第49話
「ふわぁー」
案の定眠れなかった僕は両腕を伸ばしながらあくび。
今日の授業は一切頭に入って来なかった。
どうやら鳴川さんが僕に話があるとのことで一緒に下校中だ。
「……眠たそうね。昨夜何してたのかしら」
見た目は中学生の魔女二人に抱き着かれてました! とはもちろん言えるわけがないから、
「えっと……勉強?」
「どうして疑問系なのよ」
はぁ……と呆れた感じで言う鳴川さん。
余談だけれど、鳴川さん親子は二階担当フロアのテロリストに篭っているよう命令されていたおかげで、悲惨な現場は目にしていなかったらしい。
襲撃された事実こそ認知しているものの、知らない間に終わっていた、と言うのが彼女の感想だ。
自分で言うのもなんだけど比較的速やかに制圧したからね。
ちなみに政府は身代金要求における計画的犯行として報道するだった。
明菜内親王殿下に関わる情報は一切公にされていなかった。
まあ、警察組織内に裏切り者がいることや、皇族の心臓手術場所や日時の漏洩、テロリストによる皇宮警護官の射殺は沽券に関わる大失態。
馬鹿正直に公表できるわけがない。その辺りは警察側が握りつぶしたんだろう。
なんにせよご愁傷様だ。今ごろ九条さんに面倒な業務が降りかかっているだろうからね。南無阿弥陀仏。
「そういえば僕に話があるって言ってなかった?」
未だ本題に入ろうとしない鳴川さんにこちらから聞いてみる。
僕の言葉にビクッと身体を震わせながら鞄を見つめる鳴川さん。
彼女の様子を流し見つつ、鞄へと視線を流すと何やら封筒らしきものが入っている。
……うーん、なんだろう?
「まだキャストは公表されてないのだけれど……」
珍しく歯切れが悪くなる鳴川さん。
もしかして悪い話だろうか? でもキャストって聞こえてきたような……。
「実は映画の主演が決まったの」
「えっ⁉︎」
全く予期していない吉報に「すごいじゃん!」と跳ねる僕。
鳴川さんは嬉しそうに、それでいてどこか複雑な表情を浮かべていた。
「それでその……突然ではあるのだけれど――転校も決まったの」
「えっ」
今度は語尾が⤵︎になる。
なるほど。言いにくそうな雰囲気はそういうことだったんだ。
なんとなく朝から様子がおかしくて、昨日の襲撃が尾を引いているんじゃないかって思っていたけど……。
そっか。転校か。
まさか先に鳴川さんから告げられることになるなんてね。
僕にはまだ叔父と妹のことがあるから一人暮らしをするにしてももう少し先になってしまう。
数少ない友人である鳴川さんにはいつか告げなければいけないと思っていたけれど……。
「本当はこんなこと言いたくはないのだけれど……私のお母さんはもう長くは保たないわ」
僕は反応を示さず、次の言葉をそっと待つことにした。
自分の身体のことは自分が一番知っている――それは異世界でも腐るほど聞いて来た言葉だった。もしかしたら僕が最も憂鬱になる告白かもしれない。
鳴川さんのお母さん――直美さん自身も長くないと言っていた。それが意味することはすなわち『死』が近いということでもある。
「だから私はずっと親娘の夢だった主演を――映画を――最期になるかもしれない覚悟で挑むわ。本当はね佐久間くん、転校じゃなくて中退するつもりだったの」
高校中退。
仮にも十代の女子高生が口にするようなことじゃない。
それだけの強い信念と覚悟が感じられる言葉だった。
「けれど縁があって高校だけは卒業しておいた方がいいって心配してくれた女性プロデューサーがいてね。そういう芸能活動を続けながらでも学生生活を送られる学校があるらしいの」
「そうなんだ……」
アイドルなんかはそういった学校があるって耳にしたことがある。
中には学生として十分な時間を取れないほど芸能活動で忙しくなる人だっているはず。映画の主演も例に漏れずだろう。
何より映画の主演により鳴川さんの人気女優の階段を登り始めるかもしれない。そうなれば普通科の高校には通い続けられないだろう。
寂しいけれど仕方がない。人生の責任を取れるのは己だけ。
彼女がそうすると決めた以上、僕にできることは祝福することだけだ。
願わくば、直美さんにその主演映画をぜひ見届けて欲しい。
「……これからはその……会える時間がさらに少なくなると思うのよ」
「それは……そうだろうね。残念だけど」
「残念――そう。佐久間くんは残念に思ってくれるのね……ふふっ」
正直な感想を言った僕に笑みを漏らす鳴川さん。
もしかして鳴川さんと離れて寂しいということを喜んでくれているんだろうか。それってもしかして――ようやく僕にもこちらの世界でマブダチが出来たってことじゃない?
「それでここからが本題なのだけれど――もし良かったら私と一緒に――」
「――いたいた! やっと見つけたよ龍之介くん! やっほー! 昨日ぶりだね元気にしてた?」
鳴川さんが封筒を掴んだ次の瞬間、聞き覚えのある声で呼ばれる僕。
すぐに声のする方へ視線を向けると、そこにはオープンカーがあった。
おしゃれな歌手がかけそうなサングラスをおでこに上げて僕の方に手を振ってくる。
なんと突然の来訪者は源さん。
鳴川さんとの下校+源さんの気まぐれがまさか僕の今後の生活を大きく左右することになろうとは、《導の魔眼》を行使していない僕が知る由もなかった。
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