第46話

 帰宅した僕は自室で《質量残像》を解き終えていた。

 すぐさま流れ込んでくる膨大な情報量。

 焼き切れんばかりに稼働する脳を冷やしてから呟く。


「叔父しか勝たん」


 いや、正確に言えばこちらに分がある。それは今回の調べ物でよく理解できた。

 どうやら叔父は成年後見人となって、両親の財産管理をすることになっていたようだね。

 ただし問題は――、


「互いに無一文で裁判……なんだかなぁ」


 もしも叔父が財産の一部を横領してる程度ならまだ正式な手順で詰める選択肢もあった。

 けれど酒にギャンブル、女遊びと豪遊三昧のせいで財産が溶けてしまった事実だけじゃなく、借金にまで手を出している。(ただし、舞が高校を卒業するまでの学費は別に分けられているけれど、やはり必要最低限の金額しか残っていない)

 何の努力もなく大金を手に入れてしまったことで絵に描いたような堕落っぷり。支払い能力が著しく低下していた。

 

 何より税理士の叔父のことだ。おそらく自己破産まで視野に入っている。

 正式な手順で戦うとしても切り札を切られたら絶望的だ。

 そもそも叔父にお金が無いことは《導の魔眼》で仕入れた情報。


 学生かつ一文なしの僕たちに対して、親身になってくれる弁護士を探す方が大変だと思う。

 それも叔父の返済能力が皆無であることはプロが調査すればすぐに分かること。

 その事実を認知してなお、変わらぬ熱量で仕事に励んでくれるだろうか。


 資金面に関して言えば錬金術で紙幣や金塊を錬成できることは実験済みだけれど、やはり跡がつく。

 今となっては警察官と知り合いになってしまったし……。

 なんというか、九条さんを失望させたくないと思っている自分がいた。

 そもそも異世界で金の錬成は禁止されているから、心理的にもすごく抵抗があるわけで。


 結論。叔父しか勝たん。

 とはいえ、このまま泣き寝入りするつもりは当然なくて。

 やられたらやり返す。先倍返しだ。目には目を、歯には歯を、が僕のモットー。


「となると――」

 僕は今後の流れを整理してみることにした。


 まずは叔父に直接会って話を聞く。

 両親の財産を僕と舞から騙し取り(と言っても表面上は正式な手順により叔父が僕たちの財産を管理することになっている)、許可を取ることもなく、使い果たしたわけだ。情状酌量の余地なく有罪ギルティ


 ただ、もしもその罪を認めて僕と舞に謝罪するなら――更生を誓い、生涯をかけて償うならを舞に返済させるつもりだ。本来であれば僕の取り分である半額は出血大サービス。まあ、そもそも返済能力が低下し切っている叔父にそちらまで手が回る余裕はないだろうし。

 

 そして僕は晴れて舞とおさらば。独り立ちさせてもらう。

 もちろん正式に仕事が決まったわけじゃない。けれど幸いなことに僕はまだ十代だ。しかも異世界から持ち帰った強靭な肉体と《異能》まである。

 恵まれ過ぎているにも程がある。何にでもなれるんだから。


 スタントマンは無数にある仕事の中でも結構上位に食い込むと思う。魔法を行使せずにスリルを味わえるのは、異世界帰りで物足りなくなるかもしれない僕にとってもプラスになるような気がした。


 警察は正直に言ってあんまり合わないかな? 僕の性格から考えても微妙。

 けれどSPセキュリティポリスは悪くないと思っている自分もいて。

 テロに巻き込まれる――それも僕以外の異世界帰還者の遭遇――は予想外過ぎたけれど、善良な要人を全力で警護するのはアリかもしれない。魔法も生きてくるし。


 ただ警護するに値しない、私利私欲に飲まれた政治家なんかは警護したくない。反対に僕が襲ってしまいそうだから難しいところではある。

 いずれにせよ怒涛の展開続きで色々と視野が広がったわけで。

 明日からは、


・叔父とのコンタクト


・《質量残像》を行使して、独り立ちのための情報(世の中にはミニマリストという人・金・物の自由を手に出来る生活スタイルが存在するらしい)やお金リテラシーの向上のため引き続き書物を読み漁る


・上記二つを進行させつつ、今後の立ち振る舞い方(転校・転居するための学費や生活費をどうするか、どうやって工面するか、そもそもどこに移るのか、下見も必要だね)を詰めていく


・話し合いの末(もちろん会話が成立すればだけど)舞と別居


 こんな感じかな?

