第50話
「ごめんね龍之介くん。友達と下校中だったのに」
「あっ、いや僕は全然構わないですけど……」
源さんとばったり遭遇した僕たちはオープンカーに同乗させてもらい喫茶店へ場所を移していた。
飲み物までご馳走になった僕たちは丸テーブルを隔てて座る。
隣から発せられる圧が痛い。
「私に対する謝罪はないのかしら?」と鳴川さん。
ぶすっとした顔で不満げに言う。
そりゃ鳴川さんは群れるのが好きなタイプじゃなさそうだし(孤独というより孤高という表現がしっかりくる)、僕にするはずだった話の腰を折られたわけだから、上機嫌というわけにはいかないだろうけど……そんな露骨に『不快よ!』オーラを放つ必要ある⁉︎
「あっ、ごめんごめん。そう言えば凛ちゃんもいたよね。めんごめんご」
――イラッ!
ああっ! いま鳴川さんの額に血管が浮かび上がった! 絶対浮かび上がった!
源さんも悪気はないんだろうけど、なんだろう、この二人相性が悪いような気がする。
「佐久間く――龍くんに何か用かしら」
わざわざ僕の名前を言い直す鳴川さん。
なんで源さんの前でだけ名前呼び?
綺麗な黒髪を払い、紅茶に口をつけた次の瞬間、
「龍之介くん。もし良かったら私の事務所に体験入所してみない?」
「ごぼっ!」
吹いた。鳴川さんは。僕ではなく鳴川さんが口に入れていた飲み物を盛大に吹いた。まさしくマーライオンのように!
「体験入所ってスタントマンのですよね?」
「そっ。昨日の今日であれなんだけど善は急げって言うじゃない? 私も一緒に仕事が出来て嬉しいし、何より龍之介くんも楽しそうに見えたからさ」
「なるほど……体験入所ですか」
しみじみと頷く僕。
気持ち的にはありよりのありだ。
学生という身分であること、いずれは稼ぎ先を決めなければいけないこと、とはいえ、山ほどある仕事を慎重に見極めたいという気持ち、興味はあるけれど体験してみたら思っていたものと違っていたすれ違いを避けたい本心など。
体験入所はそういった本音を満たしてくれる好条件の気がする。
「体験とはいえお給料も出るよ? もちろん雀の涙ほどだけどそこで得られるものも含めたらなかなか良い条件だと思うんだけど」
と言って何やら封筒を取り出す源さん。
「……これは?」
「ん? もちろん申込書だけど?」
うお。すごい。この
昨日出会ったばかりとは思えないや。
とはいえ、わざわざ仕事の合間を縫って僕に会いに来てくれただけじゃなく、パンフレットや詳細の書類まで渡してくれるなんて。感謝せずにはいられないよ。
「で? どうかな?」
「ちょっ!」
丸椅子を持って肩が触れ合う距離まで寄ってくる源さん。
いたく慣れた感じで僕の胸元を指でさすってくる。
ほっ、本当にすごいね⁉︎ 仮にも女友達の前で誘惑できるって肝が据わっているにもほどがないかな?
これが大人の女性の余裕――ぱない!
「なんなら体験入所の間、お姉さんと同居してみる? 生活費も節約できるし、私もみっちり教えてあげられるし……もちろん手取り足取り、色んなことも」
――ガシャンッ‼︎
手に持っていたガラスのコップを受け皿に叩き落とす鳴川さん。
甲高い音が喫茶店に響き渡る。
「いい加減にしなさいよ――龍くん」
「ええっ⁉︎ 僕⁉︎ 僕が怒られるの⁉︎ なんでさ!」
「ちょっと凛ちゃん。邪魔しないでよ。龍之介くんを落としているところなんだから」
言っちゃったよ。落とそうとしているって。誘惑しているって。
ある意味小悪魔より心臓に悪いよ。ここまで直接的に迫られると。
鳴川さんは置いた紅茶をぐびっと一気飲みしてから丸椅子を運んで僕の隣に座ってくる。
ぴとっ、という擬音が聞こえて来そうな肩の密着。両腕に花ではあるんだけど……。
「まさか先を越されてしまうなんて一生の不覚だわ」
「あっ、はぁ……」
何やら悔しそうにしている鳴川さんはさっき渡そうとしていた封筒を出してくる。
まっ、また封筒……。
「もし体験入所するなら、学校のことも検討して欲しいわ」
はて学校とな。
鳴川さんが封筒から書類を取り出すと真っ先に反応を示したのは源さんだった。
「あぁっ! 懐かしい! 私の母校なのそれ! あれっ? もしかして凛ちゃんもそこへ通うの?」
「ええそう。先日、主演が決まったのよ。それで忙しくなるだろうからって」
「なるへそ。たしかにドラマや映画の撮影だと数ヶ月時間が取れなくなることなんてザラだもんね。というか、おめでとう! 主演ってすごいじゃない!」
嬉々として話す源さん。
鳴川さんの努力が実を結んだことを素直に祝福してくれたことが、なぜか僕も嬉しかった。これが友達か。現実世界だと初めて芽生えた友情かもしれないね。
「……急に毒気がなくなるのね貴女。挑発的かと思えばあっさり祝福したり……調子が狂うわ」
「ふふっ。それはそれ、あれはあれでしょ? けど、相手がたとえ主演女優になろうとも負けるつもりはないからね」
「それはこちらの台詞よ」
僕の両端でバチバチと視線の火花を散らし合う二人。
あの……注目がすぎるんですが。というか、それはそれ、とは?
