第43話

 九条さんと合流した僕は互いに安否を確認する。

 五体満足を視認した次の瞬間、

 

『どうやら鼠が紛れ込んでいるようだな』

 キーンと甲高い音が響いたあと、院内のスピーカーから発せられる声。

 やはり僕たちの存在は三階担当から伝達されていたらしい。


 僕と九条さんは視線を合わせて、次の言葉を待つ。

『まだ三階そこにいるな? 集中治療室の中継が見れる部屋がある。そこへ行け』


 さて、どうしたものか。判断に迷うところだ。

 罠が仕掛けられている可能性も大いにあるだろう。

 あまり意識していなかったけれど院内には監視カメラが設置されている。

 各階のフロア担当を設置していたことから最初から監視されていたわけじゃないだろう。とはいえ、今はバッチリ姿が映り込んでいるはず。 


「……どうします?」

「指示の目的は不明だが従うしかねえだろ。何よりモニター越しにでも要人の安保を確認できればありがてえしな。それにアレを見ろ」

 顎で監視カメラを示す九条さん。


 まあ、そうなるよね。

 万が一に備えて僕は《全反射フル・リフレクション》を継続することにした。

 これなら足を踏み入れた際に爆発するような仕掛けで守ることができるからね。


「あと少しの辛抱だ佐久坊。全部終わったら唇を噛んだお詫びも兼ねてご褒美をやるよ。なんなら俺様をくれてやる」

「結構です」

「即答すんじゃねえよクソ野郎! 言っておくが俺様だって生物学上はメスだぞ! もう少し、なんだ、あるだろう、それらしい反応がよ!!」


 わかってますよそれぐらい。

 むしろ言動に似合わず、女性として魅力的だからこそ、遅れを取ってしまったんじゃないですか。まさか貴女の下着であそこまで平常心を削られるなんて思いも寄りませんでしたよ。


 九条さんなんかにドキリとさせられてしまって悔しい、なんて思う自分もいるわけでして。

 いや、彼女は客観的に見ても美人さんなんだけどね?

 つい意地悪を言ってしまいたくなる。


「それじゃ……めちゃくちゃシコいコスプレをしてもらいますから覚悟しておいてください」

「しっ、シコい……!」


 口を閉じて頬を紅潮させる九条さん。

 おそらくだけど彼女の性格・言動からして、これまでは攻撃専門で、防御に回ったことがないのかもしれない。

 ちょっとした冗談のつもりだったんだけど、反応が分かりやす過ぎる。なんだこの可愛い生き物は。


 ☆


 中継部屋に移動を終えた僕たちは警戒しながら室内へ。

 どうやら爆弾の類やトラップは仕掛けられていない様子。

 となるとここへ誘導した理由は――、


『よし。言われた通りに来たな。モニターを付けろ』

 僕たちの動向を監視カメラで捉えていた指揮官から新たな指示が入る。

 言われた通りスイッチを入れる僕。


 途端、映し出される集中治療室。

 画面の端から黒服にサングラスの男が現れた。

『ご覧のとおり、明菜内親王殿下の手術は無事に完了している』


 画面が切り替わり、ベッドに横たわる殿下の姿が。

 ただし、本当につい先ほど手術を終えたばかりなんだろう。

 管を咥えて手術衣を見に纏う、生々しい姿が写り出されている。


 手術を執刀した医者たちは目隠しをされて両手を後頭部に回し、膝をついて監禁されていた。


『我々はこれから計画通り、日本国政府と交渉に入る。だが、明菜内親王殿下あれはこちらに取っても大事な交渉の切り札カード。人質とは言えど殺すわけにはいかない。だからこそゲームをしよう』


 黒服の申し出に不快そうな表情を見せる九条さん。

 歯軋りの音がはっきりと耳に届いてくる。

「……聞かしてもらいましょうか」


 なんとあの九条さんが顔中に血管を浮かび上がらせながら敬語を口にする。

 要人のためとはいえよっぽど屈辱的なんだろう。

 ほんのちょっと刺激したらすぐに大爆発しそうだ。


 触らぬ神に祟りなし。

 この怒りは黒服にぶつけてもらおう。僕が巻き添えを食うことだけは避けなくては。


『これから私のをそちらに向かわせる。交渉を終えるまでに彼を下すことができれば君たちの勝利はグッと近付くだろう。しかし、これまでのフロア担当などとは比べ物にならない鬼門になる。せいぜい肉塊にされないよう警戒することだな』


 言いたいことだけ言い放ち黒服はモニターの映像を切る。

 その寸前。僅かに映り込んでいた黒フードを纏った存在。三階へ向かうよう指示された彼に何か良くない気配を感じ取る。

 まさか……ね。


 映像が切れたあと、すぐに携帯を取り出し、どこかに架電する九条さん。

 どうやらエントランスで没収されたそれを制圧時に回収していたようだ。


『ああ俺様だ。急いで長官に繋いでくれ。あアン? 閣僚たちと会合中? んなもんどうでもいいんだよ、いいからさっさと回せクソ野郎が』


 九条さんの口から発せられた長官という言葉。

 発信先に好奇心がくすぐられるものの、あえて《導の魔眼》を開かずに電話が終わるの黙って待つ。

 この一件が終わった後は、が後始末を担当するんだし、変に探りは入れない方いいだろう。


『ったく遅えんだよクソじじい。俺様からの架電は何よりも優先されることを忘れてのかてめえ。例の件だが、皇宮警護官が全員射殺されたよ。ああ、俺様はその病院にいる。あン? 潜入だよ、潜入! 不穏な動きがあったからこっちは女子高生の振りをしてんだぞ! いいか、よく聞け。これからウジ虫から政府に脅迫の連絡があるはずだ。ああ、殿下の命が交渉材料だ。俺様が必ず片付けるから絶対に要求に乗るんじゃねえぞ? わかったか


 長官の次は親父。

 ……うわぁ。

 死んでも関係を聞きたくないんだけど。


「ったく、なんであんなハゲが序列1位なんだよ。さっさとそのポストを俺様に譲りやがれっての」


 ぶつぶつと不満を口にする九条さん。

 苦笑いするしかない僕だけれど、エレベーターが到着した音が耳に入る。

 すぐに銃を手に取り警戒体制に入る僕たち。


 扉が開くや否や――、

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