第66話
「セ○クスしないと出られない部屋って……正気ですか九条さん」
「おうよ。至って真面目。大真面目だ」
いや普通に狂気だと思うんだけど。
彼女に転移させられた部屋を観察する僕。
白いベッドの上にティッシュ。
怖くて怖くて開けられない小さな冷蔵庫。
枕元に置かれている避妊具3箱(1箱20枚入り)。
……うん。僕を枯らす気満々だ。
1箱20枚入りを3つとか常軌を逸しているにもほどがある!
「おいおい佐久坊。まさかお前、自分だけ果てたら満足な口じゃねえだろうな? 一回や二回で俺様が満足すると思ったら大間違いだぞ!」
「なっ――!」
長官にもやられた《思考盗見》
まさか娘にも引き継がれてるの⁉︎
というか、前々から思っていたけれど、《空間転移の魔眼》の汎用性高すぎじゃないかな?
視界に入れた対象を任意の場所を強制転移させられる上に、時間を巻き戻すことも可、思考さえ読み取ることもできる。
衣服や凶器を好きに取り出すこともできるって……チートじゃないか!
ヤバいやつにヤバい能力を持たせちゃダメなんだって……!
「今夜は寝かせねえからな。覚悟しておけよ佐久坊」
捕食する気満々だ!
……はぁ、とため息をこぼしながら僕は脱出の糸口を探すことにした。
『……シル。お願いできる?』
『…………』
『シルー? 寝ているところ悪いだけど応答してもらえないかな? シルー』
『…………』
……裏切られた⁉︎
えっ、あのちょっ! どうして返信してくれないのさ! ええっ⁉︎
まさかの
状況が状況だけに困惑せずにはいられない。
やむを得ず、シルを起こさず魔眼だけを開こうとしたところでようやく現況のヤバさを理解する。
――魔眼が開かない。
ガバッと勢いよく九条さんの目を見る僕。
彼女はニヤァ、と意地の悪い笑みを浮かべていた。
ああ、ダメかも。これ本当に食べられちゃうやつじゃない?
砂地獄にハマって助かった蟻を見たことがない。
「けけけ。どうだ驚いたか?」
「いや、あのシャレにならないで原理を教えてもらえますか?」
この間、リゼとウィル、その他の魔女たちに話しかけても応答なし。もちろん魔眼も開かない。
目を瞑って《魔力回路》に神経を割いてみる。断線、切断されている様子はない。正常だ。
ただし、一切魔力が熾らないことを除いて、だけど。
「おいおい面白くない冗談はよせ。こちとら21年間かけてこの空間を創り出したんだぞ? いったいどこの世界に自らタネを明かすマジシャンがいる? ぜってえに言わねー」
「……なんというか努力の方向はブっ飛び過ぎて逆に冷静になれる自分がいますよ九条さん。《天衣無縫》もそうでしたけど、創作の才能があるんじゃないですか?」
「寄せっての。褒めてもエッチ以外出ねえぞ」
あっ、それは出るんだ……。普通そこは褒めても何も出ねえぞって言う場面だと思うんですけど。規格外にもほどある。
あっ、この人に普通を求めちゃいけないんだっけか?
