第2話 「機械仕掛けの始まり」




 異形を眼前にして自分が現実にいるのか、という曖昧な困惑が頭をよぎる。

 怪奇現象の遭遇では飽き足らず、急に捕食許可をもらいにきた化物の出現かよ!



「―――ああああああああああああああああああああ!!?」


 部屋から飛びだし、階段から転げ落ちる。


 受け身をとったおかげで重傷を免れたが、足を捻ったせいで歩幅が小さくなってしまう。


 玄関に逃げることもできるが母さんに知らせなければ、そう思いながらリビングに向かう。


 後をつけられているのかは分からない。

 だけど振り返ることも出来ない。


 視界に捉えたら今度こそ捕まりそうで不安だった。


「母さん! ここから早くっ………!」



 そこにあったのは化物の後ろ姿だった。

 母さんが床に仰向けに倒れ、化物に何かをされていた。


 ———タベテモイイ?



 嫌な予感がした。

 まさか喰べられているのか、母さんが。


 逃げるという本能よりも化物に対しての憎悪が膨れだした。

 無意識にすぐそばにあった観葉植物の鉢に手を伸ばし、そっと持ち上げる。


「母さんから離れやがれ化物があ!!」


 後頭部にめがけて思いっきり叩きつける。

 何度も、何度も殺す勢いで叩きつけてみせた。


 しかし、この行為にはまったく手応えはなく鉢が砕け散ってしまう。


 化物はダメージのない様子で俺の存在を捕捉する。


「ひっ……ひぃ!」


 化物の口から垂れる長い舌、並ぶ鋭い牙。

 恐怖におののき尻餅ついてしまう。


「なんなんだよお前らはよぉ!!」


 学校で起きた出来事が関係しているのか。

 読めない文字で書き埋められたあの紙が原因なのか、どっちにしろ有り得ないだろうが。


 こんなフィクションのような奴らが襲ってきて、母さんを食って。


 床から立ち上がろうと力むが異形の威嚇によってそれすら阻害されてしまう。

 口が大きく開かれ、化物に腕を噛みちぎられる。


「は? えっ……ちょっ……と待て……よ……!」


 腕の肉の一部を失ったという理解が、更なる激痛を脳まで駆け巡らせた。


 戸惑いもあったが、なによりも自分の身に起きている現状に虫を噛んだような表情を浮かべる。


叫んだ、人生で一番といっても過言ではないぐらい叫んだ。



(誰か……助けて……誰か!!)


 子供のように泣き崩れながら腕の噛みちぎられた部分を押さえ、床を這う。


 玄関の外まで逃げなければ。

 この化物に喰い殺されてしまう。


 ホラー映画のように呪い殺されるのではなく、物理的に捕食されてしまうのだ。


「ネェ、タベテモイイデショ。イイヨネ、アリガト」


 必死こいてリビングから出ようとする俺を化物は見下ろし、訳の分からないやり取りを一人でしながら勝手にこっちが了承したかのように自分で納得していた。


 脚も掴まれてしまう。

 抵抗をしようとするも圧倒的な力に敵うことなく持ち上げられる。


 視界に映る景色の上下が引っくり返る。

 化物の悍しい顔面がすぐ鼻の先まで接近してきていた。



 死。



 それ以外の結末が想像できなかった。

 ここで俺、死ぬんだ。

 喰われて死んでしまう。


 ただ、それだけの人生。


 自分の思うような死に行き着くこともない、理想とは程遠い最後。

 化物の思うがままに殺される。


 救世主がいるなら祈りたいところだよ。


 ———化物をぶっ倒して、助けてください。


 殺される前に誰しもが考える初歩的な願いだ。

 ああ、嫌な人生だった。

 だけど叶うのなら母さんと仲直りぐらいさせて欲しかったものだ。


 化物の牙が頭を覆うように広げられ、暗闇のそこに人生の終着点が見えた。


 終わりかに見えた。







「———私の憑依体だってのに、そこで簡単に諦められたら困るんだよなぁ」



 眩い閃光が化物に直撃。

 高濃度に凝縮された’’何らかのエネルギー,,が破裂。


 被弾した化物の右半身がいとも容易く消滅した。

 掴まれていた脚も離され、そのまま床に落下する。


 次から次へとなんなのかと痛みを我慢しながら、声のした方へと視線を移動させた。



「永久のような眠りから目覚めて、呼び出されたと思ったら見たことのない魑魅魍魎に遭遇するだなんて。先の時代も血肉に飢えた悪鬼が存在するんだね」


 そこにいたのは修道士のような白い服装を身に包んだ少女。


 艶のある肌に、金色の髪。

 背丈が小さく、布から覗く細い手足はあまりにも細く引き締まっている。


 軟弱であることを錯覚してしまいそうになるが、その周囲を纏う強大な力は彼女がただ単に淡麗な少女ではないことを証明していた。


「なにも知らないって顔だね、君」


 一撃で屠った化物すら忘れ、少女は俺を凝視してきた。


 彼女が普通の人間ではないことは先程の見事なまでの幻想的な手品でしっかりと理解していた。


 だけど助かったんだ。


 この少女の手によって救われた。

 その事実だけで彼女に抱くイメージは良好的なものである。


「知識はなくても体を貸してくれれば問題はないけどね。ま、無礼はなるべく無いように気をつけるよ」


 少女が手を差し伸べてきた。

 躊躇いもみせずに握りしめ、よろめきながら立ち上がる。


 リビングがまるで戦場の跡地のようだ。


 なにもかもが散らかっている、壁も家具が吹き飛んだことで穴が空いている。


「お前は一体……あの化物はなんなんだよ。どれもこれも説明がつかねぇモノばかりじゃねぇか」


 摩訶不思議な光景を体験しまくったせいで正常ではいられなかった。


 答えがほしい。彼女にいまここで何が起きていたかの端的な答えがほしかった。


「………俺は………どうすれば……」





 困惑する青年が無知であることを理解すると少女は、けっして邪険にしようとは考えなかった。


 優しく微笑みながら、赤ん坊をあやすように青年の背中をさする。


「安針して、怖くないよ。私が来たからには人の歴史を終わらせたりはしない———」


 運命を否定しない。


 無知だろうとコレも因果なのかもしれない、それを受け入れて自分の役割を全うしよう。

 少女は青年の頬を両手で挟むと、誇らしげに名乗る。


「———改めて申し上げます。勇者エリーシャ・ダンタ、世界を救うべく馳せ参じました」




 世界に迫りくる危機は神の創造した運命の歯車さえ停滞させるほどの終焉となることを、誰も知る由もなかった。




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