「さっき私が転校することは告げたわよね?」
「えっ、うん……」
「本当は中退という選択肢もあったのだけれど、高校は卒業しておいた方がいいと勧められたのがこの高校なの。芸能や芸術活動している学生や才能はあるけれど学費が払えない子が通っていると聞いているわ」
「そうそう。私も早くこの世界の門を叩きたかったから(スタントウーマンの)体験入所と合わせてこの高校に転校したの。私は通学したんだけど、たしか学生寮もあったはず」
「……どう、かしら?」
上目遣いで聞いてくる鳴川さん。どこか不安が入り混じった表情だ。
なるへそ。
率直に言って――――ありよりのありだ。いや、あり過ぎる。
転校、引っ越し、職業体験。その全てが一度に出来てしまう。本当に素晴らしいとしか言いようがない。
聞いた話だと若くして苦労している同年代や才能ある学生がいるようだし、少なくともイジメを見て見ぬふりをする教師やそれを助長する生徒も少なそうだ。
鳴川さんと一緒に転校できるだけじゃなく、源さんのお墨付きと来れば信頼もできるしね。
「ただその……」と源さん。どこか歯切れが悪い。何か不都合なことでもあるんだろうか。
「ええ、まあ――それが色んな意味で頭が痛いところではあるのだけれど」と今度は鳴川さん。
どうやら良いこと尽くしというわけにもいかなさそうだな。
「えっと、もしデメリットがあるなら正直に教えて欲しいんだけど……」
「「デメリットというか……」」
おっと珍しい。この二人の口が揃ったぞ。
「元々この学校は凛ちゃんみたいな女優さんや有名アイドルが通っていた高校でね」
「はい」
「その名残が残っていて男子生徒の枠がすごく限られているのよ」
「はい?」
鳴川さんが持参してくれたパンフレットに視線を落とす僕。
なるほど。たしかに男女比が3対7で女の子の数が圧倒的だ。
「つまり男の場合は入学試験が一筋縄ではいかないってこと?」
「「それもありますけれども!」」
「それも⁉︎」
それもってことは他に何かあるってことだよね?
「いずれにしても二人からの提案は本当に嬉しいよ。僕にとっても渡に船だし。両方積極的に検討させてもらうよ」
「龍之介くん……!」「龍くん……!」
検討なんて言ったものの、正直に言えば体験入所も入学試験も受けるつもりでいた。こういうのは直感が大切だからね。
何より僕を待っている新生活に胸が踊っていないと言えば嘘になる。
どうやら僕のやることリストにまたまたNewの文字が輝くことになったようだね。
転校するために入学試験対策をすること。できる限り魔法の行使は最小限に抑えたい。
いや、これまで不合格になっていった学生たちの努力を踏み躙ることになるからできれば行使したくないんだけど、それがないとキラリと光るものがないからね。
卑怯だと罵られるだろうけど、ここは異世界転移で魔王軍を制圧したボーナスとして行使させてもらうかもしれない。
色々と今後が脳内にぱあっと広がっていく中、一台の高級車が止まった。
警戒心を強めて、車内から出てくる人をジッと観察していると――
「よう。昨日ぶりだな、おい」
そこには真っ赤なドレスを纏い黒のハイヒールを履いた九条さんが出てくる。
一瞬、魔王が降りて来たのかと思って目を擦っちゃったよ。
しかも肩には見るからに高級そうなふわふわの毛皮。
いや、あのだから魔王ですか。
というか、貴女も空気が読めない
まだ僕が友達とお茶をしているところでしょうが!
九条さんは親指で高級車を指しながら、
「乗れ、佐久坊」
もちろん両隣のお二人は怪訝な雰囲気になっていますとも。
なんというか、その、申し訳ないんだけれど貴女と知り合いだと思われたくない僕がいました。ごめんなさい。
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