第42話

「まずは銃を地面に下ろして、俺の方へ蹴れ。ただし変な真似をすれば人質を殺す。それはお前らにとっても望んでいる展開じゃねえだろ?」

 細目のおかっぱが銃口を向けながら言う。

 銃を構える反対の手にはマイク。いつでも人質を射殺できるというポーズだろう。

 

 僕は言われた通り、ゆっくりと銃を地面に下ろす。

 両手を挙げたまま、銃を蹴る。

 相手が拾う仕草に入った時点で《瞬歩》で距離を詰めようと思っていたのだけど、


「よし。次は素性を明かせ。白衣はただの変装だろ?」

 視線を逸らすどころか、滑る銃に目もくれず後ろに蹴り飛ばすおかっぱ。

 やむを得ず《瞬歩》を諦める僕。

 まずは言われた通り、素性を明かす。


「えっと……普段は学生をしています」


 ――パンッ!


 爪先ギリギリを狙って発砲するおかっぱ。

 床に弾丸がめり込み、プシューと湯気が立つ。

 おもわず賞賛したくなるほどの射撃精度。あと数ミリでもズレていたら被弾していただろう。


 ……まあ、当たらない軌道だったから躱さなかったんだけど。

「一階と二階から応答がねえんだよ。ただの小僧ガキにあいつらが下されるわけがない。次は当てるぞ?」


 ただでさえ細い目がさらに細められる。

 仕方ない。こうなったら

 だって嘘はついていないんだから。そもそもここで異世界から帰還した暗殺者アサシンです! って回答したところで、どうせ発砲されるんだから。


 まあ、嘘でもSPセキュリティポリスですって言えばいいんだろうけど、違うものは違うし。変に感が鋭い人なら見破られるかもしれないもんね。

 

 僕は口を開く前に《魔法障壁》を全身に展開する。

 余談だけれど《魔法障壁》というのは書いて字のごとく魔法の障壁のこと。

 言わば生身を損傷しないための最後の盾。


 魔力を持つ異世人は常時この障壁が全身に張られている。

 必要に応じて機能を切ったり、また体の一部分に集中させて強固な盾として応用することも可能だ。

 そんな中《固有障壁》と呼ばれる、盾としてしか機能しない障壁が変異し、特殊な作用を持つものがある。盾+α(付加価値)が上乗せされたイメージだね。


 たった今、僕が展開しようとしている障壁がまさにそれで、現実この世界で常時展開しておくには色々と不都合なんだけど(魔力も消費するんだけど、もう一つ本質的な理由がある)、今は九条さんも居ない上に抵抗も禁じられているからちょうどいいかも。


《固有障壁》を展開し終えた僕は予め忠告しておくことにした。

「真面目に答えさせてもらう代わりに先に一つだけいいかな?」

「ダメだ。質問が先だ」


「貴方のために先に忠告させてください。僕を狙って発砲しない方が身のためですよ?」

「……それで?」

 視線も銃口もぶれないおかっぱ。ある意味凄いな。本当に僕が不審な動きを少しでもしたら風穴を開ける気満々だ。


 忠告はした。動くことも禁じられている。

 となると、僕にできることはおかっぱの質問に答えるだけだ。

「僕は学生――」

 

 ――バンッ!


 無慈悲にも銃声が鳴り響く。

 引き金が引かれ、銃口から微かな煙と火種。

 火薬の匂いが場に充満する。

 

 それは腹部に被弾し、生温かい液体がじわじわと染みを作っていく。

 焼けるように熱い被弾部を触れると、べっとりと付着する負傷の証。

 おもわず叫ばずにはいられないだろう。


「なっ、なんで俺が……!」


 どすんッと尻餅をつくテロリストおかっぱ

 発砲したはずの自分が被弾しているという現実に整理が追いついていない様子。

 まあそりゃそうなるよね。


「だから言ったじゃないですか。

 さて、ここでネタバラシ。

 僕が展開した《固有障壁》の正式名称は《全反射フル・リフレクション


 全身を覆った障壁には反射決定距離が定められている。

 その間合いに入ったあらゆるエネルギー・物体の思いのままに反射させることができる。

 ただし、本来は無用の長物だったりする。《全反射》の発動においては術者の演算が必要だからだ。


 だから僕は《固有障壁》の展開時に《導の魔眼》を連携リンクさせて必要な演算を強制的に済ませて行使している。

 これによって展開中は、事実上無敵なんだけど、これをこの世界で常時発動することのマズさが伝わったと思う。


 さて、そんなわけであっけなく勝敗が決まってしまったわけだけれど、次の瞬間、脳に直接、未来が流れ込んできた。

《未来視の魔眼》のトリガーに引っかかったようだ。

 どうやら劣勢になったテロリストのアメリカ人――カルロスが体制を整えるために逃走し、人質を捕まえたようだった。


 僕の片足ぐらいに太い腕で幼女の頭にナイフを突き立て、九条さんから銃を奪い、それで彼女の頭を撃ち抜く映像が流れた。

 明菜内親王殿下要人を最優先すると断言していたにも拘らず、幼女の泣き顔を視認した九条さんは決意が揺らぎ、言われるままに銃を引き渡してしまったようだった。


 たとえいかなる理由があろうとも任務を全うできないのはプロでなければいけない職種という視点から考えれば手放しで賞賛できるものじゃない。しょせんは人の子。残念だけれど甘いと言わざるを得ない。


 けれど僕はそんな九条さんの甘さが嫌いじゃない。

 むしろ親近感が湧いたぐらいだ。

 職務を全うすることの使命感を持ちながらも、己の信じた道を貫いて逝く。そういう人たちをごまんと見てきた。僕はそういう人達を心の底から尊敬する。


 幼女を盾にして命を懸けて闘う警察官を殺めるような人間に人権なんてない。

 僕は躊躇することなく、おかっぱへと歩を進める。

 命の危険を察知した彼は学習することなく、二連射してきた。


 僕は人質を盾にしたテロリストとの距離、角度、空気抵抗などを全て《導の魔眼》で捉えて、一発目の弾丸を《全反射》で反撃を開始させる。

 壁に弾を反射させながら、アメリカ人の腕を狙う。


「ノウッ!!!」


《導の魔眼》が弾き出す演算がミスなど犯すはずがなく。

 見事に彼の腕に被弾する。

 その隙を九条さんが見逃すはずがなく、おかっぱ頭に引けを取らない精度で額に風穴を貫通させる。


 さすが九条さん。銃の扱いも一流だ。

 もちろん、二発目の弾丸は、

「かはっ……!」


 おかっぱの額に貫通。

 撃つなと忠告したにも拘らず、発砲したのはそっちだからね?

 自業自得だよ。


 さて。それじゃいよいよ最上階だ。

 こっちの存在も認知されたし、うかうかはしていられない。

 すぐに九条さんと合流し、制圧だ。

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