《
でも対象の《
異世界から帰還した暗殺者としては違う関心も湧いてくる。
「俺様が魔眼の移植手術を成功したとき、真っ先に思い付いたことはなんだと思う?」
移植に成功しのは《空間転移の魔眼》だし、やっぱり――、
「――旅行、とかですか?」
これまで行きたくても遠くて手を出せなかったとか? まあ、どこでもドアを手に入れたらやっぱり色んな場所に行きたくなるよねきっと。
「お前と肌を重ねる方法だ」
「なんでだよ! というか、恥ずかしげもなく、そんなことを告白しないでくださいよ! さっきまで僕らシリアスな感じでしたよね⁉︎ 落差が激し過ぎませんか⁉︎」
「これからバディを組んで犯罪者に生まれてきたことを後悔させていくんだ。身体の相性が悪い相手に背中を任せられると思ってんのか?」
「そこは任せてくださいよ! というか、仮にですよ? 身体の相性が悪かったら解散ってことですよね?」
僕の質問に九条さんは舌をちろりと出して唇を舐める。唇の艶が増して蠱惑的な笑みを浮かべていた。
あっ、地雷踏んだ。
「安心しろ。俺様を満足させられねえってんなら徹底的に叩き込んでやるよ。俺様を喜ばせる方法をな」
「あのさっきからグイグイ来ますけど九条さんって処女なんですよね⁉︎」
「それが何だ?」
「それが何だ? じゃないですよ! 経験もしていないのにどうしてそんなに自信満々なんですか!」
「《天上天下唯我独尊》って書いて何と読むか知ってるか?」
「知りませんよ! 知りたくもない!」
「《九条蓮歌》だ!」
「ある意味想像通りだけど、予想よりブッチギリでヤバい回答だ!」
「……お後がよろしいようで。ささっ、布団の中に入れ」
「入るか!」
「おっ、乗り気じゃねえか」
「誰が入るかってツッコんだんですよ! なんでポジティブな方で解釈しているんですか……」
「《ポジティブ》と書いてなんと読むか知っているか?」
「ポジティブじゃないですかね⁉︎」
それ、さっきやったやつ!
くっ……悔しいけど楽しい! 楽しいと感じてしまっている僕がいる。
「……まっ、これから理性つうリミッターを取り外してことに及ぶんだ。佐久坊が気になっていることを取り払ってやることも俺様の務めか――正直に打ち明けるとな俺様もよくわからん」
「……はぁー⁉︎」
「まっ、こういう部屋を創作できたら面白いな、とはすぐに頭をよぎったけどよ。俺様は細かいことは苦手なんだ。ちまちましたものを作るのは好きじゃねえんだよ。佐久坊だって俺様にこんな繊細な術が展開できるのはおかしいと思ったんじゃねえか?」
「まあ、どういう魔法でこの空間を編み出したのかは素直に興味がありますけど……」
「21年間もの時間を修行に費やしたら人間どうなると思う?」
「えっ? そりゃ強くなるんじゃないですか? 事実僕も負けるところでしたし」
「まっ、それは否定しねえけど、溜まっちまうんだよ。禁欲の発散する相手が必要なほどな!」
「……」
言葉が出ない僕。
「だから色々な空間を転移したのさ。それこそ俺様の部屋やラブホテル……欲望をぶつけられそうなところを片っぱしからな」
「僕が受験勉強をしている間にそんなことをしていたんですか」
その努力を何か別の方向にぶつけて欲しいと願うのは僕だけだろうか。
「で、この部屋にたどり着いたわけだ。俺様も最初は不審に思ったぜ? 内は間違いなくただの部屋だ。この空間は地球に存在しているくせに、地球から切り離されたところにあるんだ。言っている意味が分かりそうか?」
「……地球に存在しているが、地球から切り離されている、というところがいかにも矛盾していそうな気がしますが、まあ分からなくはないです。考えるな感じろ、ですね」
「下ネタはよせ佐久坊」
「感じろが下ネタだと思ったら大間違いですからね⁉︎」
なんだこれ! 新手のセクハラか⁉︎
だとしたらタチが悪いにもほどがある!
「まあまあそんな怒んなっての。激しいのはベッドの中だけにしろ」
「てめえ!」
僕史上、なかなかに荒い言葉が喉を突いて出てしまった。
九条さんは敬語を使わない相手には厳しいから、マズいかな、とも思ったんだけど、当の本人は「ひゃははは」と目に涙をためて笑っていた。
「だが、これを読んで全てを理解したぜ」
そう言って僕に手紙を手渡してくる九条さん。
怪訝になりながらもそれを受け取り、中身を目で追っていく僕。
そこには綺麗な字でこう書かれていた。
『この部屋を見つけた方へ
結論から書きます。ここはセ○クスしないと出られない部屋です。
突然何言ってんだと思われるでしょうか。
まずは今こうして手紙を残そうとしている得体の知れない者の正体から明かした方がいいですね。
私は異世界に転生し、聖女になった者です。婚約を破棄してこの世界に帰還しました。
聖女などという神聖な事績を積みましたが、私も一人の人間の女。醜い部分もあります。
その中でも最たるものが、年頃の男の子の筆おろしに愉悦を禁じ得ないことでしょう』
「……うん?」
ここまで読んだ僕は一度手紙から視線を逸らして目をこすってみる。
なんでだろう。目が滑る。つるっつるだ。脳が言葉を理解するのを拒否しているのかな? 頭痛がする。これ以上読み進めるのがめちゃくちゃ怖いんだけど。
とはいえ、この部屋を創り出したのが異世界からの帰還者だということが分かって好奇心を抑えきれない僕。今ようやくお金を出してホラー映画を見に行く人の気持ちが心から理解できたと思う。
恐怖って娯楽なんだね。
『ですがこの国は若者の性に敏感です。男の子が望んだにも拘らず性交渉に及んだ女子大生が逮捕されたニュースは私を絶望の淵に落としました』
「うんんんんん????」
あかんやつや。これ絶対に読み進めちゃダメなやつだよ!
