第26話

 尻餅をついた大隈さんはまだ戦力差を把握しきれていない様子。

 目に屈辱と憎しみが濃く宿っている。

 これ以上は源さんたち撮影スタッフさんにも迷惑がかかると思った僕は早急に事態を収拾させるべく、強めの《破》を放つ。


 効果は抜群。

 一瞬で血の気が引く大隈さんの額から大量の汗が噴き出していた。

 襲いかかる相手を見誤った。そんな表情だ。

 僕は大隈さんにだけ聞こえるように顔を近づけて、


「あなたが遅刻したおかげでアクション撮影に参加できましたので、今回だけは見逃してあげます。ですが、次、社会人にふさわしくない言動をしたときは――退職に追い込んで僕が貴方の後任を務めますので、そのつもりで」


「酒を飲んで現場に入るのはやめる、やめるよ!」

「仕事は真摯に取り組んでください。それと僕が源さん達と連絡先を交換していることもお忘れなく」


「分かった。これからはきちんと真剣にさせてもらう。だから仕事を奪うのはやめてくれ……!」

 鼻水を垂らしながら、合掌する大隈さん。


「とりあえず今日は帰ってください。大隈さんを許すかどうかはここにいる皆さんが決めることです。話は後日、正式にお詫びしてからです」


 その言葉を聞くや否や、立ち上がり一礼した後、逃げるようにこの場を後にする。

「あの大隈さんを最も容易く……」

 僕に近付いてきた源さんは信じられない光景でも見たように呟いていた。


「ごめんなさい。部外者が余計なことをしちゃいましたね……」

「ううん。余計なことだなんて……むしろもっと好――」

「す?」


「すすす、凄いなって! もしかして龍之介くん、武術そっちも得意だったりするの?」

 魔王軍討伐のために異世界で修行した――はもちろん言えないから、

「外国で少しだけ……ね」


 やんわりとぼかす僕。

 気のせいかもしれないけれど源さんの頬が紅潮しているように見える。

 アクション撮影に真摯な源さんのことだ。よっぽど大隈さんに腹を立てていたんだろうね。


「ついカッとなって追い返しちゃいましたけどあれで大丈夫ですか? もちろん最後まで責任は取りますので、彼が反省していないようなら――」


「後はこっちで何とかするわ。本当にごめんね。そしてありがとう。私たちのために怒ってくれて本当に嬉しかった。だから――」


 突然、僕の両手を握りしめ迫ってくる源さん。

 えっ、えっ、何⁉︎


「もし良かったら私と同じ事務所に入らない? 社長には私の方から頼んでおくからさ。もちろん体験してみて違うなって思ったらいつでも辞めていいからさ。お願い。検討してくれないかな? 私――君と一緒にこれからも撮影してみたいの」


 源さんは熱の入った瞳で僕のことを見つめてくる。

 温かい感情が僕の胸に込み上がっていた。

 正直に言えばアクションは楽しかったし、異世界での経験も活きると思う。難易度の高い危険な撮影だって、体の頑丈さという意味でも向いているに違いない。


 無数にある将来の選択肢の最有力候補なのは間違いなくて。

 僕がどうしようか答えに迷っていたときだ。

《感情嗅覚》が嫉妬が入り混じった怒りを捉えた。


 すぐに匂いの先を確認すると、そこにはジト目でこちらを睨む鳴川さんがいた。

 ……あー、やっちゃった。


「約束を破っておきながら別の女に迫られるなんて、ずいぶんいい身分ね、佐久間くん」

 ええっ⁉︎ めちゃくちゃ怒ってるじゃん。いやまあ申し開きもないけどさ。

 それについさっき他人の遅刻を叱咤した人間がやらかしてしまったというバツの悪さ。


《転移魔法》で瞬間移動しようかな? 

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