 ちょうど方針が決まったところでお風呂が沸いたことを知らせる音声が流れてくる。僕は着替えを持って浴室に行こうとすると、


『お風呂で具現化してくれるのかしらリュウくん?』

『お疲れ様でした《主人マスター》。お背中をお流しします』


 ここぞとばかりに両肩に降りてくるリゼとシル。

 いや、あの僕疲れてるんだけど。たしか約束は同衾だよね? いや、それも童貞の僕にとっては刺激が強過ぎて寝られるか心配なんだけどさ。 

 年齢こそ二百歳以上の魔女とはいえ、見た目は二十代の綺麗なお姉さん。しかもスタイル抜群。さらに裸のお付き合い。僕を出血死させるつもりかな?

 そもそも僕の家の浴槽って狭いから三人も混浴できないんだけど? 


 だからこそ僕は苦笑いを浮かべるしかない。

『『ワクワク』』

 いやワクワクじゃなくて。二百歳以上のくせに少女のような輝いた目を向けて来ないでよ。


「勘弁してよもう……」


 額に手を当てて困ったように呟いた次の瞬間、

「キモ……なに独り言呟いてんの? というか誰が勝手にお風呂に入っていいって言ったの? あんたは私の後だって言ったよね? マジ喧嘩売ってんの?」


 タイミング悪く舞が帰宅してきた。

 ああそういえばそうだった。お風呂は妹が先で兄が後。

 僕の残り湯なんか気持ち悪くて入れない、だっけ?


 ……なんで僕、こんな妹と一緒に生活していたんだろう? それも少しでも舞の娯楽費を稼ぐためにバイト三昧までして。

 三年前の自分が信じられないや。


「というかあんたバイトは? なんでこんな時間に帰宅してんの? しかも私より先にお風呂に入ろうとしてるし……冗談は顔と内面だけにしてよ」


 それもう佐久間龍之介を全否定じゃない?

『……ねえリュウくん?』

『うん? どうしたのリゼ』


『魔女が魔法を安売りするのはいけないけれど――《代償》なしで《無限地獄》を使わせてあげてもいいわよ?』

『ちょっ!』


《無限地獄》は《悪夢の魔眼》開眼者の魔女、リゼが生み出した術中でも群を抜いてヤバい最凶瞳術だ。無限に続く悪夢に引き摺り込み、朽ちることのない肉体と精神を与えられた対象は文字通り無限の地獄を味わい続けることになる。拷問方法も絶命するまで耐え難い苦しみを与え続け、命尽きた翌日に再生。また異なる拷問で心身を壊しにいく。精神を病めばその人格を悪夢に引き摺り込んだ始めの日に交換し、なんなら今何周目であるかを自覚させながら地獄を味わいさせ続ける。


 当然ながら現実世界に永久機関は存在しないけれど、この瞳術は文字通り無限だ。だからこそ本来は術者が行使するのに《代償》が必要になる。

 なのに目の前の舞に限ってはそれすらも要らないと言う。どうやらリゼの逆鱗に触れてしまったようだ。


 なにせリゼは魔女の片鱗を見せた当時、ずっと身を挺して守ってくれた兄を目の前で斬首されている。魔女を匿っていた罪による処刑だったらしい。

 その光景を目撃した瞬間にリゼは最強の魔女として降臨し、魔女狩りをしようとしていた民全員に悪夢を見せて呪返していた。 

 悲しい過去があるからこそ兄妹に対する思い入れが人一倍強いんだろう。


『大丈夫。僕のために怒ってくれるのは嬉しいけど《無限地獄》はやり過ぎだよ。舞が憤怒するようになったのは僕にも非があるからね』


『ではシルを具現化くださいませ。《主人マスター》が手を下すまでもありません。私が――』


『ありがとうシル。でも本当に大丈夫だから。舞への対応はこれから詰めていくよ。一応、兄として最善は尽くすよ。元兄としてだけど』


「舞。悪いけれど僕はもうすぐここを出て行くよ」

「はっ? 別にどうでもいいけどお金だけはちゃんと取り返してどっか行ってよね」


 うん。もちろんそのつもりだよ?

 まあ、叔父に返せるだけのお金なんてないんだけどね。

 でもまずは会ってみるよ。もしも反省の色が見えないようなら――二度と浮上できないように沈めた後、次は舞、君だ。

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