本能がそう警告している。
ワオーン、ワオーンと警告音がやかましく脳内で鳴り響いていた。
けれど悲しいかな、この手紙をいま取り上げられてしまったら十万円出してでも先を読みたいと思っている僕がいる。
結局、娯楽ってそういうことなんだね。なんか創作の極意がこの手紙に込められている気がしてならないよ。
『これでも元聖女。やはり男の子を食う――失礼。ギシギシアンアン猿のような欲望を一身に受け止める悦びは封印しなければいけない。何度も何度も何度も何度も何度も自分に言い聞かせてきました。でも私には抑えられなかった!』
手紙の端に吹き出しにドンッ!! と書かれていた。
そんなところに効果音なんかいらないんだけど! なにこの聖女! 不埒王女に私はなる! とか言い出すテンションでこの手紙を綴ってんの? やだもう怖いよ僕。
『私は考えました。Fカップあるぷるっぷるの谷間に釣られた男の子を安全にお持ち帰りする方法を。そこで閃いたのです。聖なる魔法で誰にも情事を見られない、悟られない部屋を創り出せばいいのだと! 男子学生をラブホテルや自室に案内すれば必ず目を付けられます。日本の警察の追跡力は異世界と引けを取らないどころか優っているぐらいです。うかうかと外で手を繋ぐことさえままなりません。なんという残酷な仕打ち。私は初めて神を恨みました』
逆恨みにもほどがある!
僕は現実世界に神様がいるかどうかは半信半疑だけど、もし実在するとしたら同情するレベルだ。特殊な性癖を抑えらなくて憎しみを向けられるなんてたまったもんじゃないんだけど!
『ここに異性が同時に踏み入れたら魔法は一切行使できません(※ただし、空間を操作する魔法のみ発動が可能です)。
絶対にセ○クスするまで出られません。なにせこの部屋はかの《精霊王》によって創り出されたのですから。聖なる魔法と言えど、絶対遵守の空間創生により私の寿命は残り3年となるまで差し出すことになりました。ですが後悔はしていません。むしろ老いることなく女として求められる美しい姿で旅立てることに感謝します神よ。
最後にこの部屋にたどり着いた方へ。
契約書を残しておきます。この部屋を有効活用したければ《精霊王》と契約を結び直してください。そうすればこの部屋の所有権は私からあなたへと譲渡されるはずです。
ですが、淫乱聖女の私ですが、無理やりことに及ぶことだけは一度たりともございません。どうか悪用だけはしないでください。
聖女より』
……。
…………。
………………。
もはやツッコミどころしかない手紙であったわけだけど(特に神様への手のひら返しが早すぎる! さっきまで憎んでいたのにもう感謝してるんだけど!)、中でも特に確認したいことがあった。
そう。契約書と《精霊王》の存在だ。
「……聞きたいことは腐るほどあるんですが、とりあえず一ついいですか?」
「ああいいぜ?」
「契約書と《精霊王》はどこにいった?」
「てめえのような勘のいいガキは嫌いだぜ佐久坊」
そう告げた九条さんの背後にオリュンポス十二神の一人、恋心と性愛を司る《
……なんの躊躇もなく契約したんだね。
こんちくしょう!!!!
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