌な目に会ったし正直持って帰らなければよかったと今でも後悔してる。

 同じ陣営の仲間割れは向こうのサリエルも望んでいないのかもしれない、穏便に済ませるのなら素直に返却しよう。


 と、思うじゃん?








「レンカさ、学校で見つけたやつ」

『隠し通すつもりだったけど、正直に言わなきゃダメなのか。けど言ったところで生かしてくれるかどうか』


 返したいのは山々だが、そうも行かない。

 まさか持ち主が直接出向くだなんて考えてもいなかったし、最悪だ。


『なんなんですかコソコソと……怪しいです』

「ねーレンカ。素直に言ったほうがいいんじゃない?」

『素直になんなんですか!?』


 エリーシャの言うとおり隠し続けるのも危うい気がする、ここはさっさと白状して地面に頭をこすりつけるしかないか。


『非常にお伝えしにくいのですが、校内で発見したあの書物をですね……………燃やしちゃったんです』



 ライターをつけてポイ。

 いとも容易く灰となったあの書物の呆気なさ。少しだけ虚しさを覚えていたのもまだ新しい記憶